5日目

テーマ:「埋まらない距離」

モチーフ:「ミリタリー」「髪」「ビー玉」


 タイムリミットまで残り3分。焦る気持ちを抑えつけ、曲がり角からそっと相手の様子を伺う。


 ターゲットを確認。


 防衛側の主将である円香は、拠点である駄菓子屋の前に陣取って俺のことを待ち構えていた。

 味方は既に全員やられちまった。だが、敵も残りは円香一人のはずだ。

 つまり、あいつさえ倒すことができれば俺の勝ち。

 まぁ本当は円香を倒せなくても撃たれる前に駄菓子屋の中に入れさえすれば攻撃側の勝ちというルールなのだが、俺にはなんとしても円香を倒したい理由があった。

 サバゲーごっこを始めてから、俺と円香の1vs1での戦績は0勝29敗。俺は今まで一度も円香に勝ったことがなかった。円香は女子だが背が高く男勝りな性格で、こういうゲームでも物怖じせずに攻めてくる。逆に俺は背が低く、運動能力が求められる遊びでは結果が振るわないことが多かった。だが、いくらなんでも負けっぱなしは悔しすぎる。チームの皆には悪いが、この絶好機、俺の頭には円香に土をつける以外の考えはなかった。


 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 落ち着け、集中しろ。円香は俺がどこから攻めてくるかわからないはずだ。全方位を警戒するなら必ず隙ができる。その隙を突いて飛び出すんだ。


 ちらと、道の向かい側にある美容院の方を見る。美容院の前面はガラス張りになっており、店の外から店内の時計を見ることができる。

 残り時間は2分。

 あまり制限時間ギリギリになりすぎると円香の警戒度も高まっていくだろう。できればそろそろ攻めに行きたい。

 と、そんなことを考えていたちょうどその時。

 カランカランという心地の良い音と共に、美容院の扉が開いた。


「ありがとうございました、また起こしくださーい!!」


 威勢のいい店員の声を背に、美容院から杖を突いたおばあさんが出てきた。

 おばあさんは杖を使いながらとぼとぼと、駄菓子屋の方へ歩いていく。

 これは、もしかしたらチャンスかもしれない。


 残り1分30秒。


 美容院から駄菓子屋までの距離はとても短く、俺なら5秒もあれば駆け抜けられるが、おばあさんは歩く速度がとてもゆっくりで、なかなか駄菓子屋まで辿り着けない。


 残り1分。


 遂におばあさんが駄菓子屋まで辿り着いた。そのまま円香の前をゆっくりと横切って反対側へと歩いていく。

 円香の視線はおばあさんへと注がれていた。俺たちの遊びにおばあさんを巻き込むわけにもいかないので、注意してくれているのだろう。あいつはそういうやつだ。

 当然、俺もここで飛び出すようなことはしない。


 残り30秒。


 おばあさんが駄菓子屋の前を完全に通り過ぎ、円香との間にはそれなりに距離ができた。だが、円香はまだおばあさんの方を見て注意している。あいつは心配性なきらいがあるのだ。


 今がチャンスだ!!


 ピストルの引き金に指をかけ、俺は曲がり角から飛び出した。

 その足音を聞いて、円香がはっとした表情でこちらを見る。あいつの指はまだ引き金に掛かっていない。そして、俺がいた場所から駄菓子屋までは5秒もかからない。


 もらった!!


 銃口を円香に向け、勝利を確信する。

 しかし、その瞬間。何かを踏んづけた感触と共に、俺の視界がひっくり返った。


「うわっ!?」


 足を滑らせ、背中から転倒する。鈍痛が響き、少しの間身動きが取れなくなる。

 何とか起き上がろうと地面に手を突いたところで、顔の前に銃口が突き付けられた。


「私の勝ち☆」


 したり顔でそう言いながら、円香は容赦なく引き金を引いた。

 鉄砲から発射された水が俺の顔面を強襲する。


「冷たい冷たい!! ちょ、止め……」

「はい残念でした~。また私の勝ち。これで30連敗だね」


 ずぶ濡れになった俺を見下すように、円香はお腹を抱えてけらけらと笑っていた。

 その顔を見て、俺の頭にカーーっと血が上る。


「こ、転んでなければ俺が勝ってただろ!!」

「違う違う。私がアンタを転ばせたんだよ」

「……は?」

「周りを見てみな」


 言われた通りに辺りを見渡す。すると俺の周りに光るものがいくつか落ちていることに気が付いた。

 その内の一つを手に取る。これは……


「ビー玉?」

「そう、ビー玉。アンタがそっちから来るのがわかってたから、おばあさんが通り過ぎた後にこっそり地面に撒いておいたんだ」

「そ、そんな……」


 まさかそんな罠を張っているとは。たしかに俺自身、おばあさんと円香の目線ばかりに気を取られて警戒を怠っていたが……

 ……いや、待て。それ以前にもっと聞くべきことがある。


「どうして俺があっちから来るってわかったんだ?」

「美容院のガラス窓にアンタの姿が映ってたよ。あの角はこの位置からだと見えるんだよね」

「な……!!」


 まさか、そんな初歩的なミスをしているとは……!!

 愕然とした俺の表情を見て、円香はまた笑っていた。


「はーー、面白かった」


 笑いすぎて垂れてきた横髪を耳の後ろにかき上げながら、円香が俺に手を差し出してきた。


「またやろうね」

「……次は負けねー」


 その手を掴んで、立ち上がる。


 俺と円香の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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