生徒会

2022年5月




「これで同好会設立の承認が下りたから、正式に活動できるよ。待たせちゃってごめんね。」


先日の同好会結成はあくまでも緋凪先輩と私との個人的な決意表明でしかなく、正式にものしらべ同好会として活動するのであれば、当然学校の承認が必要になる。

申請をしてから待つこと2週間、ついに生徒会副会長の朝水先輩から同好会設立の知らせを受けたわけだ。


「いえ、でも意外と時間かかるものなんですね。」


「うちの学校無駄に大きいからね。」


「生徒会副会長から無駄に大きいなんて言葉が出るなんて。」


「生徒会だからって愛校心があるとは限らないよ。」


「なるほど。」


立場のある人がこういうことを嫌味なくあっさりと言い放つのは簡単なことではないと思う。

同好会の申請だけの付き合いだったけど、朝水先輩の面倒見の良さは生徒会という枠を超えた根本的な人間性を感じた。

立場や環境が変わっても、ありのままの自分を保てる人は組織というものに無頓着な気がする。


「でも、せっかく同好会を設立したのに、どんな活動をするのか決まってないんですよね。」


「そうなの?」


「先輩はやる気満々なんですが。」


「緋凪さん?」


「はい。何をするのか決まってないのに何を張り切っているんだか。」


「緋凪さんらしくて良いんじゃない。」


「緋凪先輩と仲良いんですか?」


「同じ学年だからね。それなりに話したことはあるよ。」


「うーん。緋凪先輩と朝水先輩が仲良く話している姿が想像できない。」


「まぁ、仲良いと言うほど近い距離ではないかもね。緋凪さん人見知りなとこあるから。」


「そうは見えませんけど。」


「そう?」


朝水先輩は含みのある笑みを浮かべている。


「そういえば、朝水先輩は前のものしらべ同好会のことを知っていますか?」


「知っている、って程じゃないけど…同好会の廃部申請のときに部長の " 泉海栞雫いずみかんな " って人と少し話したよ。」


廃部申請…。


「優しくて、穏やかな表情が印象的な人だったな。

生徒会として業務をしていただけの私に、ありがとう、って優しく笑いかけてくれて妙に印象に残ってるんだよね。」


「…妙?」


「妙、なんて、妙な言い方しちゃったね。

ただね、前のものしらべ同好会がどんな活動をしていたのかはよく知らないけど、何か心残りがあったんじゃないかって、そう思う笑顔だったんだ。」


緋凪先輩が感じた悲しい想いが残ってるって感覚は、あながち間違いじゃなかったのか。

前の同好会について気にはなるけど、知りようがないのなら仕方がない。

ともあれ、私たち新生ものしらべ同好会は晴れて正式に結成の日を迎えた。

しかし…


「なんで誰も来ないんだ!」


「そりゃ誰も私たちのこと知らないんだから当然ですよ。」


「君はいつもそうやって辛辣なことばかり言って、全部人任せじゃないか!」


「はぁ?先輩には言われたくはありません!言わせてもらいますけどね!同好会設立の手続きは私が!全部!1人でやったんですよ!人任せにしてるのは!先輩の方でしょ!文句を言われる筋合いはありません!」


「ごめんなさーい!」


緋凪先輩は机に突っ伏して泣き出してしまった。

こんなに口喧嘩が弱い人はじめて見た。


「うっ…うー、うえっ!」


泣きすぎ。

ダメだ!このまま緋凪先輩に任せていたら何も始められないまま終わってしまう!

始めたことはちゃんと始めて終わらせる!

それが私の、アイデンティティだ!

そして、私は決意を新たに…


「ということなんです!」


再び生徒会を訪れた。


「あなたたちって、思ってた以上に変な関係だね。」


「自覚はあります!」


「あぁ…そう。えっと、訪問者を増やしたいってことなら、まずは同好会の存在と場所を知ってもらわないと。

とりあえず昇降口の掲示板への掲示許可出すから、そこにポスターでも貼ってPR活動してみな。」


「なるほど…掲示板にポスター貼るくらいなら手軽だし、持続性もあるから案外効果的かもしれないですね。」


「昇降口なら生徒の目に留まりやすいしね。

もしもっと必要ならまた声掛けて。」


「ありがとうございます。

あの、話しは変わるんですけど、ちょっと気になってたことがあって。」


「なに?」


「生徒会長ってあまり生徒会室には来ないんですか?一度もここで見たことないので。」


「フットワーク軽い人だからね。

一応、毎日生徒会室には来てるけど、じっとしていられないタイプで忙しくしているのが好きなんじゃないかな。自覚はないと思うけど。」


「そうですか。」


静の副会長と、動の生徒会長って感じか。


「なんだか、良いチームって感じで羨ましいです。」


「そう?あなたたちも良いチームになると思うけど。」


「さっきは変な関係って。」


「ごめんね。変な関係ってのは訂正する。

あなたたちは良いチームになる。」


「今のところ解散危機すら感じますが。」


「大丈夫。緒方さんが自信を持てなくても、他の人がどう言ったとしても、私は良いチームになるって信じてるよ。

困ったことがあれば生徒会で出来ることなら協力するから何でも相談して。」


朝水先輩は机の上にあったメモ帳を手に取り、ペンを走らせた。


「これ、私のメッセージID。」


「いいんですか?」


「私、可愛い後輩はとことん甘やかすタイプなの。」


なんだか照れ臭くて、朝水先輩の顔をちゃんと見れなくなった。


「ありがとうございます。」


「がんばってね。いつか私も相談に行かせてもらうね。」


「はい!お待ちしています!」


そして、私たちは早速ものしらべ同好会PRポスターの制作に取り掛かった。


「私に任せろ!」


意気揚々とポスター制作をはじめる緋凪先輩を見守ること30分…


『あなたの悩み聞かせてください。

困っているあなたに寄り添います。』


大きな字でものしらべ同好会と書かれていて、そこにこの言葉が添えられている。

なんだか薄っぺらいし胡散臭いな。

というか、なんで30分もかかったの?


「あの、ここに書いてある、怪しくないよ、ってなんですか?」


「なんか怪しい広告みたいになったから、怪しくないことをアピールしてみた。」


「それ逆効果です。書いた本人が怪しいって思ってたらどんなフォローしても無駄でしょ。」


「ダメだったかな?」


「緋凪先輩、よくこの学校入れましたね。」


「努力したからね。」


「まぁ…私もこういうのセンスないし、これで行きましょう。」


「やったー!」


「でも、怪しくないよ、は消してください。」


ポスターを掲示板に貼りに行くと、時期的に掲示板に貼られている大半が新入部員を募集するものだった。

どれも可愛らしい色使いやイラストのものばかりで、うちの地味な色調と文言のポスターが悪目立ちしている。

結果的に、我がものしらべ同好会のPR作戦は成功したと言って良いのだろうか…?

いや、結果はこれからか。


(鍵とった?)


それから数日後、部室に向かう途中、緋凪先輩からメッセージが入った。

私たちは…いや、私は朝水先輩が言ってくれたような良いチームになる為に、いくつかルールを作った。

その1つが鍵当番だ。交代で鍵を取りに行き、返しに行く。

まぁ、返すときは大抵2人で行くけど…。

とにかく今日は緋凪先輩の当番で、私も鍵を取っていない。

私も職員室に向かい、鍵がないことを確認した。


「昨日、ちゃんと返しましたよね?」


「うん。2人で来たから間違いない。」


「紛失でないなら先に誰か持って行った?」


「誰が?」


「…確かめてみますか。」


そして、私たちたちはものしらべ同好会の部室へ向かった。

不思議な緊張感が漂う中、緋凪先輩が部室の扉を開けた。

部室の中にいたのは…生徒会長の黒咲結織くろさきゆり先輩だった。


「こんにちは。陽。」


「君にそう呼ばれるほど親しくなった覚えはない。」


「親しみじゃなく、嫌味を込めて呼んだから遠慮なく受け取ってくれ。」


「ここは私たちの部室だ。勝手に入らないでもらいたい。」


「生徒会が管理する部室だけどな。」


「学校が管理する生徒会のな。」


なになに。なんか訳ありみたいだけど、

この2人ピリピリし過ぎでしょ。


「あの、生徒会長。」


「名前でいい。」


「黒咲先輩。同好会に何かご用ですか?」


「掛けて。」


黒咲先輩は私たちに椅子に座るように促した。

私が黒咲先輩の存在を知ったのは、生徒会選挙のとき。

今でこそ、朝水先輩に助けてもらって生徒会には感謝しているけど、彩の言う通り学校生活に関わって来なかったこれまでの私にとっては、生徒会なんてあってもなくてもどっちでもいい存在だった。

そんな私からすれば、選挙演説は退屈という言葉では軽すぎる拷問のような時間だった。

候補者みんな 、より良い学校生活を、から始まる人に媚びて自分に酔った精神論のような作文を読み聞かせるばかりだった。

だけど、黒咲先輩は違った。

黒咲先輩は自分の気持ちも、生徒の気持ちも、教師の目も気にせず、今この学校に必要なことを、

ひいては不必要なことを淡々と説明していた。

そして誰に媚びることもなく、自分がそれらに対して何をするかを伝え、納得したなら票を入れろ、

という感じだった。

結果は圧倒的だったし、私も票を入れた1人だ。


「今日、ここへ来た理由は端的に言えば警告だ。」


「警告?」


「2人とも、前の同好会のことは知ってるか?」


「知らない。」


「私も朝水先輩に部長だった泉海さんの話しを聞いたくらいです。」


緋凪先輩が私の言葉に反応して視線を向けてきた。なんだろう?


「前ものしらべ同好会には狂信的な信者がいた。

その信者たちが生徒会に抗議に来た。」


「抗議?」


「あぁ。新しく設立されたものしらべ同好会を潰してほしいってな。」


「そんな無茶苦茶な。」


「私もそう伝えた。気に食わないからって生徒会をあごで使えると思ってもらっては困るしな。

説得、という意味では朝水さんがお前ら2人をかばってた。」


黒咲先輩が私を睨むような視線を送ってきた。


「おかげで、私自ら同好会の視察に来ることになったってことだ。」


「それで今日ここに。ご迷惑をおかけしてすみません。」


「ここに来たのは朝水さんの顔を立てるためだ。

信者のためでも、お前ら2人のためでもない。」


ハッキリ言うなぁ…


「視察はあくまで形式的なもの、私はああいう宗教じみた集団は好まない。」


黒咲先輩は露骨に嫌悪感を示した。


「お前ら2人の味方をするつもりはないから、

あまり刺激しないように気をつけろよ。」


「わかりました。」


朝水先輩にこれ以上迷惑かけたくないし、しばらくは大人しくしよう…っていうか私たち何もしていないことに悩んでるくらい、何もしてないんだけどな…。


「生徒会長としての用は、以上だ。」


「他にもなにか?」


「君、名前は?」


「あ、すみません。2年の緒方姫奈です。」


「緒方さんか。君に会いに来た。」


「え?」


「ずっとひとりぼっちだった緋凪に、新しいパートナーが出来たって聞いて、一度会ってみたいと思ってね。」


まるで理解できない文言は、私にではなく緋凪先輩に向けた嫌味であることは明らかだった。


「そうか。私も君の心境の変化について気になっていたんだよ。

君が権力を好むようになるとは意外だったからね。」


「別に好んじゃいない。

権力は相応しくない人間が持てば弱みになる。

相応しい人間が持てば紛れもない力になる。

力を持てば、できることが増えるからな。」


「自分が権力を持つに相応しいと?」


「生徒会長程度なら相応しいんじゃないか?

まぁ、今はここ。ってとこかな。

それじゃあ、用は済んだし生徒会室に帰るよ。

あいにく仕事が山積みでね。」


あぁ…なんかすんごい疲れた。

選挙のときにも感じたけど、黒咲先輩って尋常じゃない威圧感を感じるんだよな。

緋凪先輩もピリピリモードだし。

それにしても、前の同好会に信者がいるってどういうことだろう。

生徒の悩み事を聞いていたらしいけど、それがいつしか布教活動にシフトしたということか。

経緯はどうであれ、何か腑に落ちない。

狂信的な信者を生むような教祖的な存在って、

名前を売ろうとするけど、私は同好会に誰がいたのかどころか同好会の存在すら知らなかった。

いや…考えるにも答えを出すにも情報が少なすぎるか。


「ふーっ。」


部室内に籠った緊張を解くように、緋凪先輩の気の抜けた溜息が響いた。

黒咲先輩が座っていた席に移ると、持ち帰り忘れていた私のノートに身に覚えのない絵が描いてあった。

意外と言ったら怒られてしまいそうだけど、

プロ志望かと思うほど絵が上手いし、待っている間に絵を描いていた姿を想像すると、なんだか可愛いらしい。

…いやいや!勝手に落書きするなよ、生徒会長!


「で、どうします?警告されちゃいましたけど。」


「んー。」


緋凪先輩は腕を組んで考え込んでいる。


「私たちがやったことと言えば…

放課後部室で世間話したことと…ポスター?」


「んー。じゃあ…」


私たちにできる最低限にして最大限の歩み寄りとして、ポスターのサイズをA3からA4に、手書きからパソコンで制作したものに変更した。


「なんか、随分と簡素になりましたね。」


「仕方ない。」


「私たちって極端ですね。

もっと程よい力加減がありそうなものですが。」


「加減ができるのは、それ相応の力があるからだよ。」


「私たちにはないと?」


「ないでしょ。」


「辛辣ですね。」


「君の影響を受けたのかも。まぁ…長い目で見ていこう。」


「長い目で見てる間に先輩卒業ですよ。」


「そしたら、ものしらべ株式会社を立ち上げよう。」


「それって何をする会社ですか?」


「知らない。」


「じゃあ先輩1人でやってください。」


「辛辣だね。」


こうして、ものしらべ同好会はあまりにも控えめな幕開けを迎えた。

しかし…さらに理不尽な事件が起きてしまった。

まるで、扉を殴打するようなノックがものしらべ同好会に鳴り響き、女子生徒4名、男子生徒2名、計6名の生徒が怒鳴り込んで来た。


「どういうつもりでこの同好会を引き継いだんですか!?」


「こんな勝手なことして良いと思ってるんですか!?」


「私たちは救われたんです!面白半分で真似しないでください!」


「いや、生徒会から同好会としての承認はもらっていて…」


「そういう問題じゃありません!」


「どうせ私たちのことバカにしてるんでしょ!」


火に油だった。私たちに対しての嫌悪感が予想以上に強い。この場を収めるにはどうしたら…


「申し訳ありません。」


緋凪先輩が謝罪と共に深く頭を下げた。


「え、ちょっと…」


私は緋凪先輩が頭を下げたことに戸惑いを隠せなかった。


「何それ?謝ったって私たちを侮辱したことが許されるわけじゃないから!」


は?


「あなたたちの大切にしているものに無断で立ち入るようなことをしてすみません。

でも、やらせてください。

あなたたちの期待に応えられるような活動はできないかもしれない。

だけど、もし救える人がいるのなら、救いたい。」


「自分に人を救う力があるって思ってるんですか?」


「どっからそんな自信が湧いてくるんですか?」


こいつら…


「自信はない。だから私は1人じゃない。

緒方さんと2人なら救える人がきっといる。

お願いします。やらせてください。」


私はキレそうになっていた自分を恥じた。

緋凪先輩は私を信じてくれている。

口喧嘩が弱くて、泣き虫な先輩が堂々と頭を下げることができるのは、私が隣にいるからかもしれない。


「私たちに頼むのはお門違いでしょ!」


「頭を下げる相手が間違ってる!」


「だったらお前らが文句を言うのもお門違いだろ。」


仲裁に入った声の主は、黒咲先輩だった。


「前任者は卒業していない。廃部申請も受理している。新たに同好会を立ち上げるべきかの判断は生徒会や学校側がする。

お前らは、私にこの2人が相応しいかの判断をしてほしいって頼んだんだろ?」


「…そう、です。」


「私の判断が間違っていると?

それとも、私がお前らに言われるがまま、

何も考えずに廃部にする程の無能な人間だと思ってたのか?」


「そんなことは、ないです。」


「だったら、この話しはもう終わりだな。」


乗り込んできた生徒たちは、黒咲先輩に諭されて渋々部室を出て行った。

1人の生徒が部室を出たところで振り返り、私たちを見た。


「私たちは本当に前の同好会に救われて感謝しているんです。感情的になってすみませんでした。

あの…その、がんばってください。」


「ありがとうございます。」


再び頭を下げる緋凪先輩を見て、私も深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


足音が遠ざかっていっても、私たちは頭を下げ続けていた。


「可愛い後輩ができて良かったな。」


そう言って黒咲先輩も立ち去った。

後日、黒咲先輩が仲裁に駆けつけた経緯を、朝水先輩が教えてくれた。

黒咲先輩が不在の間に、抗議に来た生徒たちを説得する朝水先輩に痺れを切らし、ものしらべ同好会に直接抗議に行くと言っていたので、慌てて黒咲先輩に連絡してくれたらしい。

一匹狼な雰囲気を持つ黒咲先輩だけど、朝水先輩のことは信頼しているんだろうな。

緋凪先輩とも、それほど悪い関係には見えない。


「緋凪先輩は生徒会選挙、誰に投票しました?」


「黒咲には投票していない。」


いや、もうそれバレバレだよ。


「黒咲先輩と何があったんですか?」


「何もない。」


あるだろ。


「緋凪先輩はわかりやすいですね。」


「君が鋭いだけだよ。」


「それ、なんか色々認めちゃってません?」


「み…認めてないよ。」


「わかりやすいですね。」


「いや、だから…」


「緋凪先輩。改めてよろしくお願いします。」


緋凪先輩は少し驚いたような表情を見せたあと、

ゆっくりと穏やかな笑顔になった。


「うん。よろしくね。」


私らしくない素直な言葉が出たのは、

きっと緋凪先輩の影響だな。

生徒会に負けないような、良いチームになれるように頑張ってみるか。




end.



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