天祐

第3話 天

 項覇は燃え尽きていた。


 馬で駆け、狩った獣を吊り下げたまま、丘にて周囲を一望する。

 

 向こう岸も見えない大河、そして背に広がる雲がかかる山までに、

 オラが正義、が通らぬ場所など存在しないのだ。

 

 ここ数年は楽しかった。仲間が増え、賊を討ち、感謝された。

 しかし、やることを見失った後の仲間たちに頭を悩ませることになる。

 元は荒くれ者のあつまりで、漁師にも畑仕事もイヤ気がさした連中で、賭場や人買い、用心棒と地に足がつかぬ者ばかりであった。


 邑と呼ばれる村に入るなり。身なりよく腹が出た男が声を掛ける。

「項覇、今日の上りをもってきたお」

「張粛か、いつも助かる。こいつを酒家のおやじに渡しといてくれ」

 馬を駆けるなかで血抜きが進んだ狐を2匹ほど渡す。少し酸味のある臭い狐肉が項覇の好みであった。

「こいつの肉が好きなのは項覇だけだお」


 この張粛、たまたま下人として買った項覇にほれ込んだ商家の長男坊で、この邑にとどまらず南方一帯に商圏を持ち多くの舟と木材を扱っている。また、目して数をたがえることなしの神童であり、項覇の力と合わさって千の所帯を切り盛りする核である。


 張粛はそこらじゅうの商人から、みかじめ料を絞り上げ、項覇の千を超える所帯を養うが、無理が生じているのは百も承知であり、人を金に換える方法を日々模索していた。


 項覇は真綿で首を絞められるような閉塞感に、酒家しゅかに入り浸る日が増えた。

 店に入る。一番奥、オラの指定席にどっかりと座る漢が居た。

 学がないオラでも一目で高貴とわかる。そこいらでは見かけない淡い青の身なり、肩まである長髪は赤味を含んで明るく、中原の出身と見て取れた。

 そいつが、すっと立ち上がると背はオラと同じぐらいに高く、華奢に見えるが腿は太く、首の後ろは背の筋が盛り上がり、尋常ではないことは十分に感じ取れた。


「項覇殿は、天を掴みたいとは想いませぬか」


 


 この一言で項覇は完全に呑まれた。

 世の果てまで我が意が通ると思う中で、井戸の底へと突き落とされた。後の言葉は蛇足に過ぎない。


 項覇と劉堅の出会いはこの様であった。

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