第6話 鉄腕の子犬(6)


 戦場でディバインソードと出会ったら、戦おうと考えてはいけない。

 どうせ、勝ち目などないのだから。

 逃げ出そうと考えてもいけない。

 どうせ、逃げ切ることなどできないのから。

 降伏しようと考えてもいけない。

 どうせ、許されることなどないのだから。


 つまり会ったら最後、死ぬしかない。

 それが、アウターの傭兵たちに伝わるディバインソードの逸話である。

 以前、その話を聞いたクウは、普段態度が大きい先輩傭兵たちのあまりの恐れっぷりに呆れ、その弱気をバカにしたものだったが、こうして対峙して見ると納得だった。

 今、彼女が生きていられているのは、ただ奇跡的に運が良かっただけ。この数十秒で死にかける場面が無数にあったし、これから先の数十秒を生きていられる保証もない。

 気まぐれに奴が攻撃を再開し、先ほどのミサイル群を飛ばしてきたら、今のクウは何もできず爆散するしかないだろう。

 そんな死の象徴が今、クウとコトーの機体をジロリと眺め、ゆっくりと太い手を持ち上げる。

『歯車に慈悲はいらない』

 そんなことを呟き、指揮者のように指先を振る鉄巨人こと<カドゥケウス>。

 それを合図に、幾重にも重なった甲冑の隙間から再び無数のミサイル群が湧き出してくる。

「あっ……」

 この距離では回避が間に合わない。そんな絶望がクウの心を鷲掴みにした、次の瞬間、


『ギルス・デルフォイィィーーーッ!!』


 コトーの駆る<ハンター>が、物凄い勢いで前に出てミサイル群の中に突っ込んだ。

 両肩からエネルギーフィールドが発生し、着弾前に爆発するミサイル群。<ハンター>の機影が爆炎に包まれる。

「おじさん!?」

『うおおおおおっ!』

 しかし、エネルギーバリアを展開したままだった<ハンター>は全くの無傷だった。爆炎の中から躍り出たコトーは、戸惑うクウをよそにそのまま突進し続ける。

 瞬く間に<カドゥケウス>の懐に入り込み、そのコクピット部分にブレードを突き立てようとする<ハンター>。

 しかし、その切先は頑強な胸部の電磁装甲によって阻まれた。

 ぶつかり合う二機。その衝撃が周囲の外壁や地面を震わせ、瞬く間に亀裂が走る。

『軋んだ歯車は駄目だな。キイキイうるさくてかなわん』

『黙れッ!!』

 ブレードを投げ捨てた<ハンター>は、アサルトライフルの銃口を<カドゥケウス>の鎧の隙間に突っ込んでトリガーを引く。超至近距離で放たれる無数の徹甲弾。しかし、敵の鉄巨人にダメージが入っているようには見受けられない。

『多少、いきが良いところで所詮は歯車の豆鉄砲。12本しかない聖剣の一つ、このディバインソード<カドゥケウス>には傷一つつけることすら叶わない』

『黙れと言っている!』

 そう叫び、操縦桿を引き寄せるコトー。<ハンター>の背部バーニア翼が展開し、眩い光を放ち始める。エネルギーバリアを展開したまま、目にも止まらぬ速さで鉄巨人の周囲を飛び回り、立て続けに全身全霊の体当たりを繰り返す<ハンター>。

 そんな連続攻撃に、流石の巨体も少しよろめいた。隙をついて再度突進した<ハンター>にバランスを崩し、近くのビルに倒れ掛かる。

『ふむ、帰ったら念入りに清掃する必要ができてしまった……』

 そう呟くヴァントーズの声色には若干の不機嫌さが混じり混んでいたものの、依然として余裕の態度は崩れない。そのことが、荒ぶるコトーの感情を逆撫でさせた。

『この至近距離ではお得意のミサイルも使えまい! このまま壊れるまで殴り続ける!』

『やれやれ……』

 呆れた口調で、再び突進しようとした<ハンター>の腕を掴んで見せる<カドゥケウス>。

『どうやら貴様は何か勘違いをしているようだが』

 その鉄巨人はゆっくりと起き上がりながら、そのままの動きで<ハンター>に覆い被さる。

『まず、ご自慢のバリア装置だが、常時張り続けていられるほど便利なものではなさそうだ。いくら外惑星ご謹製の代物でもコンデンサーの容量には限界があるだろう?』

『ぐっ……』

『次に、だ』

 ヴァントーズは楽しそうな口調でそう続け、一拍置いた後、言った。

『いつ私が<カドゥケウス>の武装がミサイルだけだと言ったのかね?』

 その言葉を合図に<カドゥケウス>の纏う重装鎧がガチャリと開き、その下に隠されていたものが露わになった。

 鋼鉄の鎧の下、そこにあった無数の巨大ガトリングガンの銃口が至近距離にいる<ハンター>へと狙いをつける。

『な……』

 腕を掴まれているせいで逃げることもできない。

 <ハンター>は超至近距離から放たれるガトリングガンの嵐を、その身に浴び続ける事しかできなかった。

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