第7話 鉄腕の子犬(7)
『少しは楽しめるかとも思ったが、所詮は安物の歯車か』
すっかり機嫌を取り戻し、楽しげに笑うヴァントーズの<カドゥケウス>を、コトーは睨みつけることしかできなかった。
かろうじて命を繋ぐ事はできたが、今の攻防で失ったものは大きい。
アウター最新鋭である<ハンター>自慢のエネルギーバリアでも、流石に至近距離から放たれたガトリングガンの連射に耐え切ることはできなかった。
右肩のバリア発生装置は限界を迎えて爆散し、左肩側も出力が不安定になり火花を散らしている。流線型の美しいボディラインは銃撃を受けてひしゃげ、各所の装甲がズタズタに引き千切られていた。さらに、主兵装のアサルトライフルを保持していた右肘から先が無くなっている。
<カドゥケウス>の拘束から逃れるために、右腕をパージするしかなかったのだ。
『満身創痍という奴だが、さて、どうする?』
切り離された<ハンター>の右腕を握り潰しながら、ヴァントーズが聞いてくる。
「……どうする、だと?」
そんな憎き敵の言葉に、コトーは呻いた。機体制御プログラムが通知してくる無数のアラートは、もう<ハンター>が満足に戦えないことを告げている。
起死回生の一手も思いつかない。
「どうするも、こうするも……」
ようやく巡り会えた怨敵。
再び対峙した時のため必死に牙を研いできたつもりだったが、それでもなお届かなかった。その無力感に打ちひしがれ、操縦桿を固くにぎり閉めることしかできないコトー。
あとはただ、せめて生き残った僚機の少女に逃げる隙ができるよう、相手の注意を引くことくらいしかできないか。
そこまで考えたところで、彼はいつの間にか視界から<ディノブレイダー>が消えていることに気がついた。
『余興のネタが尽きたのなら、もう付き合ってやる義理もないな』
そう言って、再びミサイル群を展開しようとするヴァントーズ。その指先が、<ハンター>の破壊を命じようとしたその直前、両者の間に一つの影が躍り出る。
『ちょっとまったーーーぁ!』
そう叫ぶ声は<ディノブレイダー>を操る少女、クウのものだった。
オープンチャンネルで届くその大声に眉を顰めるヴァントーズ。不機嫌そうに標的を彼女の機体に移そうとした彼は、そこで大きく目を見開いた。
その視線の先、両者の間に飛び出した少女の機体<ディノブレイダー>が箱状の何かを抱え、更にそれに向かってハンドガンの銃口を突きつけている。まるで警官に囲まれた強盗が人質に銃を突きつけ盾にするかのような、そんな体勢。
そんな彼女が抱えているのは、先ほどまで<カドゥケウス>が手にしていた輸送ヘリの残骸、残されたコンテナ部分の箱だった。先程の<ハンター>の攻勢を受け、いつの間にか手放してしまっていたらしい。
『動かないで! 動くとこの箱、撃ち抜いちゃうから!』
そう言ってトリガーに指先をかける<ディノブレイダー>を、慌てて止めるヴァントーズ。
『やめろ! それが何か分っているのか?!』
『わかってない!』
『なんだと?!』
クウの元気な回答に、ヴァントーズが戸惑いの声をあげる。
『っていうかほんとに何なのこれ? 作戦前からずっと気になってたんだけど、誰も教えてくれなくて』
『なっ、こ、このクソガキ……』
ここにきて初めて余裕の態度を崩し、悪態をつくヴァントーズ。
その様子に唖然としていたコトーは、数秒遅れてクウから暗号通信で送られてきたデータの存在に気がついた。データの中身は、この場所からすぐ近くの座標データと地形データ。
コトーがその意味を察知すると同時に、ウィンドウに映ったおでこの少女がこちらに向かってウィンクしてくる。
『ほらほら、下がらないと撃っちゃうよ? 箱の中が何なのかは知らないけど』
そう言いながら、ジリジリと<カドゥケウス>から距離を取ろうとする<ディノブレイダー>。そのまま<ハンター>の近くまで移動した彼女は、不意にコンテナから銃口を逸らし、<カドゥケウス>の足元へと照準を合わせる。
『今!』『隙ありだ!』
クウとヴァントーズの声が重なった。
鎧に仕込まれたガトリングガンを再度展開し、コンテナに当たらないよう<ディノブレイダー>に精密射撃を試みる<カドゥケウス>。しかし、反射神経の優れた<ディノブレイダー>のハンドガンの方が僅かに早い。
彼女が狙ったのは、<カドゥケウス>の足元。そこに転がった、先ほどクウが撃破した<ゴブリン>の持っていたロケット砲の弾倉部分。
『ぬぅっ!?』
弾倉が誘爆し、<カドゥケウス>の足元で盛大に炸裂する。爆炎に包まれる機体。しかし、ヴァントーズの声に焦りはなかった。
『所詮、悪あがき。聖剣に傷をつけることなど出来はしない』
『やっぱ、この程度の爆発じゃダメか……』
煙の中から現れる<カドゥケウス>の姿に、クウは苦笑いする。
しかし、今の行動の本来の目的が攻撃ではないことを、コトーは理解していた。
『おじさん!』
クウの呼びかけにコトーはペダルを踏み込み、半壊した<ハンター>を前進させる。
コンテナを抱える<ディノブレイダー>をガッチリと抱きしめ、そのまま跳躍。前方に向けてエネルギーフィールドを展開しながら、<カドゥケウス>の元へと駆け寄り、そのまま<カドゥケウス>の足元ーー、ついさっきの爆発で開いたばかりの大穴に飛び込んだ。
その先には事前にクウが送ってくれた情報通り、ギア・ボディがギリギリ入れるような深い縦穴が開いている。
この街が放棄される前に建造されていた地下開発用のエレベーターシャフト。クウのデータが正しければ、この大穴は地下100メートルほどまで続いており、反響データからその更に下にも開けた空間があることが推測されている。
一か八かだが、そこから別の空間に移動できれば脱出も夢ではなかった。
『ちぃっ』
すぐさまコトーたちの後を追おうとしたヴァントーズの動きが止まる。
通常サイズのギア・ボディがギリギリ通り抜けられる細穴だ。倍ちかく図体のある<カドゥケウス>では地面の穴に入ることもできなかった。
『じゃあね、デカブツ!』
落下中でありながら、地上に向かって中指を立てるクウ。
しかし、勝利を確信していた彼女の笑みが、地上を見上げた途端に凍りつく。
地上からの光を背にした<カドゥケウス>が、あろうことか竪穴に向かって自慢のミサイルを発射しようと手を伸ばしていたのだ。
『ディバインソードは完全無欠の絶対戦力! 何者も逃がすことはない!』
『なっ?! ちょっ、こっちにはコンテナが……っ』
『最優先されるべきは我らの誇り! それに外宇宙の歯車に使われるくらいなら、ここで終わらせてやった方が聖杖も喜ぶというものよ!』
『はぁっ!?』
『聖杖よ、安らかに眠れぇ!』
そう叫ぶヴァントーズの動きに迷いはなかった。装甲の隙間から射出されたミサイルが、穴を潜り抜け、まっすぐコトーたちに迫ってくる。
『ひぃいいいっ!』
クウの悲鳴をよそにコトーは空中で機体の姿勢を整え、両足をシャフトの内壁に突っ込んだ。ガリガリと壁を破壊しながらも、少しだけ緩む落下スピード。
そのまま残った左腕を頭上に伸ばし、迫るミサイルに向かってアサルトライフルを斉射する。
いくら変幻自在の動きをするミサイルも、狭い空間では回避もできない。徹甲弾が命中し、爆散していくミサイル群。
しかし、圧倒的物量差での迎撃には限界があった。
ガチン、と無情な音を立てて弾を吐き出すのをやめるアサルトライフル。
「弾切れ……っ」
流石のコトーでも、こんな限界状況下、片腕で弾倉を交換する超絶テクニックは持ち合わせていなかった。撃ち漏らしたミサイルが爆煙と瓦礫の隙間を掻い潜るように近づいて、コトーたちに迫りくる。
「ちぃっ!」
咄嗟にアサルトライフルを投げ、ミサイルにぶつけるコトー。
至近距離で発生した爆発に<ハンター>の左腕が巻き込まれる。次々と誘爆し、バラバラになりながら穴の中を転がり落ちるコトーの機体。
『もうダメーーっ!?』
「衝撃に備えろ!」
そう叫んだのを最後に<ハンター>は機能を停止する。
そのままコトーたちは、瓦礫と共に光の届かない穴の奥深くへと消えていった。
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