第17話:ベルゼブブ1

「成功です! うまくいきました!」

 ベッドに横たわるエレシナの手足は人間のものに変わっていた。もう動かすことはできるようだが、安静にしたほうがいいとリヒトはベッドに寝かせている。


「これでこの街の呪いを解き、閉じ込められたマナを開放させられる。明日、俺は王の間へ向かい、ガルガディアの呪いの主、強欲の狂王ベルゼを討つ! それからグレンとミレアに頼みがある。エレシナを連れてこの城からなるべく遠くへ離れて欲しい」


 一人で向かうというリヒトの発言に、グレンは思わず椅子から立ち上がった。


「バカを言うな! 一人で戦う気か? 我々も力をかすぞい!」

「何も死にに行くわけじゃない。作戦がある。だがヤツを倒した後にマナ暴走に巻き込まれる恐れがある。だから逃げ切るのは俺の足がなくてはならない」


「任せよう。わしらはリヒトを信じて待つのじゃ」


 エレシナはリヒトを信じた。リヒトは未来を見ているのだと。



 王座の間。豪華絢爛な装飾が施された重い扉を開くとそこにはよく肥えた一体の魔物がいた。


「神ノ宮殿ヲ汚ス薄汚イ盗賊ガ! コノ街ノモノハ全テ朕ノモノジャ! オマエノソノ身モ喰ラッテヤロウゾ!」


 透明な対の羽を小刻みに震わせて宙に浮かび、6本の手足をこすり合わせながら大きな複眼でリヒトを睨みつける。その者の名は蠅の王ベルゼブブ。


「暴食の狂王にふさわしい姿だ。決闘の礼儀として一応名乗らせてもらおう。俺の名はリヒト・スタッド……いや、レーヴェン・アラハルトだ」


 レーヴェンは赤く光る魔剣をかまえる。踏み込んで一太刀。だがそこには姿がない。


「クカカカカ。ウスノロガ」


 耳障りな音を立てながら、黄金に飾られた部屋の中を素早く飛び回り、レーヴェンを翻弄する。右へ左へ、あるいは天井へ、その動きは目で追うことすら難しい。


「でかい図体の割には素早いな。だが俺も素早さには自信がある」


 レーヴェンは蠅の王の無軌道な動きに喰らいつき剣を踊らせる。赤い軌道は空を切るが、一振りごとにその距離は近づいていく。


「なるほど。お前の動きは把握した。蠅の王! この剣にはお前が虐げた魂が乗っているぜ!」


 王座の前に追い詰めたレーヴェンは飛び込んで横切りを放つ。すんでのところで攻撃をかわした蝿の王は上空へ逃げる。


「その動きは読んでいる!」


 飛び込んだのは王座を踏み台にするためだ。王座を蹴って宙に舞い、油断しきった敵を追撃。その腕を一本切り落とす。


「ブヒャッ!神ニ歯向カウ汚レタ愚民ガ!」


 四方に黄金に輝くマナの光の渦が現れる。その渦から作り出された金の槍がレーヴェンめがけていっせいに襲いかかる。


「くっ!」


 間一髪直撃は逃れるも、槍によって受けたダメージで血が流れる。さらに蠅の王の切断された腕の断面は蛆が湧くように泡立ち、吸引されるように飛んで来た切断された腕と結合する。

 やっと届いたレーヴェンの攻撃も瞬時に回復してしまったのだ。さすがのレーヴェンも声を発することができず黙り込む。


「クカカカカカ! 神ノ国ガルガディア ニ充満スルマナノ恩恵ガアル限リ朕ハ無敵ナリ。ドウシタ?絶望ノアマリ声モ出ヌカ?」

「ああすまない。あまりにも俺の思い通りに事が動いて声が出なかったんだ」

「ナラバ、オ前ノ望ミ通リニ残虐ナ死ヲ与エテヤロウゾ」


 蝿の王は不快な羽音を立てながら飛び回る。すると今度はレーヴェンの周囲に6つの光の渦が生成された。即座に反応したレーヴェンは魔法が発動する前に前方2つの光の渦を斬りつける。

 鎧の魔物の一部でもあった直剣にサイクロプスのマナが吸収された魔剣だ。当然、魔法にも威力を発揮する。槍が放たれる前に2つの渦を消し去った。突破口ができれば逃げるのは容易い。

 残り4つの光の渦から魔法の槍がレーヴェンに追尾して射出される瞬間には、その身はすでに前方に走り出している。突き当りの壁を蹴って後方上空に回転しながら槍を飛び越えてかわす。魔法の槍は黄金の壁に突き刺さってから消滅した。


「これは運命だ。そう思わないか? この剣が手に入ったのも、お前に虐げられた者たちの魂が込められたのも運命だ。お前の破滅の運命は決まっている。暴食の王ベルゼ!」

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