ダンジョンボス

『どうかしましたか?』

「……どこ触っていいかわかんない」


 しん、と痛いほどの静寂が当たりを包み込む。あの、ポゥさん? 黙られると辛いんですけど。


『……腕や肩を持って起こしてあげればいいじゃないですか』

「大丈夫? いきなりセクハラとか痴漢とかって晒されない?」

『何に怯えているのか知りませんが、緊急時ですし多少は大丈夫ですよ。さっさとしてくださいよ。この童貞』

「うるせぇ! こちとら女の子と話すのも慣れてないんじゃい!」

「あの……ショウタさん?」

「はい、すみません!」


 俺がモタモタしている間に五分が経ったのか、ユウラは自分で起き上がっていた。


 安心したような、がっかりしたような複雑な心境を抱きながらも、俺は彼女がとても怪訝な表情を浮かべていることに気が付く。


「ご、ごめん。わざと倒れたまま放置してたわけじゃなくて、こういうの慣れてなくて」

「それはいいんですけど……どうしてさっきから一人でしゃべってるんですか?」


 その問いかけに、一瞬頭の中が真っ白になる。


「……ごめん。ちょっと、待っててね」

 なんとかその言葉を絞り出して、俺はユウラから少し離れて、小声でポゥに聞く。

「ポゥさん? もしかしてあなたの声って俺以外の人には聞こえない感じですか?」

『はい、そうですね』

「そうですねじゃねぇよ。なんでそんな大事なこと黙ってたの?」

『聞かれなかったので』

「こんの指示待ち精霊め! そういうのは一言でもいいから最初に言ってくれなきゃ困るって、これじゃあ俺完全に不審者じゃんかよぉ!」


 せっかく可愛い女の子とお近づきになれるチャンスだったのに、絶対にやべぇ奴だと思われてんじゃん。いくら命の恩人だったとしても、一人でギャーギャー騒いでるような奴と一緒にいたくねぇよ。


「ショ、ショウタさん」


 終わったわ、と頭を抱える俺へユウラが声をかけてくる。決別の宣告を下されるのかと振り返れば、いつの間にか近づいていた彼女が真剣な表情を浮かべながら言った。


「大丈夫ですよ! なにがあったのかは知りませんが、これからはわたしがついていますから」

「え、なに? どういうこと?」

「これからはわたしが話し相手になってあげますからね。安心してください」


 あ、これ、精神が壊れてるヤツだと思われてるな。悲惨な過去を乗り越えられずに脳内の仲間と会話してる可哀そうな人だと思われてるわ。


 まあ、引かれてないならなんでもいいや。というか異常者と判断したうえで一緒にいてくれるとかむっちゃいい子じゃん、俺だったら適当な理由付けて逃げるもん。


「うん、ありがとう。ユウラさん……これからよろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いしますね、ショウタさん」

 こうして俺はユウラと共にダンジョン攻略を再開させた。


 仕切り直したのはいいものの、少し進むと洞窟内には似つかわしくない大きな鉄の扉を発見する。これは、まさか……。


「わっ、ボス部屋ですね。もう終盤まで来られてたみたいです!」

 やっぱりいるのか、そういう奴。


「なら、アイテムはこの先だな。開けても大丈夫?」

「わたしはいつでもいいですよ」

「よし、それなら――行くぞ!」


 俺はぐっと力を込めて扉を押す。ギギギ、と歪な音を立てながらゆっくりと扉は開いていく。いざ、初めてのボス戦へ!


 進んだ先はかなり広い空間になっていた。松明だけじゃ、全容を見通せない。


 暗闇の中で、蠢く存在を感じた。ゴブリンやドラゴンとはまた違う、異様な殺気。


 姿が見えないから余計に得体の知れない感じがする。いつ、どこから襲い掛かって来られるか分からない恐怖が全身を包み込み、俺の身体を拘束する。


 つまりは怖くて動けない。今すぐ回れ右して逃げ出したい。


 しかし、女の子の手前そんな情けない行動を取れるはずもなく、俺は身長に、すり足気味で進んで行く。


 何メートルか進んで入口が見えなくなったタイミングで、バタンッと大きく扉の閉まる音が響き渡った。

 同時に強い殺気を感じて、上を見る。細い影が俺とユウラに巻き付き、天井へ向けて持ち上げた。


 しまった、捕まった!


 なんとか落とさなかった松明が、天井にへばりつく魔物を照らし出す。


 粘液状の巨大な体は脈動するように形を変え、表面には無数の触手が蠢いている。中心部であろう箇所には円形の口が存在し、細かく鋭利な歯がびっしりと並んでいた。


「く、くそ!」


 身体に巻き付く触手から逃れようともがくが、粘着性があって振りほどけそうにない。しかも妙に柔らかく弾力があって引きちぎるのも無理そうだ。


「ポゥ、こいつのステータスは?」

『表示します』

 目の前にウィンドウが表示された。


 ワームスライム

 体力/3000

 魔力/1000

 力/2000

 防御/500

 器用/300

 俊敏/100

 スキル:物理無効


 はぁ!? 物理無効とかイカサマ能力じゃねぇか! そんな相手に先手を取られたら勝ち目ないだろう!


「ショウタさん! 大丈夫ですか!?」


 ユウラはこんな時でも俺のことを心配してくれている。だが、現状で俺よりヤバいのは彼女だ。

 俺は最悪死んでも復活できるが、ユウラはそうじゃない。死んだらそこで終わりだ。


 なんとか、なんとかこの状況を打破しなくては……ステータスで負けているし、力技じゃ抜け出せそうにない。そうなったら、一か八か……。


「ポゥ、ステータスの防御って、魔法攻撃にも影響するのか?」

『はい、魔法・物理の両方に対する防御力の数値です』

 それなら魔法に頼るしかない。俺は使えないが、彼女なら――。


「ユ、ユウラさん! 魔法は使えますか!?」

「え、は、はい! 使えます、けど」


 やっぱりだ。ダンジョンも一人で潜るくらい実力のある人間なら魔法は使えると思ったんだ。


「ここで撃ってしまったらショウタさんを巻き込んでしまいます!」


 この期に及んでまだ人の心配なんて、どんだけいい子なんだよ。というかもうスライムの口元が目前まで迫ってるんだけど、キミ状況わかってる?


「俺は大丈夫だから、思いっきりぶっ放してくれ!」

「う……わ、わかりました!」


 どこか嫌そうだったが、最終的にユウラは頷いた。そうしてブツブツと何かを呟き始める。


 最初は詠唱かと思ったが、よく聞いてみれば違うことに気が付く。


「――大丈夫、できる。できる。落ち着いて、集中して、力を制御して――」


 と、自身を励ますような文言を口にしていた。もしかして、魔法が苦手なのか? おいおい、最後の希望なんだから頼むぞマジで。


 そう思ったのも束の間、ユウラの身体が輝き始めた。全身からなんかキラキラとした粒子みたいな物体が溢れ出している。


 おお! なんか行けそうじゃないか? そうしてユウラは両手を目前にまで迫っているワームスライム大口へと向けて、叫んだ。


「エクス・マジック!」


 刹那、眩い光が辺りを包み込み――身に覚えのある激痛を感じた次の瞬間には……俺は森の真ん中に立っていた。

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