第9話

「それで、私は何をすればいいんですか?」

少し面倒臭そうに彼は言った。

「別に、ただ私の質問に答えてくれればそれでいいよ」

「そうですか。あまり時間がかからないと嬉しいんですが」

「なんだ、暇じゃないんだ」

「これでも、仕事中ですので」

少し挑発すると、彼の気に触ったのかムッとして言った。

「そう、でも数分で終わるから」

「それくらいでしたら大丈夫です」

「じゃあ早速質問なんだけど_」

最初の質問をしようとした次の瞬間、隣の病室が急に騒がしくなった。

ドタバタと何人かが駆け込んだと思ったら、すぐに大声が聞こえてきた。

声が聞こえてくるのは、先程誰かと会話をしていたおじいさんの部屋だ。

看護師さんの声だろうか、おじいさんに向かって話しかけている。

いや、「一方的に」を付けたほうがいいかもしれない。

「気付きましたか。まぁ、今更なんですけどね」

「え?」

彼のセリフから、隣の部屋で今起きていることがなんとなく分かった気がする。

「もしかして…君…」

「で、何が聞きたいんですか?」

「じゃあ、今隣の部屋で起こっていることとさっきまで起こっていたことについて教えてよ」

少し遮られたような気がしたが、今の彼は質問に答える気はありそうなのでそれは無視した。

「…まったく、仕方がありませんね。ただ、全てを話す事はできませんよ」

「ふーん、けど、そういうことは今後言わないことをおすすめするよ」

そう言って、わたしはナースコールに目を向けた。

「…はぁ、本当にあなたって人は…」

そう言った時、彼の声は少しだけ呆れ笑いを含んでいた気がした。

「はは、よっぽどこれが嫌みたいだね」

「当然ですよ」

「うーん、なんとなく嫌いな理由は分かったけど、やっぱり君の口から聞かないとなー」

「分かりましたよ。それも含めて説明しますよ」

「どうも」


それからわたしは、しばらくの間彼の説明を聞いていた。

隣の部屋での出来事は大方想像通りで、さっき彼はおじいさんの魂を回収してきたらしい。

その魂は今持っているらしく、それもありあまり長くここには長居できないらしい。

これが本当かは分からないが。

ナースコールを拒んでいた理由は、万が一、魂の回収時に回収の対象以外が入って来ると面倒だかららしい。

それはそうかもしれない。

だって、何も知らない人が病室に入った途端、患者から助けを求められ、挙句の果てには自分の魂を回収されそうになっている、なんて言われて助けを求められる。

常識人だったらまず引くかもしれないが、これが何度も、何人も体験者が現れると話は変わってくる。

そういう時、人間は真っ先にいるかも分からない視えないモノを連想する。

場所が病院だったり今際いまわの状態の人だったらなおさらだ。

いくら視えないからと言って、その存在が知られているかいないかでは自体は大きく変わってくる。

「私の仕事はそういうものですから」

彼は、そう一言言った。

『誰も知らなくていい仕事』

この言葉だけ見ると、綺麗事か汚れ仕事の二極化になってしまう気がする。

「じゃあ、次。さっき言ってた対象者の声は普通みんなには聞こえないの?」

「ええ、聞こえませんね」

「なんで?」

「先ほども言ったよう、私たちは魂の回収時、結界のようなものを貼ります」

「それが外部に音を漏らさないようにするものってことか」

「分かっていらっしゃるならなぜ…」

「だから、確認だってば」

「…はぁ、そうですか」

「てことはもしかして、その時のモニターとかって…」

「その通り、その回収者の通常の状態が看護師達には届いています。回収者のナースコールも機能しなくなります。たとえ異常があったとしても看護師達が気づくことはありません。あなた方の言葉では、それをハッキングと言うんでしたっけ?」

「うん、じゃあなんで私にはその声が聞こえたの?そんなすごい結界なら防音システムがしっかり働いていると思うんだけど」

「それについては今断言することはできないです。ですが、恐らくあなたも魂の回収対象だったことが原因だと思います。余命が迫り回収者となった人間は、その間だけ私たちを視ることができます。そのため、私たちが使う道具にも耐性のようなものがあったのではないかと」

「なるほどね」

一般人仕様になっている結界は、私のような余命僅かな人間には「回収者」というふうに認識されてしまい、弾かれる対象にならなかったのか。

「それに、わたしとおじいさん、部屋隣だったもんね。聞こえちゃうのも無理もないか」

そう言うと、彼はうんうんとうなづいた。

「そう、そうなんですよ。まったく、あんなに叫ばれたら結界があろうがなかろうが隣にいる人くらい余裕で聞こえてしまいそうです。同じ病院に回収者が何人かいることはよくあるんですが、病室が隣になるだなんて…まったく、今回の事態は要検討ですね」

「それは確かにそうだね、でもわたしはちょっと周りと比べて特殊かもよ」

「まぁ、それもそうですが今後このようなことが起きると面倒なので」

そう言う彼はわたし、いや、ナースコールを見ていた。

「あはは、それもそうだね。じゃあ上の人?に報告するんだ」

「…!なんでそれを…」

「なんとなくだよ、でも、君の反応を見るに当たりみたいだね」

「…」

次から次へと回収者が自分のことを暴露していくのには、やはりいい気にならないらしい、彼は表情を曇らせた。

でも、呆れと降参を含んだ彼のその表情は以前より和らいでいる、わたしはなぜかそう思っていた。

だけど、彼はわたしの想像とは逆で、今まで見てきた表情の中に似たようなものがあった気がする。

「まぁそんなことはなんでもいいんだけど」

「そろそろ時間です。今日は失礼します」

わたしの声とほぼ同時に発せられたその声に慌てて顔を上げた。

しかし、彼の姿はどこにも見当たらず、開けっぱなしの窓だけが残っていた。

「行っちゃったかぁ、最後に一個聞きたかったのに…」

そう言って再びベッドに寝転がろうとした瞬間、

「あ」

思い出した。

彼のあの表情、あれは確かに以前見たあの表情と同じだ。

自分の中で何かを抑え込んで何かを隠すあの表情。

あれは、わたしが彼と初めて会った日時に見たものと同じだ。

わたしが彼に質問攻めをして、その一つ「あなたは死神なの?」と聞いた時に見せたあの表情と同じものだった。

「死神…」

おじいさんの部屋にいたもう一人の人物と何か関係があるのか、それとも彼自身の問題なのか。


最初は彼に何の感情も湧かなかった。

でも、今では彼に興味が湧いている。

もっと話をしたい、もっと知りたい、そう思っている。

だから、

「明日も来ないかなぁ」

わたしの口からこんな言葉が出たのだろう。

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