第10話 転校生、冴良木エル
「さて、じゃあ最後に転校生を紹介するぞ」
「え? 転校生?」
「来るって噂聞いたことねぇぞ」
「どんな子なんだ?」
「お前、どんな子か見たか?」
「ぜんっぜん」
と先生の「転校生」という言葉にクラス内は騒然となる。僕も転校生の噂を聞いたことがないため、ちょっと驚いている。
「なぁ幸河、転校生だってよ! どんな子なんだろうな?」
「僕は分からないよ。ただ、転校初日って色々分からないと思うからちょっとだけサポートしてあげたいなって思った」
「お、いいね! 俺も幸河のダチだって言って仲良くなーろっと」
現金だなぁと思いつつ、転校生は誰なんだろうなとワクワクしながら先生の紹介を待つ。
「というか、廊下で待ってるんならお前と新波、見たんじゃ?」
「遅刻のことばっかりでそこまで気が回らなかったんだ。ごめん」
「いや、謝ることねぇよ。誰だって遅刻ギリギリだったら周りなんか気にしてる余裕もねぇもんな」
遅刻しないということだけが頭の中を回っていたので、廊下に誰がいるかとか気づけなかった。もしかするとぶつかっていたかもしれない。
「よし、入ってきてくれ」
担任の先生の合図と共に教室の前の方の扉が開く。
ガララ……。
コツ、コツと上靴の音を鳴らして教室に入ってきたのは女子だった。
艶やかな長い銀髪に、潤いを持った綺麗な肌と整った顔立ち。背丈は一六〇センチくらいだろうか。瞳から覗く水色の水晶のような瞳がクラスの男子たちの視線を奪っている。女子たちからは小声で「綺麗……」と思わず口に出てしまったような声が聞こえてきた。
教室中の全ての人を釘付けにするくらいの転校生。
だが、僕にはどうにも不自然な点が見られた。
どこかで合ったような気がするのだ。
「うん……?」
首を傾げて転校生を見ていると、転校生はチョークで黒板に自分の名前を書き始めた。
カッ、カッ……。
チョークの先端が欠けて、粉が落ちる。
やがて転校生が自分の名前を書き終えると、正面を向いた。
黒板にはこう書かれていた。
『冴良木 エル』
と。
「な……まさか……」
「本日よりこの学校でお世話になります冴良木エルと言います。よろしくお願いします」
転校生——冴良木エル、天使ザラキエルは和やかな笑顔と共に綺麗な礼をした。
その瞬間——
「「「「うおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっ!!」」」」
クラスの男子たちが席を立ち、大声を上げる。
「コラ! お前たち座れ!」
担任の先生の一喝を完全に無視し、はしゃぎ続ける男子たち。目の前の一田君も「うおおおおっっ!」と大いに盛り上がっていた。
「いい加減にしろお前たち!」
バンッ!!
「「「「——っ!!」」」」
担任の先生が教卓を思いっきり叩き、はしゃいでいた男子たちを強制的に黙らせる。
これ以上怒らせるとマズいと判断した男子たちは渋々と自分の席に着いた。
「すまない、見苦しいところを見せたな」
「いえ、気にしないで下さい」
一方のザラキエルは担任の先生が教卓を叩いても一切動じることなくその行く末を見守っていた。もしかすると叩くことを事前に予知していたのかもしれない。
「いいか。冴良木さんは海外からの留学生だ。転校生って言葉は語弊があるかもしんねぇな……その辺は、いっか。まだ日本について分からないことがたくさんある。お前たち、ちゃんと正しいことを教えてやって仲良くやっていけよな」
「「「「はーい」」」」
相変わらずこのクラスの男子は女子に甘いかもしれないと思う。
留学生設定はそのまま引き継ぐようだ。
それよりも何故ザラキエルが東高に転校してきたのだろうか。それよりもどうやって転校してきたという名目を作ったのか、僕は今そっちの方が気になって仕方が無い。
「このホームルームが終わったら誰か、冴良木さん用の机持って来い。事務室の倉庫に在庫があったはずだ」
「「「「はーい」」」」
「それじゃあホームルームは終わる。日直、挨拶」
「起立。礼。ありがとうございました」
ホームルームが終了。
ダダダッ!
と同時に男子の大半が教室から抜け出してどこかへ行った。きっとザラキエル用の机を取りに行ったのだろう。
男子達が出て行ったのを好機と見た女子達は一斉にザラキエルのところへ駆け寄り、ザラキエルを質問攻めにする。
「ね、ね! 冴良木さんってどこから来たの!?」
「見た感じハーフだよね? どこのハーフなの?」
「うわーめっちゃ髪さらさらー。どんなシャンプー使ってるの?」
「留学だっけ? 海外と日本とじゃ何が違うの?」
等々、聖徳太子にでもならない限り全ての質問に答えることは難しいと思うくらいの質問攻めに遭っていた。僕もザラキエルに聞きたいことは山ほどあるのだが、それらは学校が終わってから聞き出せばいいだろう。
「なぁ幸河。あの子可愛いよな……」
前の席の一田君は机を取りに行かず、だたザラキエルに見とれていた。
ちらっと周りを見てみると、机を取りに行かなかった男子達の視線はザラキエルの方に向けられていた。確かに見とれるくらい絶世の出で立ちだが、僕はザラキエルの正体を知っているため、特にどうとは思わない。昨日出会った時は少し見とれていたが。
一田君の言葉に僕は返す言葉に戸惑い、曖昧な返事をする。
「あ……うん。そうだね……」
苦笑いをするしかなかった。
女子達に囲まれているザラキエルの方も質問攻めに困っている様子であった。
一人一人丁寧に質問の回答をしているようだが、テンションが高まった女子達の暴走は止まらない。一つ回答を言う度に三つ以上の質問が返ってくる。
時折僕に向けて救援の合図を出してくるが、僕は晴榎以外の女子とあまり関わりが無い。ザラキエルの助けにはならないので、首を小さく横に振って救援は無理と伝えた。
「綺麗だね。あの転校生」
ザラキエルの様子を見ていると、空になっていた席の椅子を引き出して晴榎が座った。
「あの集まりには行かないの?」
「うーん……行きたいんだけど、ほら、転校生に迷惑じゃん? だから」
「へぇー、新波って案外常識あったんだなー」
「何!? 私が常識無いって思ってた訳?」
一田君が晴榎をからかうように言い、晴榎は少し怒り気味で一田君に言い返す。
言い返された一田君は、弁明の言葉が見つからず「……すまん」と謝った。
「あの子、さっきから樹生の方をたまに見てるけど、知り合い?」
「そうなのか?」
「あー……えっと……」
まさかザラキエルが転校してくるとは思っていなかったので、晴榎に話すタイミングはまだ先かなと思っていたのだ。そのため、ザラキエルに関する記憶改竄の設定を上手くまとめられていなかった。
……仕方ない。いつかは話すことなのだ。朝の父さんや母さんから聞いた内容をまとめて言うしかないだろう。他はザラキエルが弁護してくれるはずだ。
「うん……実はちょっとした知り合い……なんだ」
「へぇー」
「そうなんだ。樹生の家であんな可愛い子見たこと無かったはずなんだけど」
「父さんの海外にいる知り合いの人でね。日本に興味があったみたいで、一人で留学しにきたって」
「一人で!? 凄いわね……」
「マジか……」
「樹生のお父さんの知り合いなら、今は樹生の家に住んでるってこと?」
「うん……。暫くの間、面倒を見てくれって言われたらしいんだ。留学期間も定まってないらしいし」
簡単ではあるが、今日の朝のやり取りを見ている限り、こんな感じの内容でいいだろう。後はあまり余計なことは口出しせず、分からないと誤魔化した方が良さそうだ。
「いいなぁー。羨ましいぞ俺は」
「ど、どうしたの……一田君……」
急に一田君が僕の机を支えにして体を前に出してきた。
「だってよ! 冴良木さんと一つ屋根の下で暮らしてんだろ?」
「う、うん……といっても最近だけどね?」
「ってことはだぞ!? 風呂場でばったり会ったりとか、着替え最中にばったり会ったりとかそういったこと起こるじゃんか! くぅー羨ましいことこの上ないぜ!」
「え、ええ……」
下心丸出しの一田君の発言に僕は少し引いてしまった。
「サイテー。樹生がそんなことするはず無いでしょ」
「しないのか?」
「す、するわけ無いよ! 僕だってちゃんと常識は守るし人権も守るよ!」
「なーんだ。つまんねー。幸河がもっと肉食だったらこんなことしてたんだろーなー」
「あ、あはは……」
これにはどう反応したら良いのやら。僕はもう苦笑するしかなかった。
一時間目の予鈴が鳴り終わる頃には、ザラキエルの机が運び込まれていた。事務員に頼んで新品の机と椅子を出してもらったと聞こえてきた。
ザラキエルの席は廊下から二列目の一番後ろの席。僕の座っている場所とは少し離れている。
だが、後ろから僕の不幸な出来事から守ってくれていると考えると、後ろにいてくれた方がよかったかもしれない。隣にいて不幸な出来事を目の前で処理されてしまうと心臓がいくらあっても足りなくなりそうだ。
一時間目の授業担当の先生が教室に入り、本鈴と同時に授業が始まった。
昼休み。普段なら教室で晴榎や一田君と一緒に購買の菓子パンを食べている。
のだが、今日は打って変わって屋上へ続く階段で菓子パンを食べていた。晴榎や一田君は傍におらず、代わりに転校生の冴良木エルという名前のザラキエルがいる。
僕はザラキエルに呼び出されていた。
ザラキエルも僕と同じ菓子パンを買って食べていた。
ザラキエルと僕は隣り合うように階段に座っている。
やがてザラキエルが菓子パンを食べ終えると、包装紙を天使の力でパッと消し去ってしまった。
「さて、ようやく二人になれたことだし、君の質問に答えてあげるよ」
「今の昼休み、ザラキエルを見たいっていう人がクラスに押し寄せてると思うんだけど」
「あんなギャラリーのことなんてどうでもいいでしょ? この場所もあの連中が気付かないよう、人払いの結界張ってあるんだし」
よく見たら階段の端に白い光が見える。あれが人払いの結界だろう。
「朝みたいな質問攻めになるけどいい?」
「いいよ別に。どーせあの回答だって、あの子たちが求めてるものを言っただけだから」
「……それじゃあ遠慮なく」
僕は菓子パンを口の中に押し込み、緑茶で流し込んでからザラキエルに問いかける。
「直球に聞くよ。その翼と光輪、学校にいるのに何で出てるの? 天使ってことみんなに知らせてるようなものだよ?」
制服姿のザラキエルから、純白の翼と光輪が見え見えだった。まるで自分が天使ですと隠すことは無いように。このままこの結界から外に出たら学校生活中に天使のコスプレをしている痛い留学生と思われるようになってしまうだろう。
「ああ、コレ? この翼と輪なんだけど、私が天使の力を使う時にどうしても出てきちゃうものなんだ。この結界張ってるのも私の力使ってる訳だし。だから出てきてる」
「じゃあ父さんや母さんの記憶改竄する前とか、着替えの時に出ていた翼と光輪も?」
「うん。あれも私の力使ってるから出てる。この翼は衣類とかすり抜けるようになってるから、どんな服来ても翼は出るよ。例え鉄の鎧着たとしても。だからといって触れない訳じゃ無いよ? ただ、基本はすり抜けるようになってる。天使にとって翼は性感帯みたいなものだからね。安易に触れられるようになってちゃ、そっちに意識割いちゃって飛べるものも飛べなくなるから」
「そ、そうなんだ……。じゃあこの結界を消せばその翼と光輪は消えるってこと?」
「そういうこと。だから私が天使だってバレるのは私の行動で決まるってこと」
「気を付けてね……?」
「大丈夫だって。そんなヘマはしないから」
どうだろうか。朝の父さんや母さんの記憶改竄を忘れていたり、天使光というものを消し忘れていたりとか、以外と天然なところがあるから少し心配である。
「次、何で東高に来たの? というかどうやって転校手続きしたの?」
転校するには転校手続きが必要である。前までいた学校と東高と連携を取って生徒情報を交換、引き継ぎをする手間があると橋里先生から聞いた。
しかしザラキエルは留学生という設定だ。留学手続きというものを取らないといけないのではないだろうか。
「まず東高に来た理由。それは勿論君自身が一番分かってるはず。だから私は敢えて何も言わないよ」
「…………」
やはりそういう理由らしい。ザラキエルが東高に来たのは、高校生活中で起こる不幸な出来事から僕を守るためのようだ。
「で、転校方法についてだけど、これに関してはまた記憶改竄させて貰ったよ。学校関係にはあんまり詳しくないから、ちょーっとだけ手間取ったけど」
「留学生っていう証明とか?」
「一番はその辺。パスポート? とか海外の学校の証明書? とかそんなもの持ってる訳ないからね。適当に作って関係者の脳内に植え付けておいた。それらが上手くいったらしくて私は留学生っていう転校生ポジションを手に入れて君にクラスに入れたって感じ」
「そ、そうなんだ……」
今後学校生活を送っていく最中で、この記憶改竄が厄介にならなければいいと思う。少なくとも後二年間は、ザラキエルと先生とのやり取りに僕も注意する必要がありそうだ。
「いやー、でも君の両親で記憶改竄しておいてよかったよ。そうじゃなきゃここまで記憶改竄がスムーズにいく訳が無かったからね」
「……父さんや母さんは練習台ってこと?」
「平たく言えばそうかな? あ、怒らないで? 確かに記憶改竄は君たち人間にとって人道に反することは重々承知してるし、私もそれに関しては理解してる。だから私だって実はあんまり使いたくないの。かなりの力使うから。それに疲れるし。それに君の両親の記憶改竄は、ちゃんと君の許可を取ってやってるんだからね。その辺は理解してて欲しいな」
「…………分かった」
父さんや母さんが練習台と悟った時は、ザラキエルに確かな怒りが湧いた。だが、父さんや母さんの記憶改竄を許可したのは僕だ。僕の方に責任がある。これではザラキエルを責められない。
「じゃあ最後に、朝の不幸な出来事ってザラキエル関与してる?」
「あったり前じゃん! 私が関与してなかったら轢かれてたし遅刻してたよ!?」
やはりか……。
「坂を下っていった自転車はブレーキが壊れてるように見えたんだけど、どうやって干渉してたの?」
「確かにあの自転車のブレーキは壊れてた。けど、私はブレーキに干渉して多少速度緩めてた君にぶつからないようにした。それに、あの自転車に乗ってた子、元々声小さくて叫んでもあーんまり聞こえないくらいなの。ブレーキに干渉しつつ、あの子の声を拡散させて君たちに気付いて貰えるようにしたって感じ」
「あの後どうなったの? 猛スピードで下っていったから事故とか起こしてないかなってちょっと心配」
「お人好しだねぇ。大丈夫。あの子は平気だよ。私がブレーキに干渉してたからなのかな? なーんかブレーキ直っちゃってね。道路に出る直前に止まれたよ」
「それならよかったよ」
あの速度で道路に出ていたら事故じゃ済まないくらいの出来事になってただろうし、店や川などに突っ込んでいたら怪我じゃ済まなかっただろう。何にせよ無事ならそれでいい。
「あとあのお爺さんだよね? まさか説教系の不幸とは思わなかったでしょ?」
「うん……そんなこと今まで無かったから。新しい不幸な出来事だったよ」
今まで僕を襲っていた不幸な出来事は、僕の体や僕の周りのものに外傷を与えるようなものばかりだった。精神まで影響するものは無かったため、今回のお爺さんの説教は、今まで経験したことのない不幸な出来事なのだ。
「そりゃあいきなり見ず知らずの人に説教されることなんか無いからね。一応言っておくと、私はあのお爺さんには干渉してないよ?」
「だろうね。ってことはあのお爺さんを連れて行った家族の人の方に干渉してたの?」
「半分正解。あのお爺さん、ことある事に東高生に説教してるって噂されてるから、家族の人たちは東高生の登校時間にお爺さんを外に出さないって決めてるっぽいの。だからちょっとだけ通行人のふりして、お爺さんが出かけてるってことと、行った方向を教えただけ」
登校中に説教されたら遅刻は免れない。特に老人の方々は定年過ぎて仕事に行くという概念が無くなっているため、時間の使い方が少し違うのだ。
「でもお陰で遅刻間際に教室入れたから助かったよ」
「どういたしまして。こんなことでもしなきゃ君を救世しに来た意味が無いし、仕事だしね。天界からはちゃんと仕事してるように見えるでしょうよ」
「あはは……あ、そうだ」
「何? まだ何かあるの?」
僕は苦笑しながら思い出したことをザラキエルに言う。
「何かあるって訳じゃ無いけど、一応晴榎には伝えたよ。天使ってことは流石に言えなかったけど」
「ん、合格。天使のことも言わなかったのも合格。晴榎ちゃんに天使のことがバレるのは時間の問題だから、バレたらその時に言うってことでいい?」
「い、いいけど……」
上手く隠し通せるだろうか。特にさっきザラキエルから説明してもらった翼と光輪の件が引き金となりそうだ。
僕からの質問事項が終わったからかザラキエルは「さてと……」と言いながら立ち上がった。
「そろそろ戻るよ。もうすぐ五限でしょ?」
「あ、うん。そうだね」
「私が先に教室戻るから、タイミング見計らって君は戻ってくること。いい?」
「う、うん」
「じゃ」
ザラキエルは人払いの結界を指でパチンとして解除する。端に見えていた白い光はもう跡形も無く消え去っていた。
純白の翼と光輪もザラキエルの背中と頭から同時に消滅していた。
一分くらい経過後、僕も教室に戻ろうと動き出す。
ちょうど五限が始まる前の予鈴が鳴り出した。
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