第8話:ケルベロスとグリムリーパー1

 周囲は異常なほどの静けさに包まれていた。漆黒の闇の中においても白く浮かび上がる廃城。その隣にひっそりと佇む小さな教会。

 その教会の地下からは凍てついた空気がせり上がっていた。ゆっくり、ゆっくりと周囲の空気がその異常な気配に侵食されていく。


「モット タマシイヲ……」


 礼拝堂の床から黒い半透明の何かがにじみ出るように姿を表し、それはやがて人の形を成していく。


「コオオォォォォ……」


 不気味な叫び声にリヒトは覚醒し、全身の毛が逆立つような感覚を覚える。とてつもない脅威が近寄りつつある。

 リヒトは武器を取り、音を立てないように慎重に、その異様な気配の基へと近づいていく。

 大きな女神像のそばに浮かび上がる黒い影。そこから放射状に冷気が拡散されている。


「シンセンナ タマシイ……」


 気配を殺して探りを入れていたはずだが、それはリヒトを探知した。生物の体内に眠るマナそのものを感じ取ることができるようだ。それは宙に浮かんだまま滑るように近づいてくる。


「こいつは死神か?」


 青黒くぼんやりと輝くその体は、魂を具現化したような半透明の姿をしており、顔はまるでドクロのように不気味だ。そして手には大きな鎌を携えている。これも体と同じように青黒く、不気味な光を放っている。

 

 間合いに入るやいなや、死神はリヒトに向けて鎌を振り下ろす。それを前転で避けて距離を詰めると、剣で腹の部分を一閃、斬りつける。

 しかしその攻撃は、まるで霧の中で剣を振り回しているかの如く死神には届かない。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたエレシナ、グレン、ミレアも駆けつける。


「どうやら思念体のような存在みたいじゃの。通常の物理攻撃が効かないのなら魔法でどうじゃ!」


 エレシナは手を前方に交差し、水球の散弾をお見舞いする。


「グギギギギ……」


 一瞬怯んだ死神だが、飛び散った体の一部はすぐに霧となって元の体へと同化する。


「どうも水魔法は相性が悪いようじゃな……」

「だったら私が! グレンこちらへ!」

「ミ、ミレア様?」


 ミレアは槍を持つグレンの両手をしっかりと握りしめる。そして強く念じると、白い光の輝きが彼女の手からグレンの手へ、そして槍全体へと伝播していく。大槍はたちまち、白く輝く魔法槍へと変化した。


「ミレアの『奇跡』と呼ばれる白魔法は聖属性じゃ。いけるかも知れぬぞ!」

「ミレア様の力をもらったら百人力だわい。どりゃあ!」


 グレンの振り回す大槍が死神を捉える。すると聖槍が触れた箇所が、ぶすぶすと音を立てて燃えるように溶け始める。


「グオオォォォォッ!」


 リヒトはこのチャンスを見逃さない。


「よし! 俺が飛び回ってやつの注意を引くから、その隙にグレンが……」


ドゴォン!

突然、教会の床面に大きな衝撃音が走る。そして次の瞬間、リヒトとエレシナが立っていた地面が崩壊する。


「な、何事だ!」


 床下には深い空洞があるようだ。粉々に崩れた地面。二人は地下の闇へと投げ出された。


「リヒト殿!エレシナ殿!」


 床が崩れ落ちた下には大きな奈落が広がっている。崩落に巻き込まれたリヒトとエレシナは為す術もなく闇へと落下していった。

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