EP2:〝ヘンリエッタという名の少女〟


「空から落ちて来たのか……?」


 ジルは目の前に落下してきたゴーレムを見て、そのあと東へと視線を向けた。

 防壁の方からはもう戦闘音は聞こえない。

 

 ゴーレムが落下してきた方角もまた東だ。


「まさか……こいつが〝壁破り〟か?」


 同じ事実に老人が気付き、目を開いたまま目の前のゴーレムを見つめた。

 するとゴーレムに変化が起きる。


 頭部が変形し――胸元と背部へと収納され、ゴーレムに乗っていた者の顔が露わになる。


 これまで頭部パーツの中に収まっていた白髪が解かれ、風でふわりと揺れた。


「女……⁉ しかも子供か!」


 老人が驚く横で、ジルは膝から力が抜けて、思わず尻餅をついてしまう。それほどまでに、そのゴーレムに乗っている者の顔が衝撃的だった。


 人形のように整っている、まだ幼さの残る顔立ち。

 透明感のある白い肌。

 肩辺りで雑に整えられた銀に近い、白色の髪。

 赤い瞳。


 それらの特徴一つ一つは確かに珍しくはある。だが、大都市であるテュフォンで探せば、当てはまる者はいなくはない。


 しかしそれら全てを兼ね備えた者を、ジルは一人しか知らなかった。


 だから思わずその名を口にしてしまう。


「アリス……? いや、そんなわけがない。ありえない。ありえないんだ」


 ジルは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 アリスは五年前に消えたんだ。、そう言い残して。

 

 そもそもゴーレムに乗っているこの少女は確かにアリスとよく似た顔付きだが、あまりに若すぎる。どう見ても、まだ十代前半か半ばぐらいだ。


 そこで一つの可能性が思い浮かぶ。


「まさか……君は――」


 ジルがそれを問おうとした瞬間、内壁の床にめり込んだゴーレムの脚部の下から、声が聞こえてくる。


「つ、潰れるううううう、足どけてよエッタ!」

「ごめんってば。でももうエーテルないから動かないや。どうしよ?」


 無表情のまま少女が呟いて、それからようやく自分を見つめるジル達の存在に気付く。


「あ、そこの人。エーテル補給カートリッジ持ってない? 多分、どの規格のやつでもいけると思うから、あれば欲しいんだけど」


 まるで友人のようにそう聞いてくるその少女に、老人とジルは答えることが出来ず、思わず顔を見合わせてしまう。


「やっぱりダメか。困ったなあ……」


 理解が追い付かず動けないジル達を見て、少女がやはり無表情のまま首を傾げて、器用にゴーレムの腕部を組んで困ったようなポーズを作る。


 少女の表情は一切変わらないが、随分と感情表現は豊かである。


「エッタが無茶するからでしょ! だからエーテル残量に注意しろってあれだけ言ったのに!」

「まさか対地エーテルキャノンで空中にいるところを狙撃してくるなんて思わなかったんだもん。最後の回避行動がなかったら、それこそバラバラのドッカーンだったよ」

「そのせいで、エーテル切れ起こしたんじゃない!」

「まあね。でもあのゴーレム乗り、相当に腕が立つ人だよ。セオフィラなみに狙撃が上手だった」


 などと、どうやら脚と床の間に挟まっているだろう修理ユニットと会話をする少女を見て、ジルはようやく冷静になった。


 さてどうしたものか。

 状況から考えておそらくこの子が、外壁を騒がせた本人だろう。


「あの壁を飛び越えてきたのか」


 ジルがそう聞くと、少女が当然とばかりに頷く。


「そうだよ。だって固定砲台もゴーレムも、を想定してなかったから。だったら空を行くのが一番確実かつ安全かなと。それにエーテル残量もギリギリだったから、真正面からの突破も不可能だった」

「ありえん……ゴーレムは飛ぶようにできておらん」


 老人がそう言葉を返すも、実際にこのゴーレムは空から落ちてきた。

 それを見ていただけに、ジルは静かにそれに反論する。


「いや、ゴーレムで飛ぶこと自体は不可能ではない。武装と装甲を極限まで減らし、大容量のエーテルドライブと複数のスラスターを搭載すれば、理論上は可能だ。だが――」


 それはあくまで、もし飛ばすとしたら、という机上の空論でしかない。

 実際にやれば、その超加速による重圧に人の体は耐えきれない。よくて意識を失い、最悪は死に至る。


 なのにこの少女はそれを行ったという。


 確かに目の前のゴーレムは、装甲も武装も貧弱なわりに妙にスラスターが多く、さらに逆関節型の脚部パーツという、機動性偏重型の設計思想が見える。


「できるできないなんてどうでもいいよ。とにかくエーテルを補給しないと動けない。それはなんというか困る」


 少女のその困っているとは到底思えない物言いに、ジルは思わず苦笑してしまう。


 ああ、この感じ。なんだか懐かしいな


「……どうする、ラバン爺」


 ジルがそう問うと、隣にいた老人――ラバンがため息をついた。


「はあ……このままここにめり込まれたままでも困るな。それに、この街の傭兵の流儀に則るなら――」


 ラバンがそれ以上言わずにニヤリと笑った。その意味を理解し、ジルは肩をすくめる。


 この老人はとっくの昔に傭兵業を引退したというのに、まだその体には傭兵が染み付いている。


「……そうだな。〝壁破りの傭兵は手厚く歓迎する〟、だったな」


 ジルが仕方なくそう言って、対空砲に使う予定だった、青白い光を放つ結晶が入った長方形型のカートリッジを少女へと放り投げた。


「使え。と言っても、大して量じゃないがな」

「ありがとう。あ、そうだ。僕はヘンリエッタ――オジサンは?」


 少女――ヘンリエッタが名乗りながら、エーテル補給カートリッジを受け取った。それから腰から空になったカートリッジを抜き出し、代わりにそれを挿入する。


「――ジルだ。こっちは同僚のラバン爺」

「……ジルね。それにラバン。うん、覚えた」


 そう頷きながら、ヘンリエッタがエーテルドライブを起動させる。静かな振動音と共に、ゴーレムの各パーツに青いエーテル光が流れていく。


 それから彼女はめり込んだ脚部をゆっくりと床から引き抜いた。


「ぷはあ! 死ぬかと思った!」


 同時にスポンという間抜けな音と共に、ジルの予想通り、修理ユニットが飛び出てくる。妖精の形をした珍しいタイプだ。


 ヘンリエッタが修理ユニットへと視線を向ける。


「そういえばグレムリンに死っていう概念はあるの? エーテル生命体なのに?」

「気分の問題だってば! それにこのボディは気に入っているんだから、大事に扱ってよね!」

「はいはい。ほら、レムも自己紹介して」


 そうヘンリエッタに言われ、修理ユニットが胸を張って腰に手を当てると、ジル達へと名乗った。


「私はグレムリンのレムよ! ネーミングセンス最悪でしょ? 付けたやつの顔を見てみたい。あ、すぐ近くにあった」

「今、……遠回しに僕をバカにしたよね」

「いや、凄く直接的にバカにしたけど」

「もっかい踏むぞ」


 なんてグレムリンのレムとヘンリエッタが仲良さそうに喋るなか、ラバンが何かに気付き、対空砲の向こうにある整備用昇降機に目を向けた。


「ジル」

「ああ、分かってる。ちっ、こういう時だけ動きが早いな。ヘンリエッタ、すぐにあそこに隠れろ」


 ジルが内壁の端にある、使われていない予備パーツがしまってある倉庫を指さした。


「……? なんで?」

「めんどくさい連中が来るからだよ。いいからさっさと隠れろ。で隙見て逃げ出せ」

「逃げる? 僕が?」


 ヘンリエッタが理解できないとばかりにそう聞き返すも、レムが彼女の腕を引っ張っていく。


「いいからとりあえず従おうよ! ほら、早く!」

「はいはい」


 ヘンリエッタの頭が再びゴーレムの頭部パーツに覆われ、彼女は言われた通りに倉庫へと隠れた。


 同時に昇降機が上がりきり、そこに乗っていた三機のゴーレムがこちらへとやってくる。


 脚部が長くスリムな見た目で、頭部にある二本の湾曲した角のようなアンテナが特徴的なゴーレム――このテュフォンに本社があるラムゼ社製の都市制圧用ゴーレム【LMZ-ブラックホーン】――に、エーテルライフルと光子ブレードという優等生的な武装のチョイス。


 そのどれもが黒を基調としたカラーリングがされていて、右肩の部分に黒ヤギをモチーフにしたエンブレムが描かれている。


「やはり<バフォメット>か」


 ラバンが苦虫を噛み潰したような顔で、その部隊名兼コールサインを口にした。

 この街で、その名を知らない者はいない。

 

 <バフォメット>――正式名称〝テュフォン総統府直轄治安維持部隊〟、は全ての傭兵に忌み嫌われている存在だ。


「おい、クソども」


 そんな第一声を放ったのは三機のゴーレムのうち、中央のものに乗っていた者だ。その声に覚えがあるジルが、心底嫌悪するような顔でその名を口にした。


「……カルスか。こんなクソ溜まりに憲兵様の、しかも東区部隊の隊長様が何の用だ」

「先ほどお前らみたいなクソが愚かにも我が都市に侵入してきた。報告によるとこの辺りに落ちたと聞いたが、見掛けたか? まさかお前らの手引きじゃないだろうな?」


 カルスの尊大な物言いに慣れていたジルが、何も知らないとばかりに、肩をすくめる。


「おいおい、正気か? 外壁で戦ってたやつがどうやってこの内壁にたどり着くんだよ。まさか空を飛んだなんて言わないよな?」

「カカカ……憲兵様はありもしない罪状を作るのに忙しすぎて、夢を見たのだろ。ゴーレムが空を飛ぶなんて可愛らしい夢だ」


 ラバンがジルの挑発に乗っかり、そう笑い声を上げた。


「貴様ら……! 俺だって、ゴーレムが空を飛んで外壁を越えたなんていう妄言、信じておらんわ!」

「だったら、帰れ」


 まるで犬でも払うかのように手を振るジルを見て、カルスが怒りを露わにした

 

「元英雄だがなんだか知らんが、もう貴様に次はないんだぞ、ジル・オーランド! もし侵入者を庇っているようなら、だ!」


 カルスが怒声を浴びせるも、ジルは平然とした顔をする。


「だからゴーレムなんざ知らん。俺はここで真面目に職務を全うしているだけだ」

「では、これはなんだ?」


 カルスが先ほどまでヘンリエッタが立っていた、凹んで穴が空いた床を指した。


「ああ、それか。いやあ、ほんとラバン爺に困ったもんだ。対空砲を整備している時にうっかりクレーンから部品を落としてね」


 ジルがそう誤魔化すと、煙草に火を付けた。煙草はいい。嘘をつく時にそうは思わせない力がある。


「カカカ……見事に穴ができてもうたな! 修理申請も出したが、全然通らなくてこうして放置している次第よ。憲兵様もこんなことをしている暇があるなら、内壁管理部の連中に仕事しろと言ってやってくれ」

「ええい、嘘をつくな! これだからクソどもは嫌いなんだ。クソ虫同士庇い合いやがって……気色が悪い。もういい、こいつらを捕らえろ。罪状は執行妨害罪かなんかを適当にでっちあげろ。その後にこの辺りを捜索しろ」

「はっ!」


 カルスがそう両脇にいた部下に命令する。どうせ捕縛したところで何も話さないのは分かっていた。それにこの程度の罪状だとすぐに傭兵ギルドから釈放要求が飛んでくるだろう。それでもこの舐め腐った連中を放っておくわけにはいかなかった。


 当然、ジルもラバンもそれは承知の上でのことだった。どうやらカルスも本気でここにゴーレムがいるとは思っていない。だからこうすれば少なくとも、ヘンリエッタが逃げられる時間は作れる。


 しかし……一人だけこの状況を理解していない者がいた。


「へいへい。大人しくついていきますよっと……って、え?」


 カルスの部下が捕縛用ワイヤーをジルに掛けようとした、その時。


 白い颶風が――飛び込んでくる。


「へ?」

「なっ――」


 カルスの部下が、盛大な音を立てながら吹っ飛んでいった。


 ジルの目の前には――あの兎のゴーレムが、逆関節型の脚部を振り抜いた体勢で立っている。


 それからようやく何が起きたかに気付く。

 隠れていろと言ったはずのヘンリエッタが飛び込んできたと同時に、蹴りを放ったのだ。


 見れば、蹴られて床を転がっていったあのゴーレムに動く気配がない。


「<バフォメット21>、システムダウン! 復帰まで少し掛かります! すみません!」


 そんな声が聞こえてきて、ジルは冷や汗を掻いた。


 ただの蹴りで――仮にもこのテュフォンの正規部隊の一つである<バフォメット>の一機が戦闘不能になっただと?


「た、隊長! 例の未確認ゴーレムです!」

「貴様ああああああ! <バフォメット23>、奴を鎮圧する! 最悪破壊してもかまわん!」

「はっ!」


 カルスが光子ブレードを起動させ、部下の<バフォメット23>がライフルを構えた。


「なぜ出てきた!」


 ジルが思わずそう叫んでしまう。これでは計画が全て台無しじゃないか!


 しかしそれを聞いて、ヘンリエッタはなんでもないこととばかりにこう言ったのだった。


「貴方をにはさせないから。助けられたら、助け返す。そうしろと、〝お母さん〟に言われたから」


 それはヘンリエッタの盛大な勘違いなのだが――結果として、彼女は見せ付けることになる。


 彼女と彼女専用機である【ヴォーパルバニー】の圧倒的戦闘力を。


 傭兵としての、可能性を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る