第3話

「茜空弧…余命3ヶ月前になったら余命宣告に行くことっと」

俺は彼女の資料にある枠の一つにチェックを入れた。

俺の仕事は余命が残り僅かとなった人間を対象とする魂の回収。そしてその人への余命宣告。

余命宣告をする時期は人によってかなり違う。

俺は再び彼女の資料に目を落とした。

余命宣告は死期の3ヶ月前、そこそこ見かけるパターンだ。

よく見られるのは1ヶ月前後だが、3ヶ月のように長いこともあれば1、2週間、はたまたそれ以下といった短いパターンもある。

俺は彼女の資料をめくり少し後ろにある資料を開いた。

それは、80代の男性の資料である。

最後の枠〈魂の回収〉には、もうチェックを入れてある。

今朝、この男性の魂を回収した。

もう一枚めくると男性と同様に全ての枠にチェックが入っている女性の資料が出てきた。この女性は一昨日魂を回収した。

事故死だった。

アクセルとブレーキの踏み間違えで突っ込んできた車によって轢死した。

俺は生前の女性の姿を思い浮かべた。

女性への余命宣告は死期の3週間前に行った。

余命宣告を聞いたほとんどの奴が見せる典型的なパターンで、その女性もあまりにも唐突な宣告を受け入れられず、次第に精神が疲弊していくのが目に見えた。

見ず知らずの相手が突然目の前に現れたと思ったら自分の余命宣告を伝え去っていく。

最初は大丈夫と思っていた人も宣告した日が近づくにつれ、いつも通りに振る舞うことは難しくなっていく。

人間にとっては当然なのだという。

そんなことをされたら正気ではいられない、死が可視化される恐怖は計り知れない、とマニュアルには書いてあった。

そう考えると尚更引っかかるものがある。

茜空弧の態度だ。

俺は再び資料を見た。

経歴から見るに、やっぱり自殺の可能が見えてくる。

今までにも何人かそういう人間を見てきた。

でも基本、自殺であろうとその他の死に方であろうと死亡日は資料の想定範囲内に収まっている。

だから別に何か焦ることがあるわけではない。

いつも通り、魂を回収すればいいだけだ。

『明日も来てよ』

こういうことを言う人はよくいる。

言い方は違えど、1日、いや、たった数分で余命宣告をして、納得のいく人がいるはずもない。

『余命の短い人間の暇つぶしに付き合ってよ』

こういうことを言う人間は今までに見たことがなかった。

今後の仕事でこんなことを言う人間が再び現れたら…

そう考えると行くのが妥当なのかもしれない。

仕事は手早く、マニュアル通りに進めたい。

それ以上それ以下のことなんて時間の無駄だ。それが1番合理的で簡単なのだから。

しかし、新しいデータのためなら仕方がない。

今後、こんなことで時間を削られるなんて御免だ。

「今日は本部に戻るか。」

今朝回収した魂と、魂の回収を終了した人間に関しての資料を提出しなければいけない。


『君は死神なの?』

「っ…」

先ほど茜空弧が言った言葉が蘇る。

俺は自分の手を見る。

何度も見てきたこの手。

何人もの魂を回収したこの手。

俺は自分の着ている服を見る。

見慣れた黒い服。

人間は確か、これを「スーツ」と呼ぶ。

全身黒。黒、黒、黒。

空を見上げると月が出ていた。

しかし、それは一瞬のことで、気づけば分厚い雲に隠れていた。

黒づくめの俺は明るい街から除け者として投げ出された。

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