第2話 「てめえ、許さねぇからな!」
「なあ倉田~」
「何?」
休み時間、クラスメートに呼ばれた。さあ何が起こるのか。
「授業中、退屈で言葉遊びしていたんだけど」
「うん」
「お前のフルネーム、アナグラムすると暗きオタクになるんだな! アハハ!」
「ハ、ハハ……」
それは、ぼくも前から知っていた。
気付かれたか……。
「ふざけてんじゃねぇぞゴルァッ! 」
「ぐおっ!」
力なく笑っていると、ぼくと話していた男子が吹っ飛ばされた。
「や、やいちゃん……」
「てめえ、許さねぇからな!」
「ひー! 木南さんだぁ~!」
やいちゃんが男子に体当たりした。ぼくたちは同じクラスだ。やいちゃんはヤンキーとされているため、ぼくに強気だった男子も怯えている。
「菊ちゃんバカにすんじゃねぇよオラオラオラオラ!」
「す、すみません……」
やいちゃんは倒れた男子の胸ぐらを掴んでグングン揺さぶっている。男子は泣きべそをかいて、やいちゃんに謝った。しかし、それでは終わらない。
「あたしに謝ったってしょうがねぇだろ! 菊ちゃんに謝るんだろうが!」
「ひゃっ……」
やいちゃんは右手で掴んでいた男子を床に叩きつけるように投げ、ケツキックをした。もちろん男子は泣いている。
や、やり過ぎだ……。
「や、やいちゃん……もう良いって」
「倉田ぐんずみまぜんでじだっ!」
泣いている男子は立ち上がり、僕に謝った。よし、もう終わり「立ってどうすんだ! 土下座だろうがよ!」「ギャアッ!」
……終わらなかった。
やいちゃんは、また男子にケツキックをした。さっきより痛かったのか、男子は悲鳴を上げた。
「しっかりしろオラァ!」
「ず、ずみま」
「だから、あたしじゃねぇだろ!」
「ひゃいっ!」
三度目のケツキックを受けた男子は、とうとう土下座してしまった。
「ず、ずみまぜんでじだっ!」
「いや気にしないで……もう本当に良いから」
「ふんっ! もう二度とすんなよクソ! 行くぞ菊ちゃん!」
「う、うん……」
やいちゃんは「はいぃ……」と弱々しく返事をする男子を無視し、ぼくの手を取って歩き出した。
そして場所は変わって廊下。やいちゃんは、ぼくを引っ張るかのようにズンズン歩く。
「や、やいちゃん……」
「分かってるよ。あたし、やり過ぎだったんだろ?」
足を止めて、やいちゃんは小さな声でぼくに話しかけた。そして振り向いたのは……。
「……ごめん」
何だか元気のない、やいちゃんだった。やいちゃんは謝ると、そのまま言葉を続けた。
「だって菊ちゃんが、あいつに言い返さねーんだもん! 何で笑って終わらせようとすんだよ! 嫌なもんは嫌って怒れよ!」
「で、でもオタクなのは本当だし」
「あーっ! あんな奴に遠慮なんかすんな! マジでムカつくんだよ!」
「そ、そっか。ごめんね……」
「だから、あたしは菊ちゃんにムカついてねーよ! あのクソにムカついてんだ! あーっ、思い出すだけで腹立つ!」
「や、やいちゃん落ち着いて……」
ぼくは両手で、やいちゃんの両手をキュッと包んだ。
「は、はあっ?」
やいちゃんは頬を赤く染めて戸惑っている。そして、ぼくは真っ直ぐやいちゃんを見ている。
「やいちゃん聞いて。あと、ぼくの目を見て」
「な、何だよ……」
「やり過ぎはダメだけど……ぼくのために怒ってくれて、ありがとう」
「っ!」
ぼくがお礼を伝えて手を放すと、やいちゃんは真っ赤な顔を両手で覆って座り込んでしまった。
「ど、どうしたの? やいちゃん!」
「……お前もやり過ぎ……」
かわいい……。
あの男子が、こんなやいちゃんを見たら驚くだろうな……絶対に見せたくないけど。
「菊男なんて花が入っている名前とか女みてぇだな倉田ぁ!」
「あ……やめなよ、そういうの」
今日は別の男子が、ぼくをからかい始めた。やいちゃんに指摘されたので、ぼくは流さず注意することにした。
「しかも菊なんて、死んだ奴の花じゃねーか! 暗いお前にピッタリだよ!」
やはり、ぼくが注意しても意味がない。でも諦めてはならない。
「あの本当に、やめた方が良いよ……」
「マジでお前は名前負け知らずだな! 名は体を表すギャ!」
……ああ、ダメだった。
「てめえ菊ちゃんに何してんだよ……!」
「ぐえぇっ……!」
ぼくをからかった男子は、やいちゃんに背後から絞め技を食らってしまった。
結局こうなるのか……。
やいちゃんのためにも彼のためにも、そして自分のためにも注意したのになぁ……。
「や、やいちゃんやめようよ……」
「菊はきれいな花だろ! っつーか日本の国花だ! あと中国では縁起が良い花なんだぞ! そして落雁うめぇっ! 二度と菊ちゃんの名前をバカにすんな!」
「やいちゃん……!」
やいちゃんは、ぼくのために色々と調べてくれた模様。
嬉しい……!
「だ、誰もオレを助けてくれねぇ……」
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