第6話:黒騎士

 巨体の黒騎士。その立ち姿は圧倒的な脅威を感じさせる。

 右手に構えた大剣は驚異的なリーチを誇り、さらに左手には破壊力の高そうな片手斧が握られている。それだけではない。腰にはボーガンがセットされ、暗黒の騎士はまさに闘神を連想させた。

 そして、その鎧は生体と無機物の中間のような禍々しい外見をしており、銀の騎士達とは違って圧倒的なオーラを纏っている。

 一方、多数の銀の騎士達は闘技場には入ってこず、この戦いの行方を見守るようだ。


「エレシナ、水のドームを作ってミレアさんを守ってくれ! この戦いは俺とグレンでかたをつける!」

「任せるのじゃ!」

「お心遣いはありがたいのですが、自分の身は自分で守れます。エレシナさんも戦いに参加して下さい!」

「そうではないのじゃ。ミレアの回復の奇跡があるからこそ、あの二人は思い切り戦えるのじゃ。ミレアこそが戦いの要なのじゃ」


「ふん、決闘で2対1は騎士道に反するが、それよりも大事なものがあるんじゃい! 行くぞ!」


 大槍を腰に構えたグレンが突進をかけ、開戦を告げる。

 大きな破壊力を持ったその攻撃だが、黒騎士は右手の大剣で絡め取り、槍ごとグレンを薙ぎ払う。


「いくら剣の達人の化け物だろうが2対1なら隙ができるぜ!」


 素早く背後を取ったリヒトが剣を天に構えて走り込む。


 ブオン!


 黒騎士は上半身のみを180度回転させ、左手の斧でリヒトに襲いかかる。


「うおっ! 危ねぇ! どうなってるんだ、この身体は!」


 咄嗟のローリングで直撃はギリギリ回避できたが、かすった肩口から血が噴水のように勢いよく吹き出す。


 休むことなく黒騎士の攻撃は続く。今度は大剣を斜め下に構え、上半身をコマのように回転させながらグレンを襲撃する。

 グレンはどっしりと腰を落とし、大槍を両手で縦に構えて剣の回転攻撃を弾く。そうして強靭な己の体さえ吹き飛ばしそうな重圧に何とか耐えきる。

 しかし、しのぎきったと思ったその直後に左腿の鎧の一部が破壊され、鮮血が吹き出した。


「ぐおおっ! いつの間に斧を投げたんだ?」


 足元には砕け散った鎧の一部と血を吸った斧が突き刺さっている。

 耐えきれず片膝をついたグレンの動きが完全に止まる。黒騎士はその兜に大剣を振り下ろさんと狙いを定める。


「圧倒的な強さだ。だがこちらは二人いるのを忘れるなよ!」


 死なせてはならない。リヒトは注意を自分に向けるように、走り込みながら大きな声を上げる。

 黒騎士はその声に反応し、上半身だけを回転させて振り返る。

 ただ体を向けただけではない。その手には片手式ボウガンが握られており、その矢は振り向きざまにもかかわらず正確に獲物を捉えて発射される。

 だがリヒトには素早い動きを身につけるために鍛えた動体視力がある。

 危機一髪、ボーガンの矢を剣で防ぐことに成功した。しかし、その衝撃は凄まじく、剣は手元を離れ、放物線を描くように落下する。もう身を守るべきものは何も無い。


 闘神黒騎士はその隙を見逃さなかった。大剣を振り上げ、無防備のリヒトを急襲する。

 ブオン! ブオン! と大剣を振る度に風を切る音が闘技場に響き渡り、砂埃が舞う。

 リヒトは死力を振り絞り、ローリングで回避していくが次第に追い詰められていく。そしてついに黒騎士の剣が右足をかすり、服を血に染める。

 かするような攻撃であっても軽装のリヒトには大きな痛手だ。その場に崩れ落ち、もう素早く動き回ることはできない。


「リヒト殿!」


 懸命に声を出すも、足を負傷したグレンも膝立ちのまま立ち上がることができない。

 戦うことしか頭にないのであろう。黒騎士は感情の高鳴りなど一切見せずに冷静に獲物との間合いを詰める。そして、とどめを刺すべくリヒトに剣を向ける。


「やっと……やっと間合いに入れたか」


 うずくまるリヒトの右手には落としたはずの剣が握られていた。

 無計画に回避を繰り返していたのではない。武器を持って攻撃できる間合いに入るため、わざと剣を落とし、気付かれないように近づき、そしてその場にうずくまった。

 そして今、ガラ空きである黒騎士のアキレス腱付近に直剣を突き立てる。

 鎧の魔物とて、人間の形態をしている以上はここを潰されては構造的に踏ん張る力を失うはずだ。


「ゴッ……グゴゴ……」


 そしてリヒトは寝転んだまま、剣を突き立てた方とは逆の足をすくう。すると、支えを失った巨体は少しの力で後ろに倒れ込んだ。


「流石はリヒト殿だ。戦場をよく把握しておるわい」


 黒騎士が倒れた先には……膝立ちのグレンが構えた、地面を起点とした大槍がある。

 リヒトが望んだ結末をグレンはその豊富な戦闘経験から感じ取っていたのだ。

 逃げることのできぬ黒騎士は、自身の重さで背中から大槍に串刺しにされる。そして青白く輝くマナの放出させながら散壊していった。

 それと同時に闘技場街の銀の騎士たちの動きも止まり、また動かぬ鎧へと戻った。

 


 防御を解いたエレシナとミレアが二人のもとに駆けつける。


「リヒト! グレン!」

「足の怪我だけを緊急で治します。そして早くこの場を去り、安全な場所でちゃんとした治療をしましょう」

「ギリギリだった。ミレアさんのお陰でなんとか勝利ってところか」

「全く、ミレア様を守っておるつもりで、ミレア様に守られておるわい」


 グレンは痛む傷口を押さえながら笑みをこぼした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る