真偽
2022年10月
「ギターとベースって、違うの?」
「なに?その不気味な質問。なぞなぞ?哲学?」
琴音ちゃんは険しい表情で私を見ている。
「ごめん、忘れて。」
お昼休みに琴音ちゃんと一緒に私のクラスでご飯を食べているとき、ふと澪ちゃんや小夜ちゃんの話題を出そうと思って、とっても雑な質問をしてしまった。
「文化祭実行委員で仲良くなった子がギターやってて。」
「なるほど、なるほど。私も唯ちゃんが良い人と出会えたみたいで嬉しいよ。」
琴音ちゃんには私の気持ちがお見通し。
考えていることを見透かされて安心した気持ちになるのは琴音ちゃんだからだろうな。
「空手やってる子もいるよ。」
「ほー。ギター少女に空手少女か。」
「なんかヤダな、その言い方。」
「なんで。」
「わかんないけど。」
「私は別に、ベース少女って言われてもイヤじゃないけど。」
「琴音ちゃんはベース少女ってより…」
「やめて!今絶対身長のこと言おうとしたでしょ!」
「可愛いのに。」
「本当に言おうとしてたのかよ。」
「そういえば、文化祭実行委員以外でも最近知り合った人がいる。」
「誰?」
「同じクラスの志倉くんって子。」
琴音ちゃんは不思議そうな顔で辺りを見渡した。
「私と同じで、あまり授業には出てないの。
というより私より授業に出てなくて今は個別で授業受けてるみたい。」
「どうやって知り合ったの?」
「校舎裏の花壇で。普段から花のお世話してるみたい。」
「校舎裏に花壇なんてあったんだ。」
琴音ちゃんは私をじっと見つめている。
「なに?」
「ううん。なんか安心した。そういえば、文化祭実行委員で仲良くなった子の名前は?」
「清瀬澪って子と、埜坂小夜って子。」
「うーん、知ってる子だけど話したことはないな。」
「きっと気が合うと思うよ。」
「じゃあ、いつか唯ちゃんに繋いでもらおうかな。」
「うん、いつか必ず。」
「そろそろ教室戻ろうかな。」
「あ、私もロッカーに…」
慌てて立ち上がったせいで、ちょうど前を通った糸杉くんとぶつかってしまった。
「痛えな。」
「ごめん。」
糸杉くんは舌打ちをした。
「いても邪魔なだけなんだから学校来んなよ。」
「おい!」
琴音ちゃんは勢いよく立ち上がり糸杉くんの前に立ち塞がる。
「取り消せ。あんたに邪魔だって言われる筋合いも、学校来るなって言われる筋合いもない。」
「は?お前ふざけんなよ?ぶつかってきたのそいつだろ。」
「それはもう謝った。私はあんたの謝罪を聞いてないけど?」
「お前なぁ…」
「琴音ちゃん!もう大丈夫だから!」
私は琴音ちゃんの手を掴み、無理やり引き離して教室の外に出た。
周りの人の注目が集まって、また私のせいで琴音ちゃんが白い目で見られることが嫌だったから。
少しでも遠くに離れたくて、教室を出たあとも歩き続けた。
「なにあれ。頭おかしいんじゃない?」
「早く辞めてくんないかな。」
「アイツいるだけで空気悪くない?」
「同じクラスなんて最悪。」
もっと遠くに。
もっと、もっと。このままずっと遠くに。
「唯ちゃん!」
気がつくと、手を引いて歩いていたはずの琴音ちゃんに、しがみつくように歩いていた。
「ごめん。」
「唯ちゃん大丈夫?気にしちゃダメだよ。
あれは正しい言葉じゃない。まともな人なら、あんなことは言わない。」
怖くて縮こまってしまった私のことを、
琴音ちゃんは身体いっぱい抱きしめてくれた。
「大丈夫。大丈夫だからね。」
そのあと、午後の授業を受けずに一緒に地下で過ごしてくれた。
迷惑かけたくないから断ろうと思ったけど、今は一緒にいたかった。
それから学校に行くことが毎日怖かったけど、それでも学校に行けたのは琴音ちゃんと、文化祭実行委員で澪ちゃんと小夜ちゃんに会えるおかげだった。
「唯、お疲れさま。」
先に作業をはじめていた私の邪魔をしないように、控えめな挨拶をしてきたのは澪ちゃんだった。
「お疲れさま。」
私も同調するように控えめに応えた。
澪ちゃんはすぐに作業をはじめずに、昔のパンフレットを見ている。
小夜ちゃんが月乃先輩の噂について、澪ちゃんなら知っているはず、ただ話してくれるかはわからないと言っていた。
月乃先輩のことを詮索するだけでも気後れするのに、無理やり話しを聞き出すとなると余計に気が重い。
「どうしたの?」
澪ちゃんがパンフレットを読みながら片手間に問いかけてくる。相変わらずエスパーだ。
真正面から問いただされた方が、かえって言い訳や誤魔化しがしやすいが、今の澪ちゃんはそれらを許さない雰囲気を纏っている。
「ねぇ、澪ちゃん。」
「んー?」
澪ちゃんはパンフレットから目を離さずに反応する。
「月乃先輩のこと、どう思う?」
「どうって?」
「あの、例えば…噂のこととか。」
澪ちゃんの視線はパンフレットに向いているけど、意識がパンフレットから離れたことがわかった。
「どうして知りたいの?」
「ちょっと…気になって。」
澪ちゃんが私に視線を移して、今日はじめて目を合わせたことに気がついた。
「わかった。じゃあ、まず私の話からさせて。」
そう言ってパンフレットを机の上に置いた。
「1年のとき、友達からクラスでいじめに遭ってるって相談されたの。悪口や陰口を言われているって。
友達って言っても、当時は選択科目で一緒になるだけで、そこでもたまに話す程度だったんだけどね。
でも私、なんか妙に張り切っちゃって。
自分なら助けることができる、って根拠のない自信で満ちてた。
ガキ大将みたいなヤツを懲らしめて万事解決、なんて単純な結末を想像してたんだと思う。
でも、実際は誰がいじめをしてるのか全然わからなかった。
1年の頃は他のクラスの生徒のことなんてよく知らないし、友達から誰にいじめられているのか何人かの名前を聞いたけど、知らない人ばかりだった。
それでも、なにか対処しなくちゃいけないと思って、私はできるだけ一緒にいる時間を作ろうと思ったの。
クラスが違うから限界はあったけど、休み時間とか登下校もなるべく一緒に過ごしてた。
一緒に過ごしてみると確かに友達に対しての風当たりは強かった。
だけど、それを悪口と言っていいのか、いじめと言っていいのかわからなかった。
あからさまな言動に対してはやめるように言ったけど、結局…私は友達のことを信じてあげることができてなかった。
中途半端な気持ちで介入したせいで解決どころか、いじめをしている人たちの感情を煽っただけだったよ。」
「澪ちゃんのせいじゃないよ。」
澪ちゃんはまるで感情を隠すように手元に視線を落とした。
「いじめに関わって、はじめてその複雑さを知った。
悪意のある悪口なのか、単に口が悪い日常会話なのか、その境目が思っていたよりも曖昧だった。
友達に対して好意的な感情を持っていないことがわかっているからって、全部を悪口と捉えればいいというものでもない。
それは継続的に行われているのか、被害者に落ち度はないのか、加害者の言い分は本当に間違っているのか。
私を含めて、誰もが無意識のうちにいじめは別世界のものだと思い込んでいる。
これはいじめなのか、いじめではないのか。
その名称からなる枠組みに重要性があると思い込む。
論点がすり替わっていることに気がつかない。
傷ついてる人がいるなら、それだけで良くないことなのにね。」
澪ちゃんは手元に落としていた視線を私に向けた。
「その子は、しばらく学校に来なくなってから転校したの。」
再び手元に視線を落とし、口角を上げて無理やり笑顔を作った。
「転校先では楽しくやってるみたい。
今でも連絡取り合ってるし、遊びに行くこともある。今は…元気。
だけどね、今でも忘れられない記憶に悩まされているんじゃないかって、心配になる。
今は忘れることができても何かのきっかけで思い出したときに、もし耐えられなかったらって考えると不安になる。
本人は深い意味があって言っているわけじゃないとしても、その言葉は心の隙間に入り込んで奥深くに突き刺さる。
そういう傷は、簡単には消えない。
もし、もう一度いじめに関わることがあるなら私は全力で傷ついている人を助ける。
だけど、もう二度と関わりたくないっていうのが、本音かも。」
澪ちゃんは仕切り直すように深呼吸をした。
「ごめん。月乃先輩の話だよね。」
「あの、澪ちゃん、話したくなかったら無理に話さないで。ごめんね。」
「なんで唯が謝るの。月乃先輩、最近少し様子変だなって私も気になってたし。
今の話に月乃先輩は関わってないんだけど、話しておいた方が良いと思ったから話したの。
唯は大丈夫?気が進まなかったら、今じゃなくてもいいよ。」
「ううん。大丈夫。」
「わかった。」
澪ちゃんは真っ直ぐに私を見た。
その目を見ているだけで、何事にも真摯に向き合う澪ちゃんの心に触れられたような気がして、私の心は穏やかになったような気がした。
「今話した友達へのいじめは " ボースト " っていう " ゴシップサイト " がきっかけだったの。」
「ゴシップサイト?」
「高校生を対象にした、くだらない噂話ばっかり掲載したブログみたいなやつ。
全てが嘘ってわけじゃないけど、事実がかなり歪められてて信憑性はほぼゼロ。
それでも学生を引きつける理由は、実名が出ていること。」
澪ちゃんはブレザーのポケットからスマホを取り出した。
「百聞は一見にしかず、だよね。
これが月乃先輩の名前が出てる記事。」
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2020.11.04
映画「ハロー マイ フレンズ」
主演女優に熱愛発覚!
新人女優の柊つばさは、現在通っている水咲高校の同級生と交際している模様。
しかし、問題は交際だけではなく、それが略奪愛だったことだ。
好意を寄せていた相手を奪われた月乃桜という生徒は、柊つばさへのいじめだけでなく、止めに入った生徒数名に暴行を加え怪我を負わせた。
精神的に追い詰められた柊つばさは退学し、女優業も引退すると思われる。
現在調査中だが、月乃桜から何らかの脅迫を受けたのではないかという情報も入っている。
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「なにこれ。」
「思ってた以上に安っぽい記事でしょ。」
「本当にこんなことが?」
「私の友達の場合、発言した内容は事実だけど状況や背景がかなり歪められてた。
だから、その記事も似たようなもんだと思うけど。」
「でも、この記事に本当のことが書いてあるとは思えない。」
「月乃先輩がそこまで男に執着するとは思えないし、前に柊つばさのインタビュー見たとき堅物すぎて中身おじさんなのかと思ったくらいだから、違和感は拭えないよね。」
「柊さんの記事だから、普段よりも脚色が強くなったのかな。」
「私もそう思ったんだけど、もしそうならこの記事おかしくない?」
「おかしい?」
「熱愛の見出しにいじめ、退学、引退っていうのは衝撃度が高いけど、なんかこの記事、月乃先輩を糾弾しているように思えない?
月乃先輩の話しを絡めたせいで、柊つばさを加害者にしたいのか被害者にしたいのかわからない中途半端な記事になってるし。」
「確かに。」
「それに気味悪いのが、この記事のことが全然知られていないってこと。
全く信憑性のないサイトだけど、私の友達はこのサイトが原因でいじめが始まったんだよ?
柊つばさの名前まで出てる記事について誰も話さないなんて気味悪いよ。」
「誰かが、噂が広まらないようにしてるのかな?」
「正直考えにくいけど、そうでもしないと辻褄が合わないのも事実だよね。
ごめん、何かわかればと思って話したけど余計にややこしくしちゃったね。」
「ううん。記事の内容を信じるかは別にしても、月乃先輩が関わったことを知れたのは良かったと思う。」
「唯、月乃先輩のこともだけど、困ったことがあれば私でも、小夜でも、誰でもいいから、1人で抱え込まないでちゃんと話しなよ。」
「うん。ありがとう。」
澪ちゃんは再び私の目を真っ直ぐに見て、強く頷いた。
「そういえば、月乃先輩来ないね。」
澪ちゃんは辺りを見渡しながら言った。
「ってか小夜も来てないじゃん!アイツなにやってんだ。」
結局、最後まで月乃先輩は来なかった。
私がどうしてここまで月乃先輩のことが気になるのかは、自分でもわからない。
月乃先輩は私を救ってくれた。
そのことで私にとって特別な存在であることは間違いない。
私が助けられたように、私も助けたい。
今はその想いだけで十分だと思う。
どしゃ降りの帰り道。
直撃はしないみたいだけど、台風が近づいているらしい。
暗く淀んだ空と、不透明な視界は、私の心を写しているみたい。
「藤田さん。」
傘に当たる雨音の間を縫うように、後ろから小さくか細い声が聞こえてきた。振り向くと月乃先輩が立っていた。
「月乃先輩。お疲れ様です。」
私は驚きながらも、軽く頭を下げて挨拶した。
「お疲れ様。今日は実行委員に出られなくて、ごめんなさい。」
「いえ、全然大丈夫です。」
「駅まで、一緒にいい?」
「はい。もちろんです。」
まさか、こんなすぐに月乃先輩と話す機会ができるとは思っていなくて、私は動揺していた。
「作業はどう?順調?」
「はい。問題なく進んでます。」
「もし困ったことがあれば、私もフォロー入るから遠慮なく言って。」
「ありがとうございます。」
いつも通りの帰り道が、今日は不思議と長く感じる。
月乃先輩を助けたいと思っていたはずなのに、本人を目の前にすると、話したいことが何も話せない。
私は雨の中に隠れるように、ただ時間が流れていくのを待っていた。
「じゃあ、私は向こうの電車だからここで。」
「はい。お疲れ様でした。」
謝罪する気持ちにでもなっていたのか、私は深々と頭を下げてから月乃先輩とは反対側のホームへと上がる階段に向かった。
「藤田さん。」
少し歩いたところで月乃先輩に呼び止められ、
私は慌てて振り向いた。
「さっき、清瀬さんと何の話をしていたの?」
end.
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