第6話
「押さないでください」
聞き覚えのある声に思わずナースコールを押そうとした手を止めてしまった。
慌てて声のした方を見ると、そこには以前余命宣告をしに来た少年の顔が目の前にあった。
わたしと目が合うと、彼はわたしから手を離した。
「_。」
その時になって、初めてわたしは彼の体温に違和感を感じた。
彼には体温というものが存在しないかもしれない。
だって、さっき彼の手に触れた時、わたしは触れたと思っていたが、実際は触れていなかったのだ。
だけど、さっき見た時、彼の手は確実にわたしの手に重なっていた。
でもその時、わたしの手は温かいも冷たいも何も感じなかった。
姿は見えるのに、触れない。
そんな気がした。
「…あなたに聞こえているのは誤算でした。諸事情により、今ナースコールを押されるのは困ります。」
彼の表情はいつも通りだったが、声からは少し焦りを感じた。
「何をそんなに焦っているの?」
「あなたには関係のないことです」
この言葉、前にも言われたような気がする。
確か、わたしが『あなたは死神なの?』と聞いた時。
「でもわたし_」
「すみません、私は忙しいのでこれで失礼します」
「看護師さんに食器を下げてもらおうと思っただけなの」
「え。」
やっぱりだ。
窓から出ていこうとした彼を引き留めてまで言って正解だった。
「その反応、やっぱり正解みたいだね」
「…」
「『あなたに聞こえていたのは誤算』ってこのこと?」
わたしはおじいさんのいる病室がある壁を見て言った。
「…」
彼は表情にこそ出ていないものの、焦っているようだ。
「じゃあこうしよう。そんなに隣が気になるなら行ってくれていい。」
「…!…条件は何ですか?」
「鋭いね。ただし、用が済んだ後、わたしの部屋に来て。今回のことについて、そして君についてもっと話してもらう。」
「もし拒否すれば…」
チラリと彼はわたしの方を見た。
わたしは少し笑って、今まで離していたナースコールを再び握った。
「…分かりました。条件を呑みます。」
「よし、交渉成立だね」
そう言って再び顔を上げた時には、もう彼の姿はなかった。
そこには開けっぱなしの窓だけがいつものように佇んでいた。
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