第5話 使徒最盛

なぎが手にした封筒の中身は、なおがホテルに女性と入っていくところを写した写真と、何月何日にホテルに行っていたかが詳細にまとめられていた書類だった。誰が、なぎのロッカーにその封筒を入れたのか、分からなかったが、なぎの嬉しかった気持ちは一気に冷め、激しい衝撃に襲われた。


不安とショックで頭が真っ白になっていたなぎは気がつくと自宅の扉の前にいた。ドス黒いモヤのようなものがかかった扉を開けると、そこで彼女を待ち受けていたのは、なおとのすれ違いが続く静かな部屋だった。なおはソファに座っていたがなぎを迎えることもなく、不穏な沈黙が部屋を支配していた。


なぎは決意を込めてなおに話しかけようとするが、なおは、

「今は忙しい」

と返すばかりで、彼女の言葉に耳を傾ける気が全くなかった。それでもなぎは我慢できないほどの不安と怒りを抱え、なおの肩を掴んで彼を振り向かせた。


「ちょっと話があるんだけど」

となぎは切り出したが、なおは、

「だから今忙しいから」

とだけ答え、なぎの言葉に耳を貸そうとしない。彼の態度になぎは言葉を詰まらせ、どうして良いか分からないままに立ち尽くしてしまった。


なぎの心は複雑な感情で揺れ動き、家の中に張り詰めた空気は不穏な静けさを増していく。不安と疑念が彼女の頭を埋め尽くし、なおとの間にはっきりとした溝が広がっていることを実感した。


なぎはロッカーに見つけた書類を手に取り、机にばさっと広げた。その瞬間、なおの表情に一瞬の驚きが浮かんだが、同時に彼の顔には覚悟が漂っているような様子も見て取れた。


机の上に広げた書類を見つめながら、なおは、

「これはどうしたんだ?」

と冷静な声で尋ねた。

なぎは驚きと怒りを込めて、

「そんなことどうでもいいでしょ!どういうことなの?」

と叫び返した。


なおはしばらく黙っていたが、、

「これは全部、お前のせいだろ。プロジェクトリーダーさんは俺のことなんで全く無視してたじゃないか!」

と吐き捨てるように言った。彼の言葉になぎは目を見開き、その重さに胸が押しつぶされるような感覚に襲われた。


「俺たちの関係がもともとうまくいってなかった。お前の仕事が忙しくて、俺の存在なんてどうでも良くなっていっただろ!」


なぎはなおの言葉に言い返す言葉を見つけることができずにいた。彼女の心は混沌としており、不安や裏切りの感情が心をゆさぶっていた。


「お前がいなくなってから、俺も他の誰かを求めてしまった。これが結果だよ」


なおは言葉を続け、なぎは言葉に詰まったまま、なおの告白を受け入れざるを得ない状況に立たされていた。

なおは立ち上がって窓を開けてベランダへ行く。

「お前もちょっと頭を冷やしたほうがいいんじゃないか?」

と言いながら含み笑いをするなおの顔を見た瞬間、

なぎの中にドス黒いモヤが入り込んできた。


ベランダに立つなおの首を後ろから締め付けると、

「やめろ!」

と叫びながらなおはなぎの体を持ち上げるように避けようとすると、なぎの体はバランスを崩し、ベランダから落下してしまった。


なぎはなおと出会った時から今日までのことを思い出しながらこれが走馬灯かと冷静に考えてしまっていた。

どこで間違ってしまったのか、どうすればよかったのか、そして絶対に許さないという強い思いを強く抱え、でもそんなこともう無理かも、と思ったところで、


地面に叩きつけられた。

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