第18話:ベルゼブブ2
「生意気ナ愚民ガ! 潔クソノ身ヲ捧ゲヨ!」
蝿の王は部屋の中央に設えられた絢爛豪華なシャンデリアよりさらに上空に身を隠して魔法を練る。部屋に充満したマナは即座に反応し、レーヴェンの前に大きな光の渦が現れる。そして、彼が渦を潰すより先に、1本の大きな光の矢が射出される。
「うおおぉぉぉぉぉ!」
レーヴェンは驚異的な反射神経でそれを弾き返す。
「グオッ!」
その槍は蝿の王の胸に深く突き刺さり、その身は大理石の床へと墜落した。
そこにレーヴェンは赤く光る魔剣を中段に構えて走り込む。そして起き上がった蝿の王の丸々と膨れ上がった腹に向かって剣の舞を浴びせる。
「運命を受け入れろ! ストーム・オブ・ソード!」
「ヌオオォォォォッ!」
「この技は未来を切り開くような、こんな時にこそ使う技だろ父上?」
息をもつかせぬ連撃で蠅の王の腹をえぐっていく。そして最後に強烈な一撃を放つと、王の体は壁まで吹き飛んで崩れ落ちた。
だがまだ息はある。6本の腕が痙攣を起こすように震え、体は呼吸の度に大きく上下する。
「ブハハハハハ。神ニ下賤ノ者ノ攻撃ナド通ジヌワ! 朕ハ、コノ宮殿デハ無敵ダト言ッテオロウ」
蠅の王の体が金色に輝き、大きく開いた傷口に、空間を漂うマナが吸い寄せられていく。すると腹に空いた大きな穴はみるみると塞がれていく。
「朕ハ無敵ナリ! ブハハハ……ボホッ? ナ、何ダコレハ?」
王の背中が大きく膨らみ、透明の羽が飲み込まれる。さらには左右の腕が次々といびつに膨張し始める。そして王の腹は内側から赤く光り、体や顔までもが無様に膨張していく。
「お前の腹の中に凝縮されたマナの珠を埋め込んだ。それはお前の快楽のために犠牲になった幾人もの魂を俺の仲間が取り出して結晶化したもの。お前の驚異的な再生能力でそれは体内に全て吸収された。その魂の重さは、到底お前一人の体では受けきれるものではない」
「グオオォォォォッ! バ、バカナ! ゲヘエェェェェェッ!」」
「お前が破裂するまで見守っていられないのが残念だが、マナ爆発に巻き込まれたら俺もひとたまりもないんでな。じゃあな、暴食の王」
レーヴェンは走る。王の間の扉を通り越し、長い廊下を駆け抜けていく。背後で爆音が聞こえ、城全体を衝撃が包む。眼の前の床に亀裂が入ったのを確認したレーヴェンは床を蹴り、前方へと跳躍する。着地をした瞬間、背後の床が音を立てて崩れ落ちた。
「これは予想以上の爆発だ。巨大な呪いが解除されつつある今、その中心地であるこの城もろとも吹き飛ぼうとしているのか?」
背後から凄まじい衝撃。レーヴェンは間一髪、大ホールの吹き抜けに飛び込み爆風から逃れる。落下していく体。伸ばした手が魔法で光る巨大シャンデリアの端をギリギリ掴む。左右に大きく揺れたシャンデリアはレーヴェンの落下の衝撃と体重を支える。
安堵したのも束の間、今度は天井が爆裂し、大きな石の塊が落下してくる。レーヴェンはもう一度シャンデリアを大きく揺らして勢いをつけ、優雅に佇むの黄金の女神像に飛び移る。
そこからスルスルと床に降りた瞬間、天井が完全に崩落し、瓦礫の雨を降らせる。横に飛んで階段下に逃れるもここも安全ではない。
逃げ道を探していると今度は地下から爆発音が聞こえた。
「あれは魔法研究施設の方か。あそこの研究の記録を消す手間が省けたが、まいったな。一旦地下道に避難しようと思っていたのだが……」
いたるところで爆発音が続き、レーヴェンは城が完全に崩壊する事を悟った。
*
エレシナはまだ手足の感覚がしっくりこないものの、ミレアたちと共に、自らの足で騎士の訓練場の先の大橋を歩く。
そしてまさに橋を渡りきったその時、大地を揺るがすような轟音が響いた。
振り返ると、遠方に見える城の上部が消し飛び、そこからは煙が立ち上っている。そして次々と城のいたるところで爆発が連鎖し、それはまるで砂でできた城であったかのようにもろく崩れ去っていく。
「リヒト!」
エレシナは、はかなく崩れ落ちる城の残影に手を伸ばして叫び続けた。
マナに包まれた空は割れ、廃城の上には一筋の光が差し込んでいた。
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