第3話 「お前のせいだろ!」

「木南! その髪色は何だ!」

「金髪」

「そういうことではないっ!」


 下校前、やいちゃんが生活指導の先生に叱られた。怖い男の先生だけど、やいちゃんは肝が据わっている。


「そんな中学生らしくない髪色は、すぐにやめなさい!」

「はー? あたし似合うって言われたんスけど、なあ?」

「えっ……」


 先生から注意を受けても、やいちゃんは涼しい顔。隣にいるぼくに話しかけてきた。


「え、えっと……」

「おい何だよ、お前まで先生の味方すんのかよ!」


 うぅ……どうしよう……。

 やいちゃんの怒声を聞いて、ぼくは悩んでいる。


「コラ木南! 友達を困らせてどうする! 倉田に八つ当たりするんじゃない!」


 見かねた先生は、ますます怒ってしまった。でも、やいちゃんも負けていない。


「うっせんだよ! 大体あたしらは友達じゃねぇし!」

「おい木南! 倉田に何てことを言うんだ!」


 た、大変だ。

 ぼくがぐずぐずしているせいで……。


「こいつは友達じゃなくて彼氏だ!」 

「な、何だって!」


 さっきまで鬼のようだった先生の表情が変わった。予想外だったのか、やいちゃんの言葉を聞いて目を丸くしている。


「大体よぉ……」

「や、やいちゃん……」


 やいちゃんが再び、ぼくのことを見た。ああ、やいちゃん。一体何をするつもりだ。あるいは何を言うつもりだ……。


「お前のせいだろ!」

「えっ、ぼくのせい?」

「そうだよ。あたしが髪染めたの、お前のせいだからな!」

「そ、そんなぁ」


 やいちゃんの金髪の理由が、よりによってぼくのせいだったなんて……。ぼくが何かしたんだ。その何かがなければ、やいちゃんも先生も争わなくて済んだだろうに……。


「……お前が好きなアニメのヒロインが金髪だから、あたしも金髪にしたんだろうがぁーっ!」

「ええっ!」


 ぼくが落ち込んでいると、やいちゃんが叫んだ。やいちゃんの大声を聞いて、すぐに下向きだった顔を上げる。すると、やいちゃんの目には涙が溜まっていた。


「だって菊ちゃん……ここ最近あの子の話ばっかじゃんかよ! あたしが悲しいのも知らねーで楽しく語りやがって! 二次元だからって、他の女に夢中になってんじゃねーよ! 菊ちゃんには、あたしがいるだろ! 彼女の気持ち考えろ!」

「やいちゃん……」


 やいちゃんは、もう涙を流していた。

 ぼくは何をしているんだ。

 恋人を悲しませるなんて、彼氏失格だ!


「誰だって、好きな奴の好みの人間になりてーに決まってんだろ! 好きな奴には自分だけ見てもらいてーんだよ! そんくらい分かれ!」

「やいちゃん、ごめんね!」


 ぼくも自分が情けなくなって、つい泣いてしまった。そして、やいちゃんに申し訳なくなったぼくは……。


「えっ、菊ちゃん!」

「ごめんね……」


 学校だというのに、やいちゃんを抱き締めてしまった。やいちゃんも戸惑っている。でも、ぼくは恋人から離れられない。離れたくない。


「ぼくが、一番好きなのは絶対やいちゃんだよ! 確かに二次元は好きだけどさ、そこは変わらないから大丈夫! あと、やいちゃんは金髪じゃなくてもかわいい!」

「菊ちゃん……!」


 そのとき、やいちゃんはぼくの背中に手を回してくれた。


「あー、せっかくのラブラブを邪魔して悪いんだが……」

「あ!」


 しまった。ぼくらは先生がいることを、すっかり忘れていた。ハッとしたぼくら二人は、パッと体を離す。


「ハハッ。声も揃えて、随分と仲良しだな」


 あんなに怒っていた先生が、楽しそうに笑っている。やいちゃんはキレる余裕もなく、ぼくと同じく真っ赤な顔で先生の笑顔を見ていた。


「木南、これで髪を染める理由もなくなったし、すぐ元に戻すんだぞ!」

「……ッス」


 やいちゃんは先生と目を合わせなかったけれど、一応返事はした。


「じゃあ二人共、気を付けて帰れよ! 幸せにな~」

「さ、さようなら!」


 ぼくらの目の前から先生は去った。ぼくは挨拶したけれど、やいちゃんはしなかった。




「クソ! あいつ、あたしらを茶化しやがって!」

「やいちゃん、そんなことしていないよ先生は……」


 下校中、やいちゃんは再び怒っていた。先生に笑われて嫌だったらしい。


「あー、ムカつく! あの野郎いつかブッ飛ばすかんな!」

「やいちゃんダメだよ~。そんなことしたら、ぼくは嫌だなぁ」

「う……」


 やいちゃんの怒りを抑えることに成功したようだ。ちょっとずるかったかもしれないけど、ぼくが言ったことは本当だ。


「……あと菊ちゃん、ごめん」

「ん、どうしたの?」


 やいちゃんが、ぼくに謝ることなんてあったっけ?


「あたし、あんなこと言ったけど……菊ちゃんに好きなことをやめさせるつもりはないから」

「ああ、そのことか! 大丈夫、気にしていな……いや少しは気にしておくよ!」

「あっ……」


 そう、ぼくは気にしなくてはならない。

 やいちゃんのために!


「ありがと……」


 やいちゃんは頬を赤く染めて、お礼を言ってくれた。

 かわいい……。

 ぼくは幸せ者だ。




「木南! また髪を染めたのか!」


 数日後……再び生活指導の先生が、やいちゃんを叱った。


「うっせぇな! 金髪じゃねぇよ!」

「そういう問題じゃない! 金も赤もダメだっ!」


 今度は、やいちゃんは髪を赤く染めてしまったのだ。ぼくは赤毛の理由を知っている。それは何日か前のことだ。


「新しいアニメ楽しみだな~」

「これ、おもしろそうじゃん!」


 ぼくは自室で、やいちゃんとアニメ雑誌を読んでいた。もうすぐ放送予定のアニメのチェックを二人でしていたのだ。

 そんな中で、やいちゃんがとあるアニメのイラストを指差した。


「ああ、確かに! 何かメインヒロインらしい子、やいちゃんに似ているね!」

「この赤い髪の? そ、そうか……?」

「うん、似ているよ! 一番かわいいし!」

「……照れるじゃん」


 そういうことで、やいちゃんは赤髪にしてしまったのだ。


「おい菊ちゃん! あたし似合ってんだよなぁ! あの子に似て、かわいいよなぁ!」


 うん、かわいいし似合うんだけどね……。


「倉田! 君からも何とか言ってくれ!」


 先生、ぼくはしっかり止めました。

 しかし、ダメだったんです!


「菊ちゃん!」

「倉田ぁ!」


 二人が怖くて、ぼくは黙っている。

 そして、騒ぎに気付いた他の先生たちが、やっと二人を止めてくれた。

 ぼくは髪色ではなく、この性格を変えたいです……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る