似たもの同士

2022年10月




「マジ最悪。昨日ゾンビ猫見ちゃったよ。」


ゾンビ猫とは、最近学校内で噂になっている不幸を呼ぶゾンビ猫のことだろう。

実際は学校に住み着いている、ただの野良猫だけど、汚れた猫を見かけた生徒が面白がってそう呼びだしたらしい。

猫だって好きで汚れているわけじゃないし、

生きるために安全な場所を探しているだけなのに。

そういう想像力に欠けた人間はエスカレートして何をするかわからないから恐ろしい。

もし猫の言葉を話せるなら、ここは安全じゃない、と教えてあげたいけど、猫にとって安全な場所へ案内できるわけでもない。

例え善意からの行動でも、猫からすれば追い出されたに等しい行為だろう。

そんな妄想じみた思考をめぐらせながら部室に向かっていると、窓の外から微かに猫の鳴き声が聞こえた。

噂の猫だろうか?私は見つけてどうするかも曖昧なまま、鳴き声のする校舎裏の方へ近づいて行った。

鳴き声は、まさに断末魔というに相応しいほどの叫び声だった。

心配になり、声のする方へ急いで進んで行くと、

学校の敷地内にこんな場所があったのかと思うほど奥まで来てしまった。

もうすぐ近くだと思ったとき、女の子の声がした。


「静かにして。誰かに気づかれる。」


声の主は、同じ2年の橘詩織たちばなしおりだった。

橘さんと話したことはない。

無気力無感情。それが橘さんに対する唯一の印象。

橘さんはバケツいっぱいに溜めた水で猫を洗っていたけど、猫が暴れるので橘さんの手や腕は傷だらけになっていた。


「大丈夫?」


考える前に言葉が出ていたとでも言うべきか、

気がつくと驚いた橘さんが振り返り、私を見ていた。


「手、傷がすごいから。」


言い訳するように私は言った。

橘さんはすぐに視線を猫に戻した。


「仕方ない。この子は私に溺れさせられると思ってる。生きようとしてるだけ。ご飯を食べたり眠ったりするのと同じ。」


もしかしたら、橘さんの声を聞くのはじめてかもしれない。

近づくと、猫用のシャンプーとタオル、そして恐らく、洗い流す用と思われるペットボトルが数本用意されていた。

手際よく泡を洗い流し、タオルで身体を拭き終わると、猫はそのまま橘さんの膝の上でくつろぎ出した。

橘さんは傷だけではなく、自分が濡れることや、

汚れることも気にせず地べたに座っている。


「いつも世話してるの?」


橘さんはなにも反応しない。


「傷の手当てしないと。」


「いい。」


「良くない。」


保健室に行って救急箱を借りてきたいけど…

私が取りに行っている間に、間違いなく橘さんはこの場を去るだろう。

私は陽先輩に電話して、救急箱を持ってきてほしいと伝えた。


「今、救急箱持って来てくれるから。」


橘さんは何も言わずに猫を撫でている。

しばらくすると、私を呼ぶ陽先輩の声が近づいてきた。


「陽先輩!こっちです!」


私の声を頼りに、こっちへと向かう足音がズンズンと近づいて来る。


「救急箱持って来たけど、何かあったの?

まさか学校で遭難してたんじゃ…」


陽先輩は橘さんと猫を見て立ち止まった。


「猫!」


そういうと、救急箱を置いて走り去ってしまった。

猫苦手だったのかな?まぁ…それについては後で謝るとして、今は橘さんの手当てを優先しよう。


「手、出して。」


橘さんは一度私に視線を送ったけど、猫に添えた手を動かそうとはしない。

私は橘さんの肘を軽く掴んで、なるべく手が動かないように気をつけながら手当てを始めた。

消毒をして、絆創膏やガーゼで傷を覆った。

手当てを終えると、橘さんは私を見たまま固まっている。


「痛かった?」


橘さんが何か言おうとすると…


「おまたせ!」


息を切らせた陽先輩が戻って来た。


「ご飯買ってきたよ!」


陽先輩は両手に袋いっぱいのキャットフードを持っていた。

駅前の商店街に、ペット用品のお店があったと思うけど、そこまで買いに走ってたのかな。


「ご飯、食べるかな?」


橘さんに尋ねてみても、やっぱり答えは返ってこない。


「どれを買うべきか決め兼ねて、全種類買って来たから、猫くんに選んでもらおう。」


その量はそういうことだったのか。

陽先輩は開封しないまま、いくつかのフードを猫の前に出した。クンクンと匂いを嗅いで興味を持っているけど、さすがにどれが好きかなんてわからない。


「それ。」


橘さんは、陽先輩が持っていたフードの1つを指差した。

手慣れた手つきで開封し、猫の口元に近づけると全く警戒せず食べはじめた。


「その子って、最近噂になってる子?」


聞くべきではなかったかも、と思うほど、

橘さんの表情が険しくなっていく。


「学校の人たちは、この子を害悪だと思ってる。

だから自分たちが被害者だと思ってる。

被害者だから何を言っても、何をしても良いと思ってる。」


無気力無感情。その印象は間違っていたのかもしれない。

橘さんはいつも怒っていて、怒りを抑え込もうとしているから、感情がないように見えるんだ。


「君に懐いてる。」


陽先輩が、膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしてくつろぐ猫を見ながら言った。


「名前は?」


「まだないです。」


「文学的だね。」


「いや、それ名前じゃないでしょ。」


その後、陽先輩が黒咲先輩に猫のことを話したらしい。

もちろんチクり行為などではなく、むしろ猫を守れという脅迫行為とも取れる勢いで詰め寄ったとか。

とりあえず生徒会では特に対応することはなく、

生徒や教師から何か言われても、適当に答えてスルーということになったらしい。

どう対応するかは、学校や生徒会の意向も理解しているけど、橘さんの気持ちも尊重したいと伝え、

ものしらべ同好会で一時預かりという形で収まった、と陽先輩から説明があった。

朝水先輩が野良猫を保護している知り合いからケージを借りてくれて、寝床も確保してくれた。

なにかあれば、その知り合いに保護してもらえるように話を通しておいてくれたらしい。

あの2人の話し合いが上手くまとまったのは、

朝水先輩が仲裁に入っだからだろうと容易に想像できる。


「困ったね。」


猫は警戒してケージに入ろうとしなかった。

ケージの入り口は細い柵になっているけど、

小さな空気穴がいくつか空いているだけの薄暗い箱は、猫にとっては怖いものなのだろう。

見兼ねた橘さんがセーターを脱いで、ケージの中に入れた。


「ここ。」


セーターをポンポンと軽く叩いて誘導する。

猫は警戒しながらも、ゆっくりとケージの中に入っていった。

中に入ると、橘さんの匂いがして落ち着くのかリラックスしてくつろいでいる。


「良かったね。安心してるみたい。」


陽先輩が声を掛けても、しゃがんでケージの中の猫を見つめるだけだったけど、ほんの少し表情が緩んでいるような気がした。

ケージはあくまで寝床の確保と雨風を防げるように用意したので、閉じ込められないように入り口は開いたまま固定することにした。

それからは私も橘さんと一緒になって、学校がある日は毎日猫のところに行った。

陽先輩もたまに様子を見に来てくれたけど、

私と橘さんの2人だけのことが多かった。


「猫って本当にゴロゴロ言うんだね。

都市伝説くらいに思ってたよ。」


猫はいつも通り、橘さんの膝の上でくつろいでいる。

陽先輩が1人に1枚、小さなレジャーシートを用意してくれたおかげで、この場所も結構過ごしやすくなった。


「名前、付けないの?」


「まだない。」


「え?それ名前なの?」


「…………。」


わかんねー。どっち?本当にまだないの?

本当にまだないなの?どっちなの?


「この猫って何猫かな?白地にグレーのトラ柄…」


「サバシロ。」


「猫のこと詳しいんだね。」


「調べた。」


「猫可愛いから、犬派から猫派になりそうだよ。」


「私も犬派。」


えー。犬派だったのかー。


「まぁ、犬派猫派って愚問だよね。

結局どっちも可愛いよね。」


「…………。」


違うの?完全なる犬派なの?


「あはは。私しゃべりすぎでうるさいね。

猫の睡眠の邪魔になるから黙っとく。」


ずっと猫に視線を落としていた橘さんが、

ゆっくりと視線を私に移した。


「犬、飼ってるの?」


「ううん。飼ってないよ。

世話するの大変だからダメだって。」


「そっか。」


橘さんは再び猫に視線を戻し、優しく身体を撫でている。


「橘さんは?何か動物飼ってる?」


「ううん。」


「そっか。」


「昔、飼ってた。」


「そう。犬?」


「猫。」


「犬派なのに?」


「猫も好き。」


「やっぱ愚問だね。」


「うん。」


なんてことのない会話だけど、

なんだか少し、心地良い。

それから1週間が経った頃、陽先輩が私の教室まで来た。


「どうしたんですか?こんなとこまで。」


「ちょっと困ったことになって。」


どうやら先日の文化祭に使った改装工事レベルの装飾の残骸が、猫のケージを置いてある場所に運び込まれると黒咲先輩と朝水先輩が教えてくれたらしい。


「移動しようにも他に場所なんてないし。」


「一時的に別の場所に隠して、

運び込まれた後に戻すしかないですかね。」


「ずっと放置するわけじゃないだろうからいつ誰が来るかわからないし、何より危ないから戻すのは難しいと思う。」


「黒咲先輩たちはなんて?」


「学校に置いておくのはもう無理だろうって。

一応、朝水さんが知り合いに保護の依頼をしておくって。」


「あとは橘さん次第…ですかね。」


「どちらにしても、橘さんには話さないと。」


そのまま陽先輩と2人で橘さんに事情を説明しに行くと。


_わかった。


と言うだけで、あとはずっと反応がなく、

話の途中でその場を離れてしまった。


「やっぱり辛いよね。あれだけお世話していたし、なにより橘さんに懐いていたから。」


「そうですね。でも…嫌なら嫌だって、言ってほしかった。」


「気持ちはわかるけど、私たちもそう言わせてあげられるほどの選択肢を用意できなかったから。」


陽先輩の言う通り。黒咲先輩と朝水先輩がいなければ、もっとツライ結果になってたかもしれない。

モヤモヤした気持ちが残っているのは、

私の個人的な感情で、猫にとってはきっとこれが最善の結末だと思う。

その後、生徒会が主導となり、猫は無事に保護された。

人に慣れたらすぐに里親探しがはじまるらしい。

保護された翌日には、装飾の残骸はあの場所に運び込まれた。

私が様子を見に行くと、橘さんがいつも通り座っていた。

当たり前だけど…膝の上に猫はいない。

私もいつも通り、橘さんの横に座った。


「寂しいね。」


「…………。」


「今度、様子見に行こうよ。」


「……一緒に?」


「一緒に。」


「うん。」


口数が少なくて、表情もほとんど変わらないけど、ほんの少しだけ橘さんに近づけたような気がして、くすぐったい気持ちになった。

その週の土曜日の夕方、陽先輩から電話が掛かってきた。


_猫が逃げたらしい。


最悪の知らせだった。

ただ逃げ出しただけでも最悪なのに、今日は台風が直撃している。

予報では進路に入ってなかったけど、夜のうちに進路が変わってしまったらしい。

激しい風と雨の音、そして雷まで鳴り響き、

私は不安でたまらなかった。

保護主さんの家は学校と同じ駅にあるので、

もしかしたら学校に逃げているかもしれない。

知らせるべきか悩んだけど、

橘さんにも連絡しておいたほうがいいだろう。

だけど、猫が逃げたことを伝えると、

何も言わずに電話を切られてしまった。

時間が経つごとに、雨と風の音が強くなるごとに、不安が募る。

気がつくと私は学校に向かって走っていた。

雨と風でまともに前が見えない。

走って息切れしているはずなのに、息をする音すら聞こえない。

学校に着くと校門が閉まっていたけど、よじ登って中に入った。

もし学校に来ているなら、あの場所しかない。

急いで向かうと、既に橘さんと陽先輩がいた。

橘さんは初めて見たときと同じように、地べたに座り込んでいた。

陽先輩は立ったまま橘さんを見ている。

背後から2人に近づくと、橘さんの膝の上で力なく横たわる猫の姿が視界に入った。

橘さんは猫を寝かしつけるように、左手を枕代わりに置き、右手は身体に添えられていた。


「そんな。」


動揺する頭で必死に考えた。


「橘さん。」


陽先輩が橘さんに声を掛けながらケージを持ち上げた。

あのケージは猫が安心できるように、そのまま保護主さんに渡したもの。

陽先輩が取りに行って来たんだろうか。


「ちゃんと供養してあげよう。」


その言葉は、半信半疑だった私に確信をもたらした。

気づかないフリをしていたけど、明らかに崩れ落ちたように、装飾の残骸が散乱していた。


「橘さん、まずは雨を凌げる場所に行こう?」


「なんで?」


「その子もそのままだと可哀想だから。ね?」


陽先輩が優しく、慰めるように話し掛ける。


「そこに入れるの?」


「うん。雨が凌げる場所まで行ったら、

ここに寝かせてあげよう。」


陽先輩は着ていた上着で猫を包み込んだ。

まるで、暖かくして寝かしつけるように。


「ほら、濡れたままだとこの子も苦しいよ。

橘さんも、向こうに行こう。」


「死んで良かった。」


「は?」


「これで良かった。」


「何が良かったの?」


「あんな猫、死んだ方が…」


「ふざけんなよ!」


私の中で何かが弾け、気づいたら橘さんの胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせていた。


「自分のせいで死んだって思いたくないからって、私に当たらないで。」


「は?あんた何に怒ってんのか知らないけど勝手なこと言うなよ!

この子が死んで良かったなんてあるわけないだろ!

生きてた方が良いに決まってるだろ!

死んで良かったなんて…なんでそんなこと言えるんだよ!

私は生きててほしかった!無責任でも生きててほしかった!」


「姫奈!」


はじめて聞く陽先輩の強い口調に、私は我に返った。

ずっと呼びかけていたのか、見兼ねて声を出したのかもわからないほど、自分を見失っていた。


「ごめん。」


私が慌てて手を離すと、橘さんは何も言わずに立ち去った。

陽先輩は力なく立ち尽くす私を抱き込むように肩に手を回し、私を校舎の方へ連れて行ってくれた。

もうひとつの手で、猫を抱えながら。

その後、陽先輩は誰かに連絡して事情を説明していた。

朝水先輩か、黒咲先輩だろうか。

正直ほとんど覚えていない。

覚えているのは猫を入れたケージ。

泥で汚れたケージを、私はずっと見つめていた。

ケージの中には、陽先輩の上着に包まれた猫と、

橘さんのセーターが見えていた。

それから2週間、ずっと部室に行けてない。

陽先輩とも会えてないし、連絡も取ってない。

気持ちの整理ができるまでと思っていたけど、

何をどう整理すればいいのかもわからないまま、

時間だけが過ぎていた。

2週間経ってようやく、陽先輩に話しを聞いてもらおうと思えたけど、陽先輩は怒っていないだろうか、そもそも部室にいるだろうか、そんなことばかり考えてしまう。

不安な気持ちを抱えたまま、部室の扉に手を掛けた。


「おかえり。」


扉を開けると、陽先輩は笑顔で迎えてくれた。

その笑顔を見て、私が抱えていた不安は綺麗さっぱり吹き飛んだ。

きっと陽先輩は毎日この部室に来て、私が来るのをずっと1人で待っていてくれたんだろう。

本当にこの人には、敵わない。


「お久しぶりです。」


私は陽先輩と向き合う席に座った。


「あの、この前は…ありがとうございました。」


「うん。体調は大丈夫?」


「はい。大丈夫です。」


「良かった。橘さんも、風邪引いてないといいけど。」


「学校に来てるみたいだし、大丈夫だと思います。」


「うん。良かった。」


ほんの少しの静かな間が空いて、私は慌てて口を開いた。

一度沈黙が流れれば、声を出すのに勇気が必要になると思ったから。


「私…橘さんに酷いことをしました。

湧き上がってくる感情が抑えられなくて。

橘さんが、あの猫が死んで良いなんて思ってないことわかってるのに。

あの猫を大切に想っていること、知ってたのに…

なんで橘さんを責めるようなこと言っちゃったんだろう。」


「それは、姫奈もあの猫を大切に想っていたから。

2人はお互いを責めていたんじゃないよ。

橘さんが言ったこと、姫奈が言ったこと。

2人は自分を責めてたんだと思う。

簡単に受け入れられることじゃない。

あの猫と過ごした時間…

あの猫と一緒に過ごした、2人の時間が大切だったんだよね。」


陽先輩の言葉に思わず涙が溢れそうになった。

そして、自分の本心にはじめて気がついた。

私は猫の様子を見に行っていただけじゃなくて、

橘さんに会いに行ってたんだ。


「私たち、似たもの同士なのかもしれません。

私も自分の気持ちを伝えるの苦手で…

まぁ、橘さんよりは口数多いけど、天邪鬼で、

ひねくれた性格はそっくり。

自分のことに無関心なところも。

そんな2人だから、妙に馬が合ったのかも。」


「橘さんは嬉しかったと思う。

姫奈があんなにあの猫のことを想ってくれたこと。自分と同じように悲しんでくれたことを。」


「図星だったんです。橘さんに言われたこと。

自分が関わったことが不幸に繋がったのかもって、

やっぱり全く考えてないわけじゃなかったから。

橘さんも同じだったんですよね。」


「人に関わること、動物に関わること、

それは命に関わるということ。

自分の行いには、常に責任が伴う。

正しいことをしても、

望んだ結果になるとは限らない。

すべてを救えるわけじゃない。

だから、常に自問自答しなければいけない。

自分は正しい道に進めているか、

独りよがりになっていないか。

姫奈は間違ったことをした?橘さんも、私も。

考えが足りないことがあったかもしれない。

楽観的過ぎたかも、偽善的だったかも、

私もずっと葛藤してる。

だけど私たちは、あの猫のために、

橘さんのために、正しいことをしようとした。

それを否定してはいけない。

正しい行動を否定すれば、次の行動は必ず間違う。

今、姫奈がすべきことはなに?」


「橘さんと…話しがしたいです。」


「あの猫が繋いでくれた2人の絆を、途絶えさせちゃいけない。

あの猫を助けられなかったことは、とても辛いことだけど、2人がお互いを傷つけたと誤解したまま離れてしまうことも、同じくらい辛いことだよ。

大丈夫。橘さんは姫奈が来るのを待ってるよ。」


陽先輩の言葉を聞いて、目が覚めたかのように、

自分が何をすべきなのかがわかった。

翌日の放課後、私は橘さんのクラスへ向かった。

あれから顔を合わせることはあっても、

言葉を交わすことはなかった。

教室の隅で帰り支度をしている橘さんが、

私に気づいた。

私が軽く手を上げると、

橘さんはゆっくりと近づいて来る。

その一歩一歩が、私の鼓動と重なる。

橘さんが立ち止まったのは、ほんの一瞬だけど。

小さな声で、私に言葉を残してくれた。


「ありがとう。」



end.

 

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