母さんを信仰するということ ③

 フォンセーラさんが追われているという事実に、俺は驚いた。

 地球で平穏に生きていた俺にとって、こんな風に誰かが追われている様子を見るなど初めてのことだった。




 この世界は魔法などの力があるので、見た目と中身の強さが違う場合は多々ある。

 だからこそ幾ら愛らしい見た目の少女だとしても、驚くほどに強いことがあるだろう。母さんだって、あんな見た目なのに周りから恐れられる闇の女神であるわけだし。




 とはいえ、俺と変わらない年の少女であるフォンセーラさんが男たちに追われているというのはなんだかなぁという気持ちになった。

 追われている側にも、追っている側にも事情は何かしらあるのだろうけれど、フォンセーラさんはあんなに丁寧に俺に解体を教えてくれた人なのでどうしてもそちらに気持ちは傾いてしまう。






 ……それにしてもどうするべきだろうか。

 今の所、フォンセーラさんは一生懸命逃げている。その表情には焦りはそこまで見えない。しかし本当にそうなのだろうか?

 こんなに多くの男たちに――、それもイミテア様を信仰する過激集団に追われていて、これだけ冷静でいられるものだろうか。






 過激集団がどうしてフォンセーラさんを追っているのかも分からない。

 ……というかもしかして奴らの探し物って、物ではなく人だったということだろうか?




 あれだけ恐ろしい顔で追い回しているというのは尋常ではない。

 俺はフォンセーラさんがそんな風に奴らに追われるほどの何かをやらかすとは思えなかった。まぁ、奴らは過激集団なので本当に些細なことでフォンセーラさんを追い回しているのかもしれないが。








 俺としてみればフォンセーラさんが逃げ切って、過激集団が諦めれば良いと思った。

 しかし、それは俺の希望的観測でしかないようだった。






 それが分かったのは、少ししてからのことだ。





 フォンセーラさんが目の前で魔法を行使する。それは依頼中に見たことがなかったような強大な力を持つ魔法である。俺も魔法を使ってガードしていなかったら余波を食らっていたであろうもの。

 それでいてその魔法は、依頼中に見たことのなかった闇の魔法である。黒色の球体が、彼らを吸い込んでいく。おそらくそれで過激集団の一部は死んだ。






 ――互いの命を奪い合う、そんな争いが目の前にはある。

 ……多分、そうしなければフォンセーラさんが殺されてしまうのだろうと分かる。母さんのおかげで俺は比較的冷静ではあるけれど、目の前で殺し合いが行われている事実はぞっとした。








 それだけ強い魔法使いであるフォンセーラさんを相手にするのをそこであきらめればいいと俺は正直思った。だって仲間が死ぬほどの殺し合いをフォンセーラさんとする意味も分からないから。だけど、そうはならなかった。彼らはフォンセーラさんに向かっていく。

 ……それだけ仲間の命が失われたとしても彼らにとってフォンセーラさんはどうにかすべき存在ということだろうか? 本当に彼らの考え方はよく分からない。









「邪神の信徒が!! よくも我らが同志を!」

「貴様を滅ぼす!」






 ……その言葉を聞いて、気づいた。

 彼らの指す邪神というのは俺の母さん――闇の女神ノースティアのことである。




 確かにフォンセーラさんは母さんに関する本を持っていた。あれが、母さんの信者であると言う証だったということだろう。

 ……母さんのことを邪神だとか、排除しなければならない対象だとか、そういう風に思い込んでいる過激集団にとってはその信者であるというだけでフォンセーラさんは殺す対象であるということだろう。本当になんて物騒な世界なのだろうか……。こんなのが野放しにされているなんて。








「女神ノースティア様は、邪神などではない。それをあなたたちこそ理解しなさい!!」




 フォンセーラさんは声を上げたかと思えばまた魔法を行使する。それはそのまま彼らの頭上に降り注ぐ風の刃となった。






 その命がそれだけで奪われていく。

 ――その戦闘はフォンセーラさんの勝利で終わるかと思われた。でもそうはならなかった。




 数が多いということはそれだけ手数が増えるということである。過激集団はいつの間にか、フォンセーラさんも俺も気づいていないうちに一つの魔法具を発動させていた。それはフォンセーラさんにまとわりつく、魔力による拘束。身動きを完全に取れなくするようなものだった。







「邪神の信徒よ。貴様はこの世にあってはならない存在である」

「ただし選択は与えよう。今すぐにでも光の女神イミテア様を信仰するのであれば、命だけは助け、我が教団で使ってやろう」





 ――きっとその言葉に頷いてもろくなことにならないであろうというのは、彼らのフォンセーラさんを見る視線から分かる。なんか下卑た物も混ざっていて気持ち悪い。






「――それはありえないわ。私は女神ノースティア様へ、生涯の信仰を誓っているもの」






 堂々とそう言い放つフォンセーラさんの目には全くの曇りがなかった。




 フォンセーラさんを手にかけようと動き出す男たち。

 俺はそんな彼らに向かって、魔法を行使した。


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