惚れた欲目

三鹿ショート

惚れた欲目

 彼女は、顔を合わせる度に、恋人と別れるべきだと告げてくる。

 彼女よりも先に恋人が出来たことに対する嫌がらせなのか、もしくは、彼女が私に対して恋心を抱いているためなのか。

 私の言葉に、彼女は顔を顰めながら首を左右に振った。

「どちらでもありません。ただ、あなたが恋人との関係を続けていれば、その身に破滅が訪れることは明白だからです」

 そのように断言するからには、証拠があるのだろう。

 それを提出するようにと彼女に求めると、先ほどまでのものとは表情を一変させ、私を案ずるかのようなものと化した。

「言葉で聞くことと実際に目にするのとでは、受ける衝撃に差異が生ずると思いますが、良いのですか」

 私は、首肯を返した。

 どのような現実を目にしようとも、恋人に対する私の意識に変化が訪れることはないだろうと考えたからだ。


***


 彼女と共に公園の物陰に隠れていたところ、とある男女が姿を現した。

 男性には見覚えが無いが、その女性の姿は、見慣れている。

 その女性とは、私の恋人だったからだ。

 一体、何が起こるのだろうかと考えていると、私の恋人と男性は周囲に目を向け始めた。

 それは、人気が無いことを確認しているかのような行動だった。

 やがて、自分たち以外に人間の姿が無いことを確認すると、二人は突然、着用していた衣服を脱ぎ始めた。

 そして、公園の中央で、身体を重ね始めたのである。

 快楽に溺れる姿を見ることが恥ずかしいのか、彼女は赤らめた顔を私に向けると、

「分かったでしょう。あなたの恋人は、単純にあなたのことを裏切っただけではなく、変態的な行為に夢中になるような人間なのです。あなたが同じような趣味を持っているのならば話は別ですが、自分以外の男性と愛し合っているなど、常人ならば許すことができないことだと思います。私ならば、即座に別れの言葉を告げますが、あなたはどのように考えているのですか」

 そのように問われたために、私は率直な言葉を返すことにした。

「他の男性と関係を持っていようとも、私の恋人は、二人きりのときは同じように私のことを愉しませてくれている。見れば、あの男性と愉しんでいる姿は、私との時間に見せているときと、何ら変わりがない。私との時間よりもあの男性との時間を愉しんでいるように見えた場合には、嫉妬もするだろうが、あの様子では、特段の問題も無いだろう」

 その言葉に、彼女は目を丸くした。

「恋人が自分のことを裏切っていたとしても、問題は無いと言うのですか。あなたはどれほど寛容な人間なのですか」

「寛容というわけではない。私は、恋人の願望を叶えたいと、常日頃思っている。眼前の光景が恋人の望んでいる時間ならば、私が何も言うことはないということだ」

 私の言葉を聞いた後、彼女は私の恋人が持っていた鞄を指差すと、

「では、あれほどの高級品を求めることは、何とも思わないのですか。あなたの恋人が欲したために与えたのでしょうが、それを購入するために、あなたは体調を崩すほどに働き続けた上に、厄介な相手から借金をしたではありませんか」

 何処か興奮した様子の彼女に対して、私は動ずることなく、

「先ほども言ったが、恋人が望むのならば、私はそれを叶えるだけだ。それに加えて、あの鞄を持つことで、私の恋人の魅力が倍増することなど、容易に想像することができる。自身の恋人がさらに素晴らしい存在と化すのならば、そのために私が尽力したところで、他者に責められるいわれは無いと思うのだが」

 それから彼女は、私の恋人に対する思いつく限りの疑問を吐き始めた。

 だが、私は気分を害されることなく、淡々とそれらに回答していった。

 やがて、全ての疑問を口にしたのか、彼女は無言と化した。

 大地を覆うのではないかと思うほどに、長い時間にわたって息を吐いた後、彼女は呆れたような笑みを浮かべた。

 そして、私の胸を指先で小突きながら、

「あなたは、恋人としては最も素晴らしい存在なのでしょうね。恋人に選ばれた人間にしてみれば、これほど幸福なことはないでしょう」

 そう告げると、彼女はその場を後にした。

 彼女が消えるまでその姿を目で追った後、私は恋人と男性の交合に意識を戻した。

 やはり、私の恋人は、乱れる姿も美しかった。


***


 数日後、彼女の交際相手だという人間が、私の前に姿を現した。

 彼女に恋人が出来たことを私は喜んだが、どうやらそれは過去の話のようだった。

 彼は涙を流しながら、彼女についての不満を口にしている。

 要約すると、彼が交際相手のためならば火の中に飛び込むような人間ではないということが、破局した理由らしい。

 その言葉に、私は首を傾げた。

 彼女はそのような我儘を口にするような人間ではなかったはずだが、一体、何があったというのだろうか。

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