第8話

 食事の準備をしに行ったのか、どたどたと上階へ上がっていった二人を見送ると久しぶりに一人の時間ができた。今後の身の振り方について考えるいい機会だ。

 とりあえず現状一番恐ろしいのが、彼女たちが言う『上』に引き渡されることだ。彼女たちの話から僕のようなバケモノになっていない人間を探しているらしいがその目的がわからない。ともすれば消されることもありうる。何のためにここに来たかもわからないのに。

 ただ彼女たちとずっと一緒にいることは難しいだろう。そもそも味方なのかもまだわからない。僕は一体だれを頼りにすればいいのか。

考えている間にも刻々と審判の時が近づいていることに、漠然とした緊張感を感じていた。

 締め付ける縄と硬い椅子の痛みもあって思考がまとまらない。

 ・・・そういえば僕もお腹がすいてきた。本当にどうなってしまうのだろうか。


 不安の渦にのまれている僕のもとに、再びどたどたと少女たちの足音が聞こえてきた。何やら手にたくさん持っているようだが。

 「おい、腹減ってないか。」

 「!そうなんです。ちょうどお腹がすいてきて」

 「今後について話し合う必要があります。倒れられては困ります。」

 「とりあえず私らが食べない味のやついくつか持ってきたから。」

 そういうと、アイは僕の膝の上に布の袋につつまれた食料を広げた。匂いがしないので何が入っているのかはわからない。

 「私らは監視もかねてここで食う。お前もさっさと食え。」

 そう言い放って二人も持っていた布の袋を開け始めた。

袋から取り出されたそれは、何かを乾燥させて固めたもののようだった。以前何かで見たレーションが一番近い。

それなりに大きいサイズで、半分に割ったり少しづつ齧ったりしながら二人は小さな口でゆっくりと食していた。

少しほほえましく思いながら、自分の食事に移ろうとしたところで当然の問題が発生した。

手が使えないから袋を開けられない。

膝に置かれた袋は口が閉まったままになっており、後ろ手に縛られているため口も届かなそうだ。

無理をすれば届くかもしれないと思い、袋めがけて渾身のダイブを行うが背もたれに腕が食い込んで痛い思いをするだけだった。

「そういえば縛られているので自分では食べられませんでしたね。そうならそうと先に行ってください。」

僕の奇行を見かねたトイが、袋の口を開けてくれた。そしてそのまま口に運んでくれるようだ。目覚めてから今までで一番いい思いをしている気がする。などと考えていると、

「そんなに優しくする必要ねーだろ。貸してみな。」

アイはレーション様の食物を奪い取り、僕の口の中に押し込んだ。

息ができない。思わずかみ砕き口いっぱいに頬張る。

見た目通りパサパサしていて口の中の水分がどんどん奪われていくのを感じる。

それに異様に硬い。彼女たちがゆっくり食べていた理由がわかる。噛めないほどではないが恐ろしく顎がつかれる。

極めつけに味がひどかった。苦みと酸味が口の中を侵略していく。飲み込もうにも唾液が全て吸われてしまい、逃げようがなかった。

 「水分もいるだろ、ほら。」

 食べ物同様に無理やり口に突っ込まれた水筒から、すごい勢いで水が流れ込んでくる。

 水は乾燥したレーションと絡み合い、塊を作る。それが無理やり水で流し込まれる。

 するとどうなるか。食べ物が喉で引っ掛かり、気管がぴったりとふさがれ、僕は危うく陸で溺死する羽目になった。

身悶えして体を激しく揺らした僕は、前後深くになりながらとにかく喉の塊を除去せんと必死なあまり、椅子ごと後ろに倒れた。

衝撃で塊が胃に落ちていくのと時を同じくして、遠くで二人が言い争う声を聴きながら僕の意識も落ちていった。

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