第3話:バジリスク

「後ろだ!」


 草むらより、大トカゲを思わせる魔獣が姿を表した。

 全長4メートル程だろうか? 大きさとしてはさほどではないが、その異様な外見は見るものを圧倒する。

 胴には6本の足が不揃いに生えており、体全体はカエルの卵のようなもので覆われている。その造形は、まるでいくつもの個体が掛け合わされたかのようにどことなく歪だ

 長い舌を出し入れしながらこちらに1歩、また1歩と近づいてくるその様は、まさに神話のバジリクスそのものと言えよう。


 リヒトは素早く腰の短剣を抜き、魔物に斬りかかる。


「ギョガガガ」


 バジリスクは異様な叫び声を上げつつも、尻尾をムチのようにしならせた打撃でリヒトを吹き飛ばす。

 とっさに受け身は取れたものの、瓦礫の上に転がった身体はすぐには動けない。

 間髪入れず、バジリクスは喉を大きく膨れ上がらせたか思うと、緑色の体液を吐きかけた。


「危ないのじゃ!」


 リヒトの周りを水のドームが包み込み、体液は触れることなく地面へと流れ落ちた。液体に触れた周囲の草はジュクジュクと沸騰するような音を立てて溶けだす。


「気をつけよ!マナの異常暴走で強力な毒液になっているはずじゃ!」


 バジリスクは傷つけられた怒りをあらわにし、素早い動きでリヒトに襲いかかる。

 あたり構わず毒液を吐き、一瞬の隙を見て間合いを詰めようものなら尻尾のムチが飛んでくる。その動きは素早く、戦況は支配的に見える。エレシナも魔法を試みるが、機敏に動き回り、狙いが定まらない。


「戦闘とは速さだ。瞬時に戦場を把握して、誰よりも早く動き回り、場を支配する。それが真の意味での神速。こちらの戦力。相手の攻撃方法と動き。間合い。全て把握した。準備は整った! ここから反撃に出るぞ!」


 リヒトの目に鋭さが増す。


「エレシナ! その場にとどまって、俺が合図をしたら魔物の顔に水の塊をぶつけてくれ!」

「任せるのじゃ! とびっきりの水球をお見舞してやるのじゃ!」

 

 バジリスクは大きく飛び跳ね、その鋭い爪でリヒトに襲いかかる。


「遅い!」


 ローリングで回避し、魔物の猛攻をかわす。


「足を封じさせてもらうぞ。まずは左足!」


 飛び退きざまに三本のナイフを投げ、バジリスクのそれぞれの足に命中させる。魔物は耳障りな奇声を上げて、崩れた体制からの尻尾のムチでリヒトに反撃をかける。


「当然そうくるよな」


 リヒトは地面を蹴って逆側に飛び退きつつ、残った三本の足にもナイフを命中させる。


「ギョガガガガ」


 すべての足を封じられ、魔物の動きが完全に止る。それでも猛攻は続く。喉を鳴らして毒液の準備を開始する。


「角度は計算通り。俺が伏せればそこには……。エレシナ! 魔法を頼む!」

「承知したのじゃ!」


 バジリスクの行動は誘導されていた。その顔面はちょうどエレシナの正面。リヒトが伏せた直後、間髪入れずにエレシナの水魔法が顔面を捉える。毒を吐く直前の無防備な顔に水球弾がヒットし、脳が揺れる。

 それを確認したリヒトは、立ち上がり際の低い姿勢から地面を蹴って直進する。蹴って、蹴って、蹴った先には……。


「やれやれ、もの凄い水球弾の威力だ。これは俺でなくとも間に合ったな」

「ギョゴッ……」


 未だに身動きが取れない魔物の額に短剣を突き立てた。

 魔物の体全体が青白く光り輝く。そして閃光とともに身体が消滅していった。


「マナとなってガルガディアの霧の中に溶け込んでおるのじゃ。この魂を吸い取れば、より強い個体へと変貌するのじゃろう。もっとも、わしのように姿が変わってしまう確率のほうが多いじゃろうがな」



「しかし、ナイフを回収する姿が哀愁を誘うのぉ」


 そこには魔物が消滅し、平穏を取り戻した戦場で、投げたナイフを拾い集め丁寧に後処理をするリヒトの姿があった。


「天才魔学者が無限ナイフでも開発してくれれば解決するんだがな。そう言えば名乗っていなかったかな? 俺の名はリヒト。『神速のリヒト』として傭兵界では多少名が通っている」

「よい名前じゃ。ところでわしらは即席の割にはいいコンビネーションではなかったかのう? どうじゃ、これからの旅は同行せんか? お主も中心部まで行くのであろう?」


 リヒトはこの奇妙なクラーケンの少女と行動を共にすることにした。

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