第10話 河を越える

 南方の海賊を駆逐した項覇の勢いは止まらない。西方南部は海賊の拠点があり裏で糸引くのは西方の長の独りである。ここを叩かなければ根本の解決はない。

 その為には劉尚の治める地を通る必要があった。


 側室の子にして、第二王位継承権をもつ劉尚は、出生の経緯もあり、次の王は私であるとの想いを強くしていた。しかし西方の長達は「力を貸す」という言葉と、海賊で乱れたこの地以外を与えることはなかった。

 母は西方に来てからやつれ果て、起き上がることのない日が続き、覚悟をするようにと医師に伝えられた。

 劉尚の恨みの矛先は、嘉皇后だけでなく、それを裁かず、母を遠くに置いた王にも向けられるようになる。

 劉尚は従前からの海賊を雇い入れていたこともあり、項覇により散り散りになった海賊の勢力の受け皿となることに成功し大きく力を伸ばしていた。

 その勢力は王や劉堅と比べれば微々たるもので、兵力という点だけで言えば項覇より劣るの有様である。


 今、劉尚の前には膝をついた項覇がいる。海賊討伐の為領地通過を願い出るのであろう。その相手は力を持ち、無碍むげには出来ず、通せば西方の長と敵対する可能性もあり、どう切り出そうかと間を置いたとき


 項覇の声が通る

「王子様は天をどうされたいですか?」


 てっきり、領内の通過させる見返りであったり、その保証の件、もしくは、王子たる私にたいする、お世辞でも始まるかと思う中での一声であった。


「我が主、劉堅は天をすでに身に宿やどしております。私は主の右腕として、世の果て果ての天を掴むつもりです。王子様はどうされますか?」

 言葉の外にかなりきつい物言いである。

 天はすでに劉堅のものと、王に明確に叛意を示したこと。

 また、項覇が南蛮を平定した上で、天を掴むとは征服の意図であり、劉尚は従属、同盟、敵対を問われたと考えた。

 

 項覇は特にそこまでの意図はなかった。ただ劉堅の甥っ子に自分と劉堅の出会いの話でも聞かせて自分は親戚の友人です仲良くしましょう。程度のことを伝えるつもりが、自身が受けた


 


 この衝撃を劉尚にも与えたいとの思いが出てしまった。


 天は様々である。

 項覇にとって「が意」を天の果てまで、見知らぬ地に赴き押し通す。これこそが天を掴むことであった。

 劉堅にとっては中原の王座にて、心中にある天、太平の世の実現する。これこそが天を成すことであった。

 その上で、劉尚の天を知りたいと思ってしまったのだ。

 学の丈に合わぬ言葉は誤解を生んだが天については正しく伝わった。


 劉尚は正当な後継者は私だという想いをもちながらも、王となって何かを成そうとは思うことはなかった。

 ただ怯え生き延び、新天地で母が倒れ父を恨んだ。

 今、復讐に力を求めて他人を頼ろうとする心根に気づき、自身の心の穴に気づく。次の瞬間には炎が埋め尽くす。嘉皇后と王に対する恨みは心の底に大樹のように育ち、自身の意思を以て火が付いた。


 私が天は、復讐を成し遂げることである!


「劉堅とので、項覇殿はこの地を自由にお進みください。ただし助力は出来ませんことご理解下さい」


 この時、劉堅を主、劉尚を従となった。


 項覇は劉尚の領地を思いの他すんなり通してくれた、としか思わなかったが。

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