傭兵の街のゴーレムラヴィ ~秘匿された実験部隊から抜け出した強化人間の少女は、元英雄に拾われ傭兵となるようです~

虎戸リア

序章:〝兎と空を見上げる男〟

EP1:〝兎は舞い降りた〟


 僕はゴーレムに乗ると、なぜかいつも〝母〟の存在を感じてしまう。


 まるで胸の中に抱かれているような安心感。

 フワフワと飛んでいってしまいそうな曖昧な僕を、ギュッと包んでくれているような、そんな感覚。


 母の温もりどころか、その顔すら僕は知らないのにね。


「――ねえ、エッタ。本当にやるの? あそこ、めちゃくちゃ厳重に守られているけど」


 エッタという僕のあだ名――本当はヘンリエッタなんだけども――を呼ぶ少女の声が通信機越しに聞こえてきたので、僕はゆっくりと目を開けた。


 全身の感覚がエーテル共振ユニットによって、ゴーレムへと接続される。

 

 暗く狭かった視界が、一気に開けた。


 見えるのは広大な荒れ地。岩と砂しかない荒野の大岩の上に、僕はゴーレムに乗って佇んでいた。


 乗る、というより着用していると表現した方が正しいかもしれない。


 まるで鎧のように着込む、【ギア運用型重歩兵用外骨格モジュールG・O・L・E・M】……つまりゴーレムは僕にとっては揺り籠のようなものだ。


「さて、感覚共有はできてるかな?」

 

 僕専用のゴーレム――【ヴォーパルバニー】を軽く動かしてみる。


 白兎をモチーフにしたこのゴーレムは、逆関節型と呼ばれる機動性重視の脚部パーツと、まるで兎の耳のような形のエーテル感知アンテナが特徴的だ。


 ミスリライト製の脚部で大岩を踏み、右手でこのゴーレム唯一の武装である斬甲刀〝ジャヴァウォック〟を握りしめた。


 その指先から足先にいたるまで、全てがまるで自分の体のような感覚。普通のゴーレム乗りにはない感覚らしいけど、これなしでみんなどうやってゴーレムを動かしているのだろうか? 不思議だ。


「うん、感覚共有は問題なし。レム、エーテル残量は?」


 僕は右肩に乗っている、まるでおとぎ話に出てくる妖精のような姿の修理補給ユニット――グレムリンのレムに確認する。


 グレムリンは肉体を持たないエーテル生命体で、肉体の代わりに機械に憑依する特徴を持つ。それを活かして、ゴーレム乗り達は修理補給用ユニットにグレムリンを憑依させ、常に随伴させていた。


 もちろん僕も例外じゃない。


 だからレムとは物心ついた頃からずっと一緒だ。


「エーテルの残量なんてほとんどないわよ! 戦闘もあと一回が限界!」

「え、なんとかならないの」


 僕がそう聞くと、レムが声を張り上げた。


「ならないってば! だから言ったでしょ!? に補給してくれるようなお人好しなんていないって! ここまで来れただけでも上等よ!」

「耳元で怒鳴らないで。でもまあ、あと一回分あるならいけるか」


 僕は視線を西へと向ける。

 荒野の先には巨大な壁がそびえて立っていた。

 分厚い強化コンクリートで出来たその防壁の中央には門があり、輸送車や護送車らしき車両が行き来している。


 僕は、あの壁を越えないといけない。


「無理だってば。見てよあの防壁、バカみたいにゴーレムを配置してる! しかもサザーラン社製のエーテルキャノンまで装備してるし。あ、固定砲台まであるじゃん! やっぱりむりむり! 不審な未確認ゴーレムなんて、見付かったら即座にバラバラのドッカーンよ」


 なんて喚きながらも、レムが防壁の戦力を正確に僕の視界の隅へと表示させていく。


「うーん、まあ並のゴーレム乗りなら無理だろうね。でも、僕とこの【ヴォーパルバニー】なら問題ない」


 脚部や背部のスラスターを何度か噴かし、感触を確かめる。うん、いつも通りだ。


「そりゃあ、たどり着くだけならいけるかもしれないけど。でも、それからどうするつもり? お尋ね者なあたし達を素直に、ハイどうぞって入れてくるわけないじゃない。かといって、この装備じゃ門の強行突破は無理よ。見付かったらすぐに門は閉まるだろうし」

「いつも通りやるだけだよレム――さあ、跳ねよう」


 膝を曲げ――スラスターを噴かすと同時に岩を蹴って、一気に加速。体が潰れるような感覚と、風がびゅうびゅうと通り過ぎていく音と共に、僕は笑っていた。


 次の瞬間、強烈なエーテル探知波を観測。


「エッタ! 見付かったわよ!」

「分かってるよ。流石に判断が早いね」


 防壁付近でアラート音が鳴り響き、門が閉まりはじめている。設置されていた固定砲台やゴーレム達のエーテルキャノンの砲口が照準を合わすかのようにこちらへと向いた。


「こんな盛大にエーテルドライブを噴かしたら気付かれるに決まってるでしょ! って前方からエーテル反応!」

「おっと」

「当たる~!」


 迫る赤いレーザーをギリギリまで引き付けて、避ける。

 エーテルによる魔力反応でチリチリと空気が灼け、熱で陽炎が揺らめく。


「当たらないけど?」

「でも、いつか当たる!」

「かもね。でもまあ、これならいけそうだ」


 あの防壁は一見すると全く隙のない完璧な布陣に見える。おそらくだけど、帝国陸軍のゴーレム精鋭部隊でも、あの防壁を落とすのには骨が折れるだろう。

 

 だけども、一つだけがある。


「大丈夫、きっといける」


 見上げれば、青くどこまでも高い空が見える。その遥か向こうに、巨大な島が悠然と浮いていた。


 だから僕は最大出力で脚部のスラスターを噴かすと同時に地面を蹴った。


 浮遊感と加速による重圧で体中の骨が軋み、血管が千切れる音が脳内で響く。でもそれは決して嫌な感覚ではない。


 空が――掴めそうなほど、近くにあった。


***


 〝独立傭兵都市テュフォン〟――東区画、対竜防壁上部。


 その都市は二重構造になっていた。一番外側に、常にゴーレムが配備されている防壁があり、その内部に都市部を囲むように作られたもう一つの壁があった。

 ただ単に内壁と呼ばれるその壁の上には、古めかしい砲台や誘導噴進弾の発射装置がまるでハリネズミのように設置され、その照準を空へと向けていた。


 空から来る何かに、必要以上に怯えているかのようにも見えるーーそんな過剰な対空防衛設備だ。


「ジル――お前さんはいつも空を見上げているな」


 そんな内壁の上。

 暇そうにしている老人が、隣に座る三十代ぐらいの男――ジルへと煙草を差し出した。


 老人から煙草を受けとったジルは、だらしなく伸びた黒髪といい無精ひげといい、あまりまともな職種についている人間には見えなかった。


 しかしその青い瞳だけは、まっすぐに空を見つめていた。

 何かを必死に探しているような、そんな目付きだ。

 

「……真面目に仕事をしているだけだ」


 ジルが言葉を返しながら、金属製の四角い着火具で煙草に火を付けた。


「来やしない竜に備えて、内壁の上でサボるだけの仕事をか? カカカ、変な奴だ」


 老人がジルの火を借り、ゆっくりと煙草を吸い始める。二筋の紫煙が、風で揺れながら空へと昇っていく。

 

 しばらくすると風に乗ってか、東側の外壁の方から微かにアラート音や戦闘音が聞こえてきた。


「さっきから外壁の方が騒がしいな……あの音は対地エーテルキャノンか。となると、まさか……」


 ジルがそう呟くと、老人が嬉しそうにもう僅かしか残っていない歯を見せて笑った。


「カカカ! 久しぶりだな、は」

「まだそんなバカがいるとは驚きだよ」

「これこそがテュフォンじゃろ」


 このテュフォンという街は、少々特殊だ。


 周囲には東西の大国に属さない小国がひしめきあっており、常にどこかで戦争が起こっている。ゆえに〝大陸の火薬庫〟と呼ばれているこの土地で、この街が独立都市として存在できているのには、理由があった。


「この街はゴーレム乗りの傭兵バカ達で成り立っておるからな。だから余所から傭兵が流れてくるのもまた必然……バカはいつの時代にもいるものだ」


 かつてゴーレム乗りの傭兵だった老人が、懐かしむように目を細めた。


 対照的にジルはしかめ面をしている。まるで苦い思い出でもあるかとばかりに。


「金積んで正規ルートで入ればいいだけだ。なのにあの外壁を無理矢理突破するなんて無茶が過ぎる。バカを通り過ぎて、ただのアホだ」

「そういう、お前さんも壁破りをしたんじゃなかったか?」


 老人が心底おかしそうにジルの顔を覗く。


「……さあな」


 ジルが嫌そうな顔をして、煙草の火を消して立ち上がった。


「ん? どこへ行く」

「対空砲の起動準備をする」

「対空砲? 何に向けて撃つ気だ? 雲か?」


 老人のからかう言葉を無視して、ジルが対空砲の操作端末へと歩いていく。


 分かっている。この仕事に意味なんてないことぐらい。


 この世界の空に人間の入る余地はなかった。

 かつて空に上がったものたちは全て――浮島に住む竜によって破壊尽くされてしまったからだ。


 だから魔導技術が発達した現代でも、飛行機械の類いは一切造られていない。

 人は空に上がれず、地に縛られたまま。


 竜達によって――空に蓋をされたのだ。

 

 古の時代にはここのような対竜防壁がいくつも造れられたという。それが今でも残っていて、いつやってくるかもわからない竜に対する防衛設備として、今でも管理されている。


 もちろんこの街が出来てから竜が襲ってきたことなど、これまでに一度もなかった。この仕事は、ジルや老人のような底辺の人間向けの雇用を生む以外に何の意味も持たない。


 決まり事はただ一つだけ。


 与えられた勤務時間内は内壁の上で過ごし、外壁が戦闘を行っている場合、内壁も戦いに備えること。


 ただそれだけだ。それをジルは律義に守っていた。


 対空砲を起動させ、空からやってくる何かに対して備える。何も来ないと分かっていても。


「意味のないことを」


 そんなことを言いながらも、老人が面倒臭そうに起動準備の手伝いをはじめた。

 どうせ、ずっと暇なのだ。


「いつか来るかもしれない。なにかが、空から」


 そうジルは自分に言い聞かすように答えた。

 頭の中でこれまでに何千回も、何万回も再生された会話が蘇る。


〝ねえジル。いつか……私の可愛い子兎達がこの街に来たら、可愛がってあげてね〟 

〝いつかっていつだよ〟

〝さあ? でもきっとすぐにそれだって分かるわ。あの子達は本当にやんちゃだから。ふふふ、案外空からやってくるかも。ぴょーんと壁を越えてね〟


「……ばかばかしい」


 ジルが妄想を振り払うかのように、首を横に振った。

 俺は何を期待しているんだ。もうあいつはいない。帰ってこない。


 だからもう、期待しなくていいんだ。


 なのに――


「それでも俺は……空を探してしまうんだよ、アリス」


 そうジルが呟いて、空を見上げた時。


 白い何かが――空からこちらへと落ちてくる。


「どどどど、どいてえええええええ!」


 その何かが叫んでいる。


「なんだ!?」


 老人が驚きの声を上げ、ジルはただ突っ立ったまま、それを目で追うことしかできなかった。


 ついにそれが二人の目の前に着地……もとい墜落する。


 派手な衝撃音と共に床が揺れた。


「……嘘だろ」

 

 それは、白いゴーレムだった。 

 珍しい逆関節型の脚部に、耳のようにも見えるアンテナ。


 だからそれは……兎と形容するにぴったりなゴーレムだった。


 失意の中、ずっと空を見上げていた男の前に――ついに兎が舞い降りた。

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