第1話:宿屋
栄華を極めたデンゼ王国は首都ガルガディアの消滅により一夜にして壊滅した。
険しい山と高い城壁によって守られていた王族と貴族のための街、城塞都市ガルガディア。その関門へと向かう唯一の街道は3年の月日ですっかりと寂れてしまっていた。
関門よりいくらか離れた場所に一軒の宿屋がある。
寂れたこの地でもそれなりに繁盛しているのは、ここが廃都へ向かう冒険者達への最後の休息の場になるからだ。
「いらっしゃい。その軽装はシーフってとこかね?大方、廃城に眠る財宝目当てってところかい?」
「まあ、そんなところだ。神速のリヒトと言えば傭兵界ではいくらかは有名なんだけどね。」
男は宿帳にリヒト・スタッドと名を記す。
「親父、温かいスープを頼む。すっかり体が冷えちまった」
リヒトが熱いスープを手に食堂につくと、そこには先客がいた。
大柄な騎士と品のいい貴族の若い女性といったところだろうか? このような寂れた場所では珍しい組み合わせだ。
なんとなく目を向けると、大男はどうやら腕に怪我をしているようだった。致命傷ではないものの魔物にやられたであろうその傷は肉が見えて痛々しい。
「なぁに姫様、この重槍の騎士グレンにとってこんなものは傷のうちに入りません」
「いけません。私を守るために魔物につけられた傷なのですから、私に治療させて下さい」
豪快に笑う騎士に姫と呼ばれた女性が寄り添い、その白い手をかざす。
リヒトは上品にスープを口に運びながらその様子を見守る。と、そこで信じられないことが起こった。
姫が傷口に手をかざすと、まばゆい光が灯り、痛々しい傷がみるみる塞がれていったのだ。
「まさか、触媒も使わずにそんな傷を一瞬で直してしまうのか?」
リヒトは思わず身を乗り出していた。
この世界、生命の源とも言われる『マナ』を利用して呪術を使う者も多々いるが、触媒の杖などを使って小さな『奇跡』を起こすのがやっとだ。高名な白魔術であっても、このような奇跡はそう起こせるものではない。。
ガハハと大きな笑いを交えながら重騎士グレンはまるで自分のことのように得意げに自慢する。
「そうだろう。そうだろう若いの。ミレア姫様は生まれつき偉大な力を持っておられる」
「そのせいか、身体の方は弱いのですが。申し遅れました私はミレアと言います。こちらはグレン」
話を聞くとミレアは西国の第三皇女だという。生まれ持ったマナを引き出す力と引き換えに、身体は弱く、その病気は治療の術もないと言う。
デンゼ王国は軍事、医療、学術と他国の追従を許さなものがあり、廃都ガルガディアにはその秘密が眠っているとの噂だ。
それを求めて騎士と二人で旅をしているのだという。
「私は第三皇女の身でありながら身体が弱く、嫁ぐこともできません。この廃都への旅も、国ではいい厄介払いができたと思っているのでしょう。それでも私としては、最後にこのグレンと旅ができただけで嬉しいのです」
「姫様、もったいないお言葉。なあ、リヒト殿。我々は財宝などに興味はない。もしガルガディアで会ったら一つ協力し合おうじゃないか」
「あそこには見たこともないような異形の魔物がうようよいるという。俺は速さなら誰にも負けない自身があるが、あんたのように一撃の強さはない。逆にあんたも頑丈な身体と槍の攻撃力はあるが、その重装備だ。早い敵にはチャンスを作る機会が難しくなるだろう。お互い助け合えば隙はなくなる。その時はよろしく頼む」
拳を突き出したリヒトにグレンも拳を合わせる。これが戦士の挨拶だ。
(そう、俺はどうしてもたどり着かなくてはならないのだからな)
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