第2話

「君は誰?」

私は声をかけた。

「あぁ失礼、紹介がまだでしたね。」

そう言うと人じゃない何かは私の前へとやって来てペコリと一礼した。

「はじめまして。茜空弧さん。私はあなたの魂の一切を受け持つ者です。」

そこにいたのは黒い服を着た高校生くらいの少年だった。

「わたしの魂…?」

そう聞くと、うっすらと見える彼の口が一瞬上がった。笑ったのだろう。顔は髪に隠れているから表情はよくわからない。

「はい、そうです。あなたの魂の受け持ちが私です。私には名前がないのでどうぞ好きに呼んでください。」

そして、彼は思ってもみなかった発言をした。

「今回私があなたの前に現れたのは他でもなく、茜空弧さん、あなたの余命を伝えに来たからです。」

「わたしの、余命…」

「はい、そうです。あなたの余命はもう長くありません。」

普通、余命宣告は医者とかそういう役職柄の人が言うと思うけど、わたしはなぜか年がそこまで変わらなそうな人(?)に言われた。

「具体的に言うとどれくらい?」

余命宣告をしてくるんだからそれくらいは分かるよね、と思いつつ聞いてみた。

「そうですねぇ、もって3ヶ月といったところですかねぇ。」

医者だったらこんな呑気に他人事っぽく言わないだろう。だけど、わたしの余命宣告は実にあっさりとしていた。まぁ事実、彼にとってみればわたしなんて赤の他人なんだし仕方ないか。

「へー、3ヶ月なんだー。短いのか長いのかよく分かんないや。」

「…おや、珍しいですね。淡々と余命宣告をして正気を保っている人を見るのは久しぶりです。大体の人は混乱したり泣いたりで会話も通じないことの方が多いというのに…

ということはあなた、自殺願望といったものがおありですか?」

「あー自殺願望ねぇ。別にそういうものではないよ。」

「では、どういうものがおありで?」

「どういうものって…」

あーこの説明は難しい。なんて言うのだろうか、自分の生死なんてなんでもいいだなんて答えていいのだろうか。そもそもこれは答えになるのか。

「別に、興味がないんだよ。そんなこと。」

「そんなことって、他人事にも程がありますよ。仮にも自分の命が関係しているですよ。」

「そーゆーエゴを言ったって悪いけどわたしには何も響かないよ。だって君、定められた業務内容台詞を淡々と進めて仕事をしているだけでしょ。わたしの魂をもらえればそれでいいのだから。」

そう言ってわたしはにっこり笑った。

笑顔のやり方も忘れてしまった。だから偽物の笑顔を向けて。

「君のさっきの言葉にはなんの感情も感じなかった。」

「…そうですか。ではなぜそう言い切れるのですか。」

そう聞かれてわたしの脳裏には母の姿が浮かんだ。

父親が死んだ後の母親が。

「それは、君がわたしの魂をもらう上での基本データ的なものとして既に知っている内容なんじゃないのかな。」

そう言うと、彼はどこからか資料のようなものを取り出してパラパラと紙をめくった。

「『茜空弧14歳、飛野中学校3年の女子生徒。死亡原因は10歳の時から始まった母の暴行が主な理由。現在は暮ノ病院に入院中。入院歴は2年4ヶ月_なお、余命3ヶ月になったら余命宣告に行くこと。』ざっとあなたに関してはこんな感じの内容が書かれています。」

彼が紙をめくっていく際、チラリと知らない人の顔写真が何枚か見えた。そして人によっては大きなチェックのマークと印鑑のような跡があった。

その人たちの状態がなんとなく理解できる。

もう話すこともなく何をしようか悩んでいると、先ほどまであった資料はもう彼の手にはなくなっていた。

「では、余命宣告もしたことですし私はこれで失礼します。」

そう言って彼は窓の方へ歩いていった。

窓を見ると、もう外にオレンジ色の世界はなく、群青の闇が支配していた。

「あ、待って。最後に一つ。」

そう言うと彼は歩くのを止めて振り向かずに言った。

「なんですか?」

「君は死神なの?」

「…余命が短い人間に余命宣告をし、魂を狩る者を“死神”と呼ぶなら死神ですね。」

「なにそれ。つまり、君は死神ではないの?」

「あなたには関係のないことです。要件は以上ですか?でしたら失礼します。」

本性が滲み出つつあるのか、さっきよりも態度が荒い気がする。この話題が嫌なのだろうか。

「もうちょっと待ってよ。で、名前は?」

「先ほども言ったでしょう。ありません、と。」

「そっか」

「『最後に一つ」と言っておきながら随分質問が多いですね。

では、私はここらで失礼するのでまた3ヶ月後に。」

「次来る時がわたしの最期ってこと?」

あまりにも簡素すぎないだろうか。

「あなた自身も言っていたでしょう。私はマニュアル通りの仕事を進めるだけ。それ以上もなければそれ以下もない、言われたことだけを淡々をやる、そういう者ですから。」

確かにわたしはそう言った。

それもそうかもしれない。彼にはわたし以外にもやらなければいけない仕事があるのだろうし、それにわたしは、彼にとって魂の回収対象の一人なのだから。

そう分かっていたはずなのに、

「明日も来てよ」

「え。」

彼は少し驚いた様子で振り向いた。

「君の名前を考えておくよ、明日までには。」

何故なにゆえそのようなことを…」

「別にいいじゃん。時間の使い方が分からず、おまけに余命の少ない人間の暇つぶしに付き合ってよ。」

「……今日失礼します。」

そう言うと彼は窓の方へ行き、すっと消えた。


「………」

生きる意味を知らず、ただただ時が過ぎるのを見つめている。明日のことなんて知ろうともしなかった。

なのに__


気づけば、私は、明日を生きる意味を見つけていた。

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