異世界に召喚される ④

 僕の名前は薄井咲人。

 博人神に捧げる奉納祭が行われる予定である。俺は得意のダンスを奉納祭で披露すべく、審査の会場にきている。

 審査員の女性が目の前でにこやかに笑っている。



 今日の僕は博人祭への敬意を表して、服装も気合をいれている。あとは手に文様を描き、信仰心は審査員に見せられていると思う。




「名前と経歴は?」

「薄井咲人です。僕は幼い頃より、博人神を信仰していました。教典でその言葉に感銘を受けました。そのため今回、百年ぶりに博人神に捧げる奉納祭が行われると言うことで応募しました」

「うんうん。そうだよねぇ。私の博人は素晴らしいもんね。……それにしてもわざとやっているわけでもなさそうだね」

「はい。博人神はとても素晴らしい方です」




 審査員の女性が小声で何か言っていたが、それは聞こえなかった。

 それにしてもこの審査員は態度が軽くて少し不愉快な気持ちになる。博人神への信仰を伝える場である奉納祭のための審査なのにこんな態度はどうなのだろうか。それに博人神を呼び捨てにするなんて……。

 その不愉快な気持ちが出ていたのだろう。目の前の女性が笑っている。





「博人への信仰心が凄く強いのは良いこと。博人はとっても最高の、私のダーリンだから。ふふっ、咲人が私にそういう目を向けるのも面白いなぁ」

「何をふざけているんですか? ここは真剣な場ですよ!」

「あはははははっ。私がそういう風にしているけれど、本当に面白い」




 思わず怒りをあらわしたら、その審査員は嬉しそうに笑っている。どうして僕が怒っているのにそんなことを言うのだろうか。もっと真剣にやればいいのに。本当にこんな人が博人神の奉納祭の審査員なのだろうか。僕は騙されているのではないか……?

 こんなところにいるよりも、家に帰って博人神への祈りを捧げるべきではないのだろうか。





 そう結論付けた僕は、




「こんなところにいてられません!! 帰ります!!」




 そう口にして椅子から立ち上がる。








「――この位でいいか。もう終わり」




 楽しそうな、無邪気な声が聞こえてきたかと思えば僕の意識は失われる。








 *











「はっ!!」








 勢いよく俺は目を覚ます。なんだか、変な夢を見ていた気がする。

 目の前にはにこにこと笑っている母さん。








「咲人、自分の恰好見てみて」

「え?」




 母さんに言われて自分の身体を見る。……制服によく分からない装飾を身に付けている。手に変な模様が描かれている。いつの間に……? え、意味不明すぎる。






「……ええっと?」

「咲人、さっきまでの記憶ないでしょ? 空白の時間があるの自覚するようにしたけど」

「……ない。えっと、母さん、俺に何したの?」

「体験させてあげるっていったでしょ? 私は今、咲人が経験したように人を操ること大得意なの。私の言うことをね、皆聞くんだよ?」

「……そうなの?」

「うん。今回は咲人が分かりやすいように、自分が操られているって自覚するようにしたけど――本人が操られていることなんて分からないようにすることだってできるの」





 母さんは何気ないことを言うように、簡単にそう言ってのける。




 母さんの言葉をそのまま受け取るならば、母さんは意のままに人を操ることが出来るということになる。

 操られている本人に悟られないように操ることが出来るなんて……それは所謂洗脳と呼ばれるものである。




 俺はぞっとした。

 目の前にいるのは確かに俺の母さんなのだけど、怖ろしい気持ちもわいてくる。

 でもその気持ちを払拭するように俺は首を振った。




 確かにすさまじい力を持っているけれど、母さんは母さんだしなとそう思っているのだ。





「ええっと、母さんの力は分かったけれど、父さんに力が効かないっていうのは……?」

「その言葉の通りだよ。博人はね、私が命令しても力が効かないの。神も人も、あらゆる生物が私が一言いえばその通りにするの。私に投げかける言葉も全部そう。結局私の思い通り。さっきの咲人みたいにね」




 母さんはそんなことを告げる。




 ――なんでも自分の思い通り。誰も彼もが自分の意のまま。

 ……それはある意味、退屈で孤独なことじゃないかと思った。






「でもね。博人には私の力効かないの。博人は私に操られたりなんかしなくて、私に自分の意思で言葉をかけて、私が神だろうと私のことを見てくれて私のことをお嫁さんにしてくれた。ふふっ、常識の改変なんて幾らでも出来るのに博人ってば地球で過ごすなら見た目も揃えた方がいいし、何の力も使わずに過ごしてほしいなんて言ってくるんだよ。私がどういう存在なのか知っていて、私がやろうと思えば博人を一瞬で殺せるぐらいの力があることを知っているのに――そんな風に私の博人は言うの」





 母さんは父さんとの思い出を振り返っているのか、それはもう愛おしそうにその思い出を語る。






 ……俺が全く抗えなかった。何が起こっているか分からない母さんに操られていた状態に父さんは陥らないらしい。それにしても神も人も、あらゆる生物が言う通りって母さんってどれだけ凄まじい力を持つんだろうか?






「……父さんって凄かったんだ」

「うん。博人はね、凄いの。そもそもね、私の力が効かないにしても私が博人を害する気がないってわかったからって怯えないのが凄いと思うの。それに私がどれだけ力を持っていても博人は全然私に力を使わせようなんてしないの。私は博人が望むなら人も国も、世界だって全て渡したのに」





 うっとりとした様子でそう言い放つ母さんに、俺は父さんが常識人でよかった!! と思ってならない。

 だって父さんが欲に溢れていて、なんでも欲しいと思っていたらそれだけ世界ははちゃめちゃになっていた気がする。どういう経緯で異世界の神様である母さんが地球に行きついたかは分からないけれど、父さんが居なかったら自由気ままな母さんに地球は大変なことになっていた気がする……。






「あ、そうだ。咲人」

「何、母さん」

「咲人、このまま異世界で暮らさない? 私はその方がいいと思う」






 母さんは笑顔のままそう言い切った。

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