第7話

十数分後、今度は病室のドアから入ってきた。

「珍しい登場だね。てっきり看護師さんの方が先に来たのかと思ったよ。」

「別に窓からじゃなくたって入れますよ」

「あ、ドア」

「はい?」

「ドア、閉めて」

普段ベッドから動かない人の病室のドアが少しだけでも開いていたら、もしかしたら不審に思われるかもしれない。

わたしは、ゆっくりとドアを指差して言った。

手首には点滴につながるチューブが見える。

ゆっくり動かしたつもりだったが、僅かに痛みが走った。

「あぁ、これは失礼しました。私としたことが_」

そう言ってドアを閉めようとした瞬間、閉める方向とは逆方向にスライドした。

「うわっ!?」

予想外の出来事に彼の肩がビクンと跳ねた。

そして、ドアが開くと明るい声が聞こえてきた。

「失礼しまーす、お皿下げに来ましたー」

そう言って入ってきたのは、数十分前わたしの夕食を持って来た担当の看護師さんだ。

「空弧ちゃん、今日ちょっと呼ぶの遅くなかった?」

「そうですか?あぁ、今日ちょっと食べ始めるの遅かったので」

「そっかー、まぁまた何かあったら遠慮なく言って!大したことないことでも全然いいから!」

「分かりました」

そう言うと、看護師さんはいつもの笑顔で病室から出て行った。

『何かあったら遠慮なく言って』はあの人の口癖のようなものだ。

わたしの体に気を遣っての発言なのだろう。

少しの体調の変化も見逃さないよう、気にかけているのだろう。

でもまぁ、それもあと3ヶ月で終わる。

そう考えると、少し申し訳ないのかもしれない。

いつも笑顔で話す担当の看護師さん。

私が誰とも関わる気はないと言わんばかりの態度でもいつも笑顔でいてくれる。

毎日面倒を見ているわたしが、もし突然死んだら、もしくは次第に病状が悪化していったらどうなるのだろう。

そんなことを考えていると彼の声が聞こえてきた。

「ナースコール、押したんですね」

「うん。でも、おじいさんのことは一切言わなかったよ。」

「…気づいていたんですか」

「何が?」

「彼女からはわたしが見えないということに」

わたしは頷いた。

影がない、おまけに触れないなんていったらわたしは=視えないと考えてしまう。

動機は不純かもだけど、なんとなくそう感じてしまう。

「なんで押したんですか」

少し言い方が強くなっている気がする。

それと同時に、彼の瞳には冷たさも感じられるようになってきた。

その瞳は、2週間前に彼を呼びしたあの時と同じだ。

「だって、あなた達3の話が予想以上に長いんだもん。それに、あんまり遅くなると、担当の看護師さんに心配をかけるでしょ。」

「…」

そう言うと、少しだけ彼の瞳が揺らいだ。

「どうしたの?わたしが他人を心配するなんて意外?」

「…」

否定も肯定もしてこなかったが、表情から驚いていることは分かる。

「まぁでも、君を驚かせるっていう目的の方が強かったかも」

「…やはりわざとですか」

「あはは、でも流石にあれはわたしもびっくりしたよ。まさかあんなにぴったりいくなんて。」

「ドアがわずかに開いていたのも偶然ですか」

「あれはもちろんたまたまだよ。だってわたし、てっきり窓から入って来ると思ってたもん。それにあのドア、途中で止まるなんてことまずないもん。」

「…まんまとはめられましたね」

不満そうにこちらを見る彼は、感情をそのまま顔に出していた。

「で、どうする?これは交渉炸裂かな?」

どうしてか分からないが、わたしの声もなんだか楽しそうで広角も上がっている気がする。

「…」

わたしの考えていることが分かったらしく、数秒黙った後『はぁぁ〜〜〜〜〜』と長いため息を吐くと、俯いたまま言った。

「…ったく、このままあなた放置しておいたら、あなたが死ぬまでに私の仕事量が大変なことになっていそうですね」

「抗って抗って散々抗いまくって死ぬのか。でも、そんなことに興味なんかないから安心して。」

「そうですか、でもあなたの考えていることはよく分かりませんので、今回だけは交渉に従いましょう」

「おやおやびっくり、怒って去っていくと思ったのに。以前にも増して君は寛大だね。」

「…寛大、ですか」

その時、彼の顔が一瞬暗くなった気がした。

わたしはこの表情を以前どこかで見た気がした。

「どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。」

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