第5話 鉄腕の子犬(5)
機体反応ロスト。
クウの理解が追いつく前に、事態は急変する。
『くっ……』
僚機に駆け寄ろうとスラスターを吹かしていたコトーは、手遅れを察し機動を変えた。
『ヘリをカバーしろ!』
「あ、う、はい!」
慌てて操縦桿を握りしめるクウ。しかし、ヘリの近くに行こうする<ディノブレイダー>の前に、再びあのミサイルの群体が現れる。
「こんのっ!」
咄嗟にハンドガンを取り出し、撃ち落とそうとするクウ。
「こんなもん、1発でも当たれば誘爆して……っ!」
彼女の狙いは正確だった。放たれた弾丸は、システムが計算したミサイルの進行予測地点へとまっすぐ突き進む。
しかし、彼女の攻撃は命中しなかった。着弾の直前、ミサイルがその軌道を変え上空へと舞い上がったのである。
「はぁっ!?」
まるで、こちらの弾丸を回避したかのような動き。そのままの流れで緩やかに弧を描き、クウの頭上に再度ミサイル群が迫り来る。
「なんのっ!」
素早くバックステップし、回避しようとするクウ。しかし、ミサイル群は地面にぶつかる寸前にぐいっと軌道を変え、クウの懐に入り込もうとする。
「嘘でしょ!?」
誘導兵器であるミサイルにはある程度の追尾機能が備わっているものだが、それにしてもこのミサイル群のホーミング性能は異常だった。
まるでミサイル一つ一つに意思が宿り、動いているかのような正確さと複雑さ。
『させるか』
コトーの駆る<ハンター>がカバーに入り、クウの近くの廃ビルに頭部バルカンを叩き込む。
炸裂するビルの外壁がミサイルの軌道に覆い被さり、爆発を誘発した。爆風に押されながらもクウは機体バランスを調整し、なんとか<ディノブレイダー>を着地させる。
「な、ななな、なんなの!? 何が起きてるの!?」
突然の襲撃に、パニックを起こしかけながらも周囲の状況を確認するクウ。
そして、つい数秒前の自分が護衛対象であるヘリを援護しようとしていたことを思い出し、顔を上げて……、そこで見た。
そこには先ほどまでいなかった、クウの見たことのないギア・ボディが立っていた。
通常のギア・ボディより一回りは大きい、15メートルはあろうという巨大なフレーム。中世の重装兵をモチーフにしているのか、鋼の甲冑に似た装甲板に覆われた重厚感のあるフォルム。
そんな銀色の巨大ギア・ボディが、滞空していたヘリを片手で鷲掴みにし、空いたもう片方の手をそのコクピット部分へとゆっくり動かしていく。
『や、やめ、やめっ、ぎゃあああああああっ』
まるで折紙を潰すかのように、くちゃりと潰されるコクピット。
目を見開き硬直するクウの耳元で、凄惨な断末魔が鳴り響く。
「あ、う……」
輸送ヘリからコクピットやローター部分をむしり取り、放り捨てる巨大ギア・ボディ。
『5回目にして、ようやく当たりを引けたか。全く、手間をかけさせる』
そんなことを言いながら、ほぼコンテナだけとなった鉄の塊をじっと眺めるその姿を前に、クウは攻めることも逃げることもできず、ただただ茫然と立ちすくんでいた。
『ギルス・デルフォイ……ッ』
そんなクウをよそに、コトーが絞り出すようにその名を呼ぶ。
『ふむ?』
その呼びかけに、鉄巨人が反応した。不機嫌そうな口調で、コトーたちを見下ろしてくる。
『何奴だ? その古き名を知るものが、まだいるとは』
そう呟きながら一歩踏み込んでくる鉄巨人。
『その名前は、この愛機<カドゥケウス>と共にヴァントーズの名を拝命した時、捨てたものだ。次からは間違えないでもらいたい。……いや、諸君らに次はないのか』
「ヴァントーズ!?」
聞き覚えのある名前にクウは戦慄する。
それは、センチネルと戦うアウターの傭兵にとっての最重要警戒対象。旧人類史に存在した十二の月名を冠するコードネーム。
ヴァンデミエール(葡萄月)。
ブリュメール(霧月)。
フリメール(霜月)。
ニヴォーズ(雪月)。
プリュヴィオーズ(雨月)。
ヴァントーズ(風月)。
ジェルミナール(芽月)。
フロレアール(花月)。
プレリアール(牧月)。
メスィドール(収穫月)。
テルミドール(熱月)。
フリュクティドール(実月)。
それら十二の名を冠する恐怖の象徴。
本来ならばA級〜C級の三種類で分類されるギア・ボディの中で、12機だけ存在する本来の規格を超越したS級と評価される一騎当千のギア・ボディ。
センチネルの最先端の技術によって設計・建造されたその12機はギア・ボディを超える存在、センチネルを守護する12の聖剣として、選ばれた搭乗者と共にこう恐れられている。
「ディバインソード……!」
クウの前に立ち塞がっているのは、太陽系中央政府センチネルの最高戦力。その一つだった。
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