同級生

2022年7月




「志歩、今日も来てないんだって。」


「どうしたんだろう。もう2週間くらいになるんじゃない?」


「大丈夫かな。病気とかじゃないと良いけど。」


朝のホームルームが終わり、1時間目の授業の準備をしていると、気になる会話が聞こえてきた。

彼女たちが話しているのは " 霧島志歩きりしましほ " のことだろう。

同じクラスになったことはないし、友達と呼べるほど話したこともないけど、霧島さんは学校をサボるようなタイプではないはず。

彼女たちが心配している様子を見る限りでも、

私の印象と相違はないのだろう。

彼女たちが気にかけている病気や怪我の類であれば、担任から何かしらの話が出ているはず。

それがないということは、やはり何かがあるのかもしれない。

私が関わるべき問題ではないかもしれないけど…


「不登校の生徒?」


どうしても気になった私は緋凪先輩に相談した。

自分から話したとはいえ、改めて " 不登校 " という言葉を聞くと、緊張感が増す。


「はい。もう2週間も学校に来てないみたいです。

友達というほど親しいわけじゃなかったので、

他の生徒が話してるのを聞いて初めて知ったんですけど。」


「気になる何かがあるんだね。」


「はい。どんな理由でも、何があったか知りたいです。」


「わかった。一緒に調べてみよう。その子の名前は?」


「霧島志歩です。」


「事情を知るには担任の先生に聞いてみるのが早いけど…。」


「私たちに話してくれるか、微妙なところですね。

そもそも事情を把握しているかもわからないですから。」


「そういうことでも報告し合うような、

親しい友達がいれば、何か聞いているかもしれない。心当たりはある?」


「友達に霧島さんと同じ部活の子がいます。

1年から同じクラスで、仲が良かったはず。」


「まずはその子から話を聞こう。」


友達の名前は市川莉絵いちかわりえ

もともとは彩が仲良くなった子。

垢抜けた明るい見た目をしているけど、

話してみると気弱なところが多くて、どこか放っておけないという印象を受けた。


「相変わらず、姫奈は鋭いね。」


私と緋凪先輩は顔を見合わせた。


「どういうこと?」


「志歩は合唱部で伴奏を担当してたの。

いや…することになったの。

先輩が引退して、9月にあるコンクールの予選のために新しくパート編成を組むときに、志歩が伴奏者に立候補したの。

予選に向けて本格的に練習が始まったばかりだったんだけど…」


「大丈夫。私たちは何があったのか知りたいだけだから。」


言葉に詰まる莉絵の肩の荷を降ろすように、

緋凪先輩が声を掛けた。


「私もどうして志歩が学校に来なくなったのか、

その本当の理由はわからないんです。

でも…みんな合唱が好きだから…真剣だっただけで。」


少しずつ、嫌な緊張感が高まっていく。


「霧島さんと連絡は取れてる?」


緋凪先輩の問いかけに、莉絵は小さく首を振った。

連絡がなくても合唱部の話題を出すということは、合唱部にそれほどの何かがあるんだろう。


「ありがとう。辛いことを聞いてごめんね。」


莉絵の様子を見て、緋凪先輩はこれ以上話しを聞くことを断念した。


「私たちが立ち入るべきなのか悩みますね。」


「本人に直接話しを聞ければ1番良いんだけど…

市川さんから連絡してもらうのは難しいし、

連絡先を聞いていきなり私たちが連絡しても…」


「多分反応しないでしょうね。

最悪、もっと追いつめることになるかも。」


私の中に、まだ諦めたくない気持ちが残っている。


「他の合唱部の人に話しを聞いてみますか?」


緋凪先輩は考え込むように宙を見つめた。


「聞くだけ、聞いてみようか。」


翌日、私たちは合唱部の生徒から話しを聞くために音楽室へと向かった。

まだ練習が始まるまで時間があるので、数名の生徒がいるだけだった。

莉絵から聞いて知った情報もあるけど、正確な情報を得る為には、別の人にも同じ質問をし続けるのが得策だろう。


_急に来なくなって私たちも困ってるんですよ。


_私が代わりに伴奏やれって頼まれて、いい迷惑ですよ、せっかくずっと合唱の練習してたのに歌えないなんて。


_チームの士気にも関わるからこういのやめてほしいんだよなー。


思っていた以上に辛辣な言葉ばかりだった。

みんな話してはくれたけど、私たちを歓迎している空気はなかった。当然といえば、当然だけど。


「なんか…みんな冷たいですね。

一緒にがんばってきたんだから、もっと心配してもいいのに。」


「そうだね。」


「目的が手段を正当化するってやつですかね。」


「それにしては、中身がない。」


「中身?」


「いや、気にしないで。部室に戻ろうか。」


部室に戻ると、部室の前に1人の男子生徒が立っていた。

私たちに気づくと、ぎこちなく手を上げた。


「やぁ、元気してる?」


ナンパか。こんなぎこちない挨拶初めて見た。

私の方もチラッと見たけど、緋凪先輩に声を掛けたように見えた。


「緋凪先輩のお知り合いですか?」


「ただの同級生。」


うわ冷た。また訳ありか。


「はじめまして。2年の緒方姫奈です。」


「ああ!どうも!はじめまして。真中侑まなかすすむです。」


「よし、もう自己紹介は済んだろ。帰れ。」


「いやいや、君たち霧島について調べてるんだろ?」


「どうしてそれを?」


「いや、さっき…市川さんから聞いた。」


疑うように問いかけた私に対して、真中先輩は気まずそうに答えた。


「真中先輩も合唱部なんですか?」


「いや…オレは違う。ただ、その…付き合ってるんだ。霧島と。」


「わかった。入れ。」


緋凪先輩は不機嫌そうにズカズカと部室に入っていった。


「あの、緋凪先輩と何かあったんですか?」


続いて部室に入ろうとする真中先輩を静止するように尋ねた。


「別に何もないんだけど…1年のときに告白して振られたんだ。それからずっとあんな感じで。」


なんだ、ただ照れ臭いだけか。


「でも、なんか今日は…」


「なんです?」


「いや…気にしないで。」


歯切れの悪い人だな。

すでに座っている緋凪先輩に続くように、私たちも席に着いた。

私から話しを聞いてほしいのか、緋凪先輩は私に視線を送ってきた。

正直、この人をあまり信用できないけど、突き放しながらも緋凪先輩が話しを聞こうと思ったってことは、信じてもいいのかな。


「真中先輩は、霧島さんが不登校になった原因に何か心当たりはありますか?」


「いや、実はオレも連絡が取れなくなっててわからないんだ。」


「学校に来なくなってから一度も?」


「学校に来なくなった最初の日に心配で連絡したら、ただ一言ごめんねって。」


「そうですか。これまで学校に対して不安や不満を持っいるようなことを言っていましたか?」


「そういうことは言ってなかったと思う。」


「部活に対しても?」


「言ってなかった。ただ、コンクールの伴奏に選ばれてからは練習が大変だったのか、日に日に疲れていっているような感じがした。」


「これまで伴奏は別の人がやっていたと聞きましたが、そのことで霧島さんから何か聞いていますか?」


「詳しくは聞いてないけど、ずっと先輩がやってたって。まぁ、オレの同級生だな。だけどもう引退して、今回のコンクールが初めての伴奏だったらしい。」


「他にもピアノを弾ける人はいたみたいなんですが、どうして霧島さんが伴奏者に選ばれたか聞いていますか?」


「いや、そこまでは。ただ、小学生のときから習ってたみたいだし、経験の長さもあったと思うけど。」


「伴奏者に選ばれたことについて何か言ってましたか?」


「特別何か言っていたわけではなかったけど、

伴奏者に選ばれたことを喜んでいたよ。

あまり感情を表に出すタイプじゃないけど、

嬉しそうに報告してくれた。」


「嬉しそうに…。」


「だったら。考えられる原因は一つだ。」


ずっと黙って話しを聞いていた緋凪先輩が口を開いた。


「なんですか?」


「もし原因が合唱部にあるなら、話しを聞くべき人がいる。」


合唱部の練習が終わる頃、緋凪先輩と私で顧問である柳田先生に話しを聞きに行った。

音楽室に行くと、もう私たちの噂が広まっているらしく、まるで不審者を見るかのように迷惑そうな視線を送ってきた。

どうしてこういう一体感を、人を守るために使うことができないのかと疑問に思い、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

練習を終えた生徒と入れ替わるように、私たちは音楽室に入った。

その中に莉絵もいたけど、私たちに気づくと気まずそうに目を逸らした。

帰り支度をしている柳田先生に私たちが近づくと、一瞬こちらを見てすぐに手元に視線を戻した。


「お前たち何をやってる。

もう下校時間だ、さっさと帰れ。」


私たちに視線を向けることなく、そう言った先生を見て私は感じた。コイツが原因だと。


「霧島さんのことで、お話があります。」


緋凪先輩は感情をなくしたように淡々と告げた。


「わかった。」


意外にもあっさりと承諾した先生と向き合うように、私たちは席に着いた。


「で、何が聞きたい。さっきも言ったようにもう下校時間だ。手短に済ませろよ。」


「霧島さんは部活だけではなく、学校にも来ていません。その原因をご存知ですか?」


今の緋凪先輩にいつものような明るさはなく、

不気味なほどに感情を感じない。


「お前たちは知っているのか?」


「いえ。特別親しい関係というわけではないので。」


「じゃあ、どうして気にしてる。」


「学校に来なくなって2週間になるのに、誰もその理由がわからないと知って心配になったんです。」


「なぜ君が?親しい友人ではないんだろ?

学校に来なくなる生徒なんて山ほどいるだろ。」


「先生。手短にとのことでしたので、その辺は割愛させてください。緒方さんが面倒見の良い人だから、とでも思っていただければ。」


「わかった。悪いが、どうして来なくなったのかオレにもわからない。」


「全く心当たりはありませんか?」


「それはどういう意味だ?」


「いえ、ただ霧島さんが初めて伴奏者に選ばれた直後に学校に来なくなったので、何か関係があるのかと。」


「部活が原因なら、部活にだけ来なければいい話しだろ。原因は他にあるんじゃないのか。」


「そう単純ではないと思いますが。」


「君が思っているほど複雑じゃないのかも。」


「どんな理由かも、霧島さん自身についても、

私には想像することしかできません。

私が知った霧島さんの印象では、コンクール直前で部活だけ休み、平然と学校に来ることができる人ではないように思えます。」


「お前はオレに何を言わせたい。オレが原因とでも言いたいのか?」


「その可能性は、ありませんか?」


「こっちは被害者だぞ?アイツはな、オレや仲間たちの努力を無駄にしたんだよ。

努力する気がないなら、最初から伴奏者に立候補なんかしなけりゃいいんだ。

自分のことばかり考えてるから、伴奏にも合唱にも向いてなかった。オレたちは裏切られたんだよ。」


「向いていないと感じたから、必要以上の指導を?」


「アイツがどう思おうが、オレには責任がある。

チームをまとめてコンクールで良い成績を残すための責任がな。

怠けた部員1人のために、努力している部員全員を腐らせるわけにはいかないんだよ。

オレには必要な指導をする義務がある。」


「先生が責任のある、大変なお立場であることは理解しています。

それでも、生徒に対しても、例え相手に非があったとしても、最低限の敬意を払うべきだと思います。」


「うるさいんだよ!お前は!最低限の敬意?

いいか?お前たちガキに払う敬意なんて、こうやって向き合って話してやるくらいで十分なんだよ!

教師と生徒、大人とガキ、目上の立場とお前らとで払う敬意が平等だと思うなよ!

そもそも、想像で人のことを責めるなんて、

お前の方が最低限の敬意がないんじゃないのか?」


沈黙…というより、睨み合いのような時間が流れた。


「わかりました。」


緋凪先輩からは依然として感情を感じない。


「最後に1つだけ言わせてもらいます。

あなたの言葉が、あなたの視線が、人の人生に、

人の命に、影響を及ぼす可能性があることを忘れないでください。」


「あぁ。肝に銘じておくよ。」


「行こう。」


そう言って立ち去る緋凪先輩の後に続いて、

私も音楽室を出た。

緋凪先輩は、私の存在を忘れてしまったかのように、足早に歩いている。


「やっぱり…私はこういうことには向いてない。」


独り言なのか、私に伝えたのかわからないけど…

その言葉は私に重くのしかかった。

数日経った頃、莉絵が霧島さんのことで話したいことがあると声を掛けてきた。


「ごめんね。顧問のことも、他の部員のことも、

ちゃんと話しておくべきだった。

私も部活内の空気に流されてる。

良くないことだってわかってても、流れに逆らうことが怖かったの。卑怯な人間だよね。」


「部外者の私に、卑怯なんて言えないよ。

莉絵はこれからも部活が続くんだし。」


「昨日、志歩から連絡来たんだ。

姫奈にも見せたくて。」


「いいの?」


「うん。私よりも志歩のためにがんばってくれた姫奈に、志歩の気持ちを知ってほしい。」



__________________



突然ごめんね。

部活行かなくなったこと、謝りたくて。

もうすぐコンクールなのに迷惑かけてごめんなさい。

部活はこのまま辞めることになると思う。

でもね、部活が嫌だから辞めるわけじゃないの。

楽しかった思い出が、私の中にはたくさんある。

歌うことが好きで合唱部に入ったけど、みんなに合わせて歌うのってすごく大変だった。

緊張してる私たちを先輩たちが和ませてくれたよね。

わざと声を裏返して歌い出したときはびっくりしたよね。

先生も怒ってたけど、最後にはみんなで笑ってた。

私たちみんな仲間なんだって思えた。

そうしたら、自然とみんなに合わせて歌えた。

夏の合宿では、みんな朝から練習して疲れてるはずなのに、夜合宿所抜け出そうとしたよね。

結局、部屋出たすぐのところに先生がいて失敗したけど。

お互いびっくりして先生も笑いながら怒ってた。

文化祭で歌えたのも楽しかったな。

青春してるね!がみんなの合言葉になってたよね。

私にとって合唱部は大切な場所だった。

本当は中学からピアノ弾いてなかったんだけど、

新入部員も来て、この想いを繋ぎたくて一生懸命頑張った。

まだ思い出になんてしたくなかったけど、ずっとずっと一緒に歌いたかったけど、もう行けない。

本当にごめんなさい。

学校には行くと思うけど、まだわからない。

でも私は大丈夫だから、心配しないで。

ずっと優しくしてくれて、ありがとう。

私は今でも合唱部のみんなが大好きだよ。

ずっと大切な思い出だよ。

だから莉絵ちゃんは何も気にしないで合唱部続けて。

またね。


__________________




「ありがとう。」


「じゃあ、今日は外部練習だからもう行くね。」


「うん。がんばって。」


「ありがとう。じゃあね。」


「うん。じゃあ。」


私は音楽室に向かっていた。

霧島さんの想いが、そこにあるような気がしたから。

私がどうして霧島さんのことに、こんなにこだわったのか。

その動機は、たった一度だけの会話。

教室移動の前に、他のクラスの友達と話していたせいで時間ギリギリになってしまい、

廊下を走っていると、階段のある角を曲がったときに勢いよく、前から歩いて来た人とぶつかった。

自分のせいでぶつかった私ですら最悪だと苛立っていたのに…


_大丈夫?


…と心配してくれた。その人が霧島さんだった。

勢いよくぶつかったせいで、私は持っていた筆記用具や教科書を盛大にぶちまけてしまった。

霧島さんは当たり前のように、それを拾ってくれていた。


_ご、ごめん!大丈夫だった?


_気にしないで。でも、お互いに遅刻確定だね。


_うわっ!


_そもそも遅刻確定だったし、諦めついたかも。


_まぁ…確かにそうか。


そう笑いながら、2人で始業のチャイムを聞いていた。

だけど、後になって考えると、

霧島さんは全く急いでいる様子はなく歩いていた。

私は自分の教室がある階から慌てて階段に向かっていたので、霧島さんは私にぶつかられなければ、

落としたものを拾わなければ、

問題なく席に着いて、始業のチャイムを聞いていただろう。

たった、これだけ…。

これだけの思い出で、私は霧島さんが学校に来なくなった理由が知りたくなった。

救いを求めているなら、救いたいと。

だけど、私は霧島さんの想いを見誤った。

莉絵に送ったメッセージを読んだ限り、

先生や部員を恨んでなんかいない。

私は霧島さんのために…なにもできない。

そして私の個人的な想いに、緋凪先輩を巻き込んでしまった。

霧島さんのことに、自分のことに頭がいっぱいで気づけなかったけど、緋凪先輩はずっと苛立ちを抱えていたと思う。

ずっと霧島さん本人と話したかったはずなのに、

空振りの聞き込みばかりか、霧島さんを悪く言う言葉を聞かされ続けて、緋凪先輩が募らせたストレスは計り知れない。

緋凪先輩にとって、悩みを抱えて傷ついている人を救うことは、第1目標であり最終目標だ。

私は緋凪先輩の望まない犯人探しや制裁を強いてしまった。

音楽室が近づくと、ピアノの音が聴こえてきた。

聴いたことのない曲、とても穏やかな優しい曲。

弾いているのは…緋凪先輩だった。

とても悲しそうに、そして怒りを押し殺すように。

私は、感情とまるで釣り合わない穏やかな音を奏でる緋凪先輩に…目を奪われていた。




end.

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