第4話:インプ
日が傾き始めた。
常に青い霧に包まれているガルガディアにおいては、更に視界を奪われる危険な時間帯となる。
それ故、魔物の目を引きやすい大きな街道を避け、裏路地を進むことにした。薄汚れた裏通り、散乱したゴミにネズミが群がる。
慎重に歩を進める二人の耳に、人の大きな声と武器を振り回す、風を切るような音が聞こえてくる。
「ぬう、こやつらちょこまかと動きおって」
二人は声の方へと駆け寄る。
そこには、四匹のオオコウモリのような魔物に囲まれた重騎士グレンの姿があった。彼の振り回す大槍は空を切り、素早く動く魔物には届かない。
「あれはインプじゃな。その見た目から悪魔のように形容されるが、普通の魔物じゃ。外界のものとさほど変わらんが、満ち溢れるマナの力で活性化しておるようじゃ。あれは素早くて攻撃を当てるのが難しい反面、大きな音に弱いのが弱点じゃ」
一本の触手を真っすぐ伸ばし、ドヤ顔で知識を披露する半妖クラーケン少女。
リヒトは周囲を見渡し、即座に策を組み立てる。
「加勢するぞグレン! そこの金属プレート看板を槍の尻で思い切りぶっ叩いてくれ」
「おお、リヒト殿。かたじけない。これを叩けばよいのだな」
グレンはブンッと大きな音を立て、槍の柄で力任せにプレートに打撃を加える。ゴオォォンと鐘のような轟音が鳴り響き、インプの動きが一瞬止まる。
この一瞬だけでいい。リヒトにとっては十分な時間だ。すでに両の手で放った四本のナイフは確実にインプを捉え、青白い光を発して魔物は消滅した。
「姫様、もう大丈夫です。リヒト殿達が加勢してくれましたわ」
建物の影からミレアが顔を出し、心配そうにこちらに駆け寄る。
「皆様、お怪我はありませんか?もし傷を負っていたら私が治しますので」
「チームワークでみんな無事だ。それよりあたりが暗くなってきている。少し早いが今日の休息場所を探そう」
「それなら、この近くに見つけてあります。貴族のお屋敷ですが、ほぼ崩壊のない状態で残っておりますので」
リヒト達一行はミレアの案内で今日の休息場所へとたどり着いた。戦闘中もただ隠れていただけではなく、周囲の状況をよく観察していたようだ。
貴族邸の内部は荒らされた様子もなく、その豪華な内装を当時のまま残していた。ただ、住人の痕跡だけはまるでないのだ。魔界へと変化したこの街で、人々はひっそりと籠城していたわけではなく、本当に一夜にして住人が消滅してしまったかのようだ。
「どうなっているんだ?この貴族邸にはロウソクが一本もないのか?」
家探し中のリヒトがぼやいていると、奥からランタンを持ったミレアが現れた。
「ランタンのようなものを見つけたのですが油をさす穴がありません。これはどう使うのでしょう」
「姫様、つまみのようなものがありますぞ。そこをひねれば蓋が開くのではないのでは?」
ミレアはポンと手をたたきツマミを回した。すると油のないランタンに煌々と光が灯った。
「これはどういうことでしょう?それにこんなに明るいランタンは見たことがありません」
エレシナが触手を伸ばしランタンを取る。隅々まで眺めてから、信じられないといった表情を見せる。
「原動力はマナのようじゃ。マナとは本来、生命の源とされる。マナの力を抜き取りこのような器に注入したというのじゃろうか?今のこの異常なマナ暴走時ではなく、平穏時からこれを使っていたと?そのようなことが可能なのじゃろうか?デンゼ王国の技術はどうなっておるのじゃ?」
マナのランタンを囲み、即席のパーティーは食事を取る。その席で互いの近況を確認し合ったが、特に異質なクラーケン少女エレシナについては質問が飛び交った。
「しかし本当に変わった連中ばかりじゃのう。特にミレアの能力は目を見張るものがあるの。ドラゴンなど太古から生きている種族はマナの力が強いが、人間は進化の過程でマナを操る能力が減退してしまっておる。それなのにミレアのマナを引き出す能力は今のわしと変わらんぞ」
「あんたほど変わっている者もいないだろう」とリヒトが即座にツッコミを入れる。
「ところでミレアさんの体調はどうなんだ?身体が弱いと聞いていたが?」
「街中にマナが満ち溢れているおかげでしょうか? ここに来てからの体調はすこぶるよいのです。魔物がいなければここに定住したいくらいです」
優しい笑顔でミレアが微笑むと場の空気が少し安らぐ。グレンは得意げに続ける。
「これは幸先がいいということだ。姫様の病気もかならず治る。そうして国に帰って姫様に強く当たったバカ者共を見返してやりましょう。ガハハハハハ」
「いいえグレン。もし私の病気が治ったとしても私は国に帰るつもりはありません。死んだものとして別の人生を歩むつもりです。そうすれば身分も関係ありません。あなたと一緒になれるではありませんか。だから『姫様』も今日で終わりにして下さい」
「え……あっ……姫、いやミ、ミレア様そんな……」
「お熱いことじゃのう」
大男はゆでダコのように顔を赤らめ慌てふためいた。
こうしてパーティーは明日からの探索に向けて、しばしの休息を取ったのだった。
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