異世界に召喚される ③

 俺の母さんである薄井乃愛は、見た目が綺麗で独特の雰囲気はあるけれどどこにでもいる日本人のはずである。

 だけど、見慣れたはずの母さんが今は別人のように見える。




 ――それは異世界と呼ばれる場所に召喚されたはずの俺に向かって、いつも通り笑いかけているからだろうか。

 まるで夕飯の献立などを聞くかのような、軽い調子。

 今の状況を全く何の違和感も感じていないといった様子は異常だった。




 母さんに何か聞かなければならないのに、何を聞けばいいか分からない。口を開けずにいると、周りにいたローブの男たちが声をあげる。



「なんだ、お前は!!」

「この小僧の知り合いか?」






 突然現れた母さんに彼らも唖然としていたらしい。はっとしたようにそう言い放つ彼らを、母さんは俺が見たこともないような目で一瞥する。







「うるさいなぁ。黙ってよ」


 その一言が全てだった。






 母さんが不愉快そうな声をかけると同時に、視線の先にいた男たちはまるで意思をなくした人形か何かのようになった。

 その目から光が消え、動かなくなる。






 本当に意味が分からなさすぎる。

 異世界らしき場所に召喚されたことに関しても、絶体絶命の事態にいきなり現れた母さんのことも、母さんの一言で人形のようになっている男たちについても――。







「それで咲人、何してるの?」




 この状況で、いつも通りに話しかけてくる母さんがまるで得体のしれない何かのように思えた。

 ――けれど、目の前にいるのは俺のよく知る母さんだというのはなんとなくわかる。










「……召喚されたっぽい。それより、母さんはどうやって異世界に? それにどういうこと??」

「んー? ちょっと頭覗くね」




 母さんはそう言ったかと思うと、俺の頭に手をやる。何かを俺はされているらしい。……まぁ、よく分からない状況とはいえ相手は母さんなので俺を害することはしないはずと思っているのでされるがままにしておく。母さんは父さんが第一だけど、俺たちのことを可愛がってくれてないわけではないし。




「ふぅん。なるほど。私のせいで召喚されたみたい。それはごめんね?」

「……ええっと、母さん。それはどういうこと? 母さんが此処に当たり前みたいにいることと関係あるの?」

「あるよ。だってこの人間たちが呼び出したかった女神って私だもん」

「はい??」



 母さんに言われた言葉が全く意味が分からなかった。




 というか、今、母さんは何をしたのだろうか。俺の状況を把握しているみたいだけど。頭をのぞくって記憶を見るとかそういうこと??



 確かに俺は”闇の女神ノースティア”と呼びかけられ、召喚された。俺はそんな神様なんかと関りがないと思っていた。でも、母さんがそれ?

 本当にどういうこと??





「見た方が早いかな」



 母さんがそういうと同時に、その見た目が一気に変化した。




 装いは日本で暮らしている普通の私服なのに、髪と目の色ががらりと変わる。

 雪を思わせるような真っ白な白髪と、ルビーのように赤い瞳。それにまるでアニメの中の吸血鬼か何かのように鋭い八重歯が生えている。




「母さん……何その姿!?」

「こっちが本来の姿だよ。私のこの世界での姿っていうか、そんな感じ! 博人と出会ってからずっと咲人の知る姿だけどね」




 軽くそんな風に言われても、色々と突っ込みどころしかない。





「ええっと……、冗談ではないことは分かるけど、母さんが女神って、父さん何なの?」






 思考は全く追いついていない。そんな状況で漏れたのはそんな疑問だった。




 家族の中でも父さんは俺と同じく比較的平凡である。華乃姉と志乃姉は母さん似だけど俺は父さん似だ。母さんが女神だってことは、あの父さんもそうなのだろうか。






「博人は人間だよ」

「……そうなの?」


 母さんが軽く答えた言葉に、逆に疑問に思う。



 普通に考えて異世界の女神――それも”闇の女神”なんてちょっと物騒そうな名前の女神を普通の人間がお嫁さんにしているなんておかしな話だと思う。



 これで父さんもそういう人ではない存在だったのならば納得だけど……というか、母さんの言葉をそのまま受け取ると父さんが人間でありながら異世界の女神を奥さんにしていて、それでいて平凡に暮らしていると言うよく分からない状況……。




「うん。でも博人は私の力効かないから、人間の中でも特別だよ。私のたった一人のダーリンだもん」

「……ええっと? 力が効かないっていうのは?」






 なんだか母さんは異世界に居るからだろうか、いつも俺が見ていた姿よりも幼いというか無邪気な様子を見せている。いや、まぁ、母さんは元々から父さんにべったりくっついていたり、きゃっきゃっしているので無邪気な面はあったのだけど、それ以上と言うか……。




 あと人間だけど力が効かないというのはどういう話なのだろうか……?






「あの人間たち、今静かでしょ?」

「うん」

「あれ、私の力」


 母さんはそういう。

 ……あのローブの男たちは相変わらず人形のようだ。





「母さん……殺したの? 生気がないけれど」

「ううん。殺さないよ。だって博人は私が生物殺すのあんまり好きじゃないみたいだから。あの人間たちは今、私の支配下にあるの。私の言うことを全部聞くの」






 ……父さんが言ったからってことは、父さんがそういう言葉を母さんにかけていなかったら簡単に殺してしまったということだろうと理解できる。

 それにしても支配下にあるってどういうことなんだろうか。





「んー? 分かってないなら、体験させてあげるね。その方がわかりやすいから」

「え」




 母さんが言い放った言葉を俺は理解できなかった。


 そして次の瞬間には、俺の意識は失われた。

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