ともだちの猫

@rabbit090

第1話

 嘘っぱちなエピソードで塗りたくった。 

 僕はこれからもこうやって、誰かを傷付けて生きていくのだろうか。


 ある朝、こんなことになるとは思っていなかった。

 まさか、こんな結末になるだなんて、想像もつかなかった。だって、僕らはとても順調に生きていたし、悩むことだって人生のスパイスにしかならなかった。

 なのに、

 大吉だいきち、どこへ行ったの?

 飼い猫の大吉が、いなくなってしまった。

 僕はそもそも猫アレルギーで、猫なんてとんでもないと思っていたけれど、人間なんて所詮生き物だ。

 あの人が置いていった置き土産を、僕は捨てることができない。

 いつも通りに起きたはずだったのに、鼻があまりムズムズしなくてどうしたのか、と思っていた。

 けど、起きてどこを探しても大吉はいない。

 猫は勝手に外に出て帰ってこない、なんてことがあるっていうけど、大吉は生まれてこの方ほぼ外を見たことがない大きな猫だった。

 大吉は、彼女の、初瀬子はせこの飼い猫だった。

 初瀬子は体が弱くて、あまり外には出れなかった。

 彼女にとって外は外敵だった。彼女の体はそれほど、弱っていた。

 そして僕は、医師だ。

 割と、順調に進んでいた方だと思う。けど、彼女が患者として現れてから、僕の人生は少しずつ変わっていったように思う。

 まず、僕は前よりオシャレになった。(と思う。)

 そもそも、それまでの人生で、気にしたこともなかったことが全て目に付くようになって、僕はモテるようになった。

 が、僕は、初瀬子のことが好きだった。

 彼女は、とてもリアルな存在だった。

 彼女はもともと、とても元気な体をしていたらしい。けれど、病気になってしまった。外を動き回って、恋をして、結婚をして、普通の幸せが望みだったと、語っていた。

 けど、それが無理だろうということは、僕が一番分かっていた。

 最初に彼女の担当になった時から、それは明白だった。

 だから僕は、なぜ、いま。

 このような状況になっているのかが理解できない。

 大吉は見つかった(良かった、とても元気だった。)が、初瀬子が、死んだのだという。

 もう病院にいるしかない彼女が、僕が思っていたよりもずっと早く、死んでしまった。

 僕は、世界を恨んだ。

 まったく、なんてことだ。

 なんてことだ、

 どうして?

 僕は、僕はどうして、こんなことになっているのだろうか。

 信じられない現実を、いつも連れてくる彼女は、多分僕にとって奇跡のような存在なのだと思う。

 大吉は、初瀬子の所にいた。

 眠りこけている僕を起こさずに、(本当は初瀬子のことが気がかりで、酒を飲んでいた)、僕の両親が大吉を連れて行ったのだという。

 初瀬子の両親が、僕の両親に頼んだらしかった。

 そして、当の初瀬子は僕に、衰弱した自分を見られたくないのだという。しかし、曲がりなりにも僕は医者なのだし、びっくりはするかもしれないけれど、僕は初瀬子の傍にいたかった。

 けど、初瀬子はそれを拒んだ。

 仕方が無いことは分かっている、けど。

 僕は帰ってきた大吉を抱き上げて、目を閉じる。

 そんなことをしても意味がないということは分かっているのに、一人、どうでもいいような、虚しい望みを、祈り続けていた。

 確かに初瀬子を愛している、けれど彼女は僕に、それをこくん、と一つ頷くことすらしなかった。

 自分が死ぬと分かっているからなのか、何なのか。

 僕には分からない。

 僕と初瀬子の間にあったものはいったい何だったのだろうか。

 一体いつ抜け出せるのかなんて、分かるわけがない。

 

 だから僕は今日もまた、小さな手帳に、初瀬子のことを書いている。

 死んでしまった今、この繰り返しがいつ終わるのかは分からない。

 

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