おたやん。

卯野ましろ

第1話 「こっち見ろよ!」

「……」

「……」


 静かな自室。ここにいるのはオタクのぼく・倉田くらた菊男きくおと、


「……おい」

「な、何っ?」


 お隣さんの女の子・木南きなん弥伊子やいこちゃんだ。しばらく静かだったから、ぼくは呼ばれてビクッとしてしまった。


「お前さぁ……」

「う、うんっ!」


 ベッドの上にいた彼女と、床に座っていたぼく。ズンズン、ズンズンと距離が縮まる。ああ、ぼくは何を言われるのだろう。そんなことを考えていると、


「わっ!」

「ビビってんじゃねーよ」


 ぼくは両手でガシッ! と肩を掴まれた。柔らかい手だけれど、ぼくの体は固まっている。

 ドキドキ……。

 ぼくは今、じっと見つめられている。


「こっち見ろよ!」

「あっ、ごめん!」


 つい目を逸らしてしまったため、ぼくは怒られた。

 ドキドキ……。


「……もう漫画は、いーだろ? あたし退屈だから、そっちも読むの終わらせてくんね? お前、読んだことあるんだろ?」

「え!」


 今度は幼馴染みが目を逸らしている。顔を赤く染めながら、何だか申し訳なそうに……。


「もう読み終わっちゃったの?」

「読み終わったっつーか、つまんねぇっつーか……。いや嫌いじゃねーんだけど……むしろ、おもしれーんだけどよ……」

「うん、どうしたの?」

「だーかーらぁ……」


 あ、やばい。

 これはスイッチ押しちゃったかも。


「一緒にいるのに、こんなの淋しいから構えっつってんだあぁーっ!」

「うわあ~っ!」


 ぼくは幼馴染みの女の子に、大声を出しながらグングン揺らされた。


「わ、分かったよ、やいちゃん……。でも酔うから、その辺にして……」

「あ!」

「おわ」


 ハッとしたのか、急にパッと両手を放されたぼくは床にゴロッと倒れてしまった。


「うわ、わりー! 菊ちゃん大丈夫か?」

「う、うん……」


 しかし、少しは痛いのが本音。




「悪かったな……」

「いやいや、ぼくの方こそ。それ、おもしろくなかったんだよね?」

「だから、おもしれーっつってんだろ! お前が好きなもんに全然ハズレねーし!」

「そっか。じゃあ良かった」

「よ、良くはねーよ……あ! 漫画の話じゃなくて!」

「はい……」


 正座で向かい合う、ぼくたち二人。お互い、きちんと目を見て話している。


「せっかく二人でいるんだから、あたしは漫画より菊ちゃんと話したり遊んだりしたかったんだよ」

「そ、そっか……」

「それなのに、お前は……。あたしが部屋に入った途端、オススメの漫画を取り出しやがって……しかも楽しそうに話しやがって」

「ごめんね、気を付ける」

「……そういうとこ、かわいいんだけどよ」

「えっ? 何?」

「……あーもうっ! あれだけ熱心に語られたら、すぐに読まないわけにはいかねぇだろ!」

「それって、ぼくを気遣ってくれたんだよね? ありがとう」

「お、おう……」


 真っ赤な顔の幼馴染みは、また目を逸らしてしまった。

 かわいい……。

 かわいいのは、やいちゃんだよ。

 さっきの、しっかり聞こえてたよ……。


「じゃあ、やいちゃん! 何して遊ぼっか?」

「……花札……」

「よし、やろう!」

 

 ぼくの幼馴染みのやいちゃんは、荒っぽくてよくヤンキーと言われます。でも、ぼくにとってはかわいい女の子です。

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