第4話

「あ、本当に来た」

昨日と同じくらいの時刻に彼は来た。

自分から言ったものの、彼が来ることに期待はしていなかった。

だから思わず、心の声が漏れてしまった。

「明日も来てと頼んだのはあなたでしょう」

「でも、忙しそうだったからもう来ないと思ってた」

「確かに忙しいですが時間を作りました」

「忙しかったの?じゃあなんで来たの?」

仰向けの状態から上半身を起き上がらそうと体を動かながら聞くと、彼は目を合わせることなく昨日と同じ単調な口調で答えた。

「今後の仕事のためです」

「ふーん、そう」

「ところで、そうは言ったもののそこまで時間があるわけではないので、用が済んだら私は帰ります。」

「そう」

「で、何でしたっけ」

「君の名前だよ」

「ああそうでしたね。しかし昨日も言ったよう、私には元々名前という価値観が存在しませんので、付けたところで特に意味も無いですよ。」

感情の起伏を一切見せずに言った。

「うん。そうだね。だからね_。」


      ▪︎▫︎▪︎


「名前はいいや」

「え。」

ほんの一瞬、俺の頭は混乱した。

「やっぱり昨日と同じ『君』でいい」

なんなんだこいつは。訳が分からない。

「そうですか。私は別になんと呼ばれても構いませんので。」

「そう」

一体何がしたかったんだ。

こんなの時間の無駄にしかならないじゃないか。

「…」

「…」

しばらく待ったが、茜空弧はそれきり何も言ってこない。

要件はこれだけなのか?

こいつのような人間がまた現れた時のために今日は来たが、どうやらただ単に時間を無駄にしただけだったようだ。

「要件は以上ですね?では私はこの後仕事があるので。」

俺は一礼し、用のないこの病院を去ろうとした。

その時、

「うん。それじゃあ。」

言葉に違和感を感じた俺は、不意に足を止めてしまった。

…ですか?」

「うん、それじゃあ」

そう言うと彼女は、起き上がっていた上半身を元の体勢に戻し、ベットに全身を預けた。

もうこれ以上話すことはなさそうだ。

「では、私はこれで失礼します」


      ▪︎▫︎▪︎ 

     

あいつが何を考えているのかなんて全く分からない、理解不能だ。

今後のことを考えての行動だったが、よく考えれば、あいつのような人間がまた現れるなんて、ましてや俺の担当になるなんてことはまずない。

それに、そもそもの話だ。

共感できるところなんて全く無い、まるで、自分のことを他人事のように考えるあいつみたいな人間が今後現れたって理解不能なんだから今何かをしたってなんの意味もない。

もう、あいつの病室に行く必要はない。

俺だって担当になっている仕事はあいつ以外にもある。

もうこれ以上時間を無駄にしたくない。

次行くのはあいつが最期の時だ。

そう決めた俺は、それ以降あいつの元へ行かなくなった。

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