第7話 救世するまでの言い訳

「どう? これで私のこと分かってくれた?」

「まぁね……とても信じられないような内容だけど、ザラキエルが嘘を言っているとは思えないから信じるよ」

「ありがとう。それじゃあ、これからもよろしくー」

「これから……も?」

 ザラキエルの言葉に妙な引っかかりを覚え、聞き返した。

「あっ! もしかして一番肝心なこと言ってない?」

「多分……」

「えっと、救世の因果が開いて私が君を不幸から救世するっていうのは覚えてるよね?」

「うん」

「救世の因果が開いたら、私たち天使は人々を救世するまでずっと人間界で過ごさないといけないの」

「それって、僕が救世されるまでってこと?」

「うん。そういうこと。具体的には、次の救世の因果が開かれるまでに救世せよって感じ」

「…………」

 なんてことだ。今この瞬間に救世されるのかと思ったら、まさかの数十年間一緒にいながら救世されるのを待つことになるようだ。

 別に救世されたくない訳じゃない。むしろこの不幸体質から救世してくれるザラキエルにはとても感謝しているし、こんな話普通だったら絶対有り得ないことだ。不幸体質は薬で治るものではなく、一生引きずっていくものだとばかり思っていたのだ。

 それにザラキエルのような綺麗な天使に救世されるのも……くすぐったい感じはするが男としては素直に嬉しい。

 ただ、ザラキエルと一緒に過ごすに当たって、あることの対処が僕の頭の中をぐわんぐわんと駆け巡っていた。頭を抱えて、思っていたことが口に出てしまう。

「母さんや父さん、それに晴榎にどう説明すればいいんだろう……」

 そう、身内へのザラキエルの説明である。

 ザラキエルのような綺麗な少女が、いきなり僕のところに来たという説明がとても難しい。流石に僕以外の人に天使だと語るのは無理があるし、語ったとしても誰も信じないだろう。それに救世の因果やリシテアの器のことを話しても無意味に近い。

「ねぇザラキエル」

「何?」

「もしだよ? もし仮に僕が救世されるのを拒んで、天界へ帰って使命を放り投げたらどうなるの?」

「うーん……使命を放り出すなんて、そんな話聞いたことないから分かんないけど……」

「けど?」

「多分、大天使長様か天主神様の怒りに触れて、天界の中でも最大の重罰が下るかなー。天使の使命を放り投げてる訳だし」

「ごめん、何か変なこと聞いちゃって……」

 天界に帰った後のザラキエルに関しては僕は完全にどうなるかは分からない。けど、僕のせいでザラキエルが迷惑を被るのはごめんだ。

「いいって。それに天界に帰ったら人間界には後戻り出来ないから。人間界に再び行こうとしても天の涙落って数百年に一回しか降り注がないし」

「それって、救世の因果も数百年に一回しか開かないってことだよね?」

「うん。だから仮に私が天界に帰ったとしたら、また救世の因果が開くまで数百年間待ち続けないといけないの。干渉も出来ないし。しかも数百年後ってことはもう君はこの世にはいなくなってるでしょ? まーた別の人決めないとなーってなるの。ほんとそうなったら人類滅びないかなー。君みたいな人ってあんまいないし」

 人間界から天界へは一方通行らしい。干渉も出来なくなると考えると、天使にとって天界へ帰ることはあまりしたくないように思える。

「それ、天使が言っていい台詞?」

「まっさか! 冗談冗談。サマエルの奴じゃないし」

 また知らない天使の名前が出てきた。人類が滅びるという話で出てきたということは、滅亡や死に近しい天使の存在なのだろうか。

「あ、さっきの私の存在のことなんだけど」

「何かいい案があるの?」

「一応ね。ただ……ある意味ちょーっと人道に反するから。ちょっと聞いて」

「う、うん」

 人道に反する……聞いただけで背中に冷や汗がつらりと一滴流れ落ちる。

「君の両親の脳内に私が『海外にいる両親の友人の子』っていう設定を焼き付けるっていう感じ。端的に言うと改竄? その子が留学のために日本に来ていて、今君の家に居候させて貰ってるっていう風にすれば、君は両親に言い訳をしなくて済むよ? 私が適当に話を合わせるだけになるし」

「あ、ああ……なるほど」

 確かにこれは人道に反する案だ。元々無い記憶を無理矢理刻みつけて、恰もあったかのようにするという方法。天使のような人外の者じゃないと出来ないことだろう。

「どうする? この方法でいく? それとも他にいい案がある? 君が普通に両親に言い訳をするんなら私は止めないよ」

「え、ええっと……」

 仮に自分が母さんや父さんにザラキエルのことを言う場合「どうやってこの少女と知り合ったのか」「何故家にいるのか」の二点が主な言い訳ポイントとなるだろう。さらに四六時中一緒にいる晴榎にもほぼ同じようなことを言わないといけなくなる。

 僕の小学校生活、中学校生活、今の高校生活の中でザラキエル並に綺麗な少女は見たこと無く、仲良くなったケースも無い。つまり学校外で知り合ったということになる。

 それに僕は学校が終わったら基本的に家まで直行する。寄り道をすることは晴榎に付き合う時以外まず無いため、知り合った経歴の言い訳が非常にし辛い。

「…………」

 手札が零枚で窮地に立たされているカードゲーマーみたいな状況に陥っている感がある。悔しいがここは山札から引いた奇跡的とも呼べるカードを使うしか道は無い。

「ザラキエル……その方法でお願い」

「本当にいいの? 再確認するけど、君の両親の記憶を改竄するってことだよ?」

「分かってる。分かってるんだけど、僕にはこれ以上、母さんや父さん、晴榎に言い訳出来る程の語彙が無いみたいなんだ……」

「……分かった。改竄するって言っても後から付け加える付加事項みたいなものだから、現状の記憶には一切干渉しないから安心して。君のことや仕事のこと等は忘れない」

「それならよかった」

「流石に目の前で改竄される光景は見たくないと思うから、君が寝ている間に済ませておく。それでいいでしょ?」

「うん」

「ただし、晴榎ちゃんにはちゃーんと君の口から伝えること。私は君の両親の記憶だけしか改竄しないからね? いい?」

「う……分かったよ」

 僕は晴榎に隠し事を上手く隠し通せた記憶が無い。晴榎にサプライズで誕生日パーティーをやろうと中学校の時の友達と一緒に考えたこともあったが、すんなりとバレてしまい、サプライズ出来なかったこととかがある。ザラキエルのことも無事に上手く隠し通せるかどうかが心配だ。

「ふあーっあ……」

 ザラキエルの話も一通り済んだところに大きな欠伸が一回。もう普段ならぐっすりと夢の中のはずだ。

 時計を見てみると深夜の二十五時付近まで来ていた。こんな時間まで起きていたのは初だ。

「あっ、ごめんごめん。人間にとっては今はもう寝る時間だったね」

「いや、いいよ。朝起きたらいきなり見知らぬ女子が部屋にいたらホラーだもん。それならこの時間まで起きてた方がマシだよ」

「確かに私が説明も無しに朝いたらホラーだよね。よかったぁ、今の時間帯までに六咲市に来れて。ったく、バチカンからここまで遠いって。大天使長様も何考えてるんだか」

「え? バチカン市国から六咲市まで来たの? 一日で?」

 壁に貼ってある世界地図を見ても相当遠いのは明白だ。恐らく飛行機に乗らず自分の翼でここまで来たのだろう。

「まぁね。一応飛行機以上の速度で飛ぶことは出来るから。そのせいで私も相当眠いんだー。あーっぁ……」

 ザラキエルも大きな欠伸をした。

「あっ、今乙女の欠伸を見たなー?」

「——っ!」

 ザラキエルに指摘されて僕は反射的に壁際を向いた。

「ご、ごめんなさい……」

「あっはっは。別に謝ることないよー。ただちょっとからかっただけじゃん」

「…………」

 何だか晴榎より陽気で賑やかになりそうだなと思った。もしかすると晴榎と気が合いそうかもしれない。

「私の寝床は心配しないで。以外と空気って羽毛並に柔らかいんだー。それに寒い時はこの羽根で包まれば暖かいしね」

 バッと翼を広げ、器用にザラキエルを包み込む。翼で包まれたザラキエルは生まれたばかりの赤ちゃんのように見えた。

「それじゃ、お休み。ぐっすりと寝られるよう、天使の暗示かけておくよ」

「……それ大丈夫?」

「大丈夫だって、心配しないで。他の天使にも効くって評判なんだから」

 それ以降僕は何も言わず、布団を掛けてゆっくりと目を閉じた。天使の暗示は相当効果が高く、目を瞑った数秒後には夢の世界へ僕は誘われた。


「……このタイミングで救世の因果が開かれてよかったよ。その点だけに関しちゃ天主神様には感謝かもね。その点だけ。ま、天の涙落は天主神様の意志で降る訳じゃないんだけど」

 ザラキエルは樹生が深い夢の世界へ入った後、部屋の電気を消し、ぐっすりと寝ている樹生を見ながら小さく呟いた。

 安心そうに眠っている樹生の顔に自分の手を近づける。

 グチャ……キチャ……ペチャ……。

「——っ!」

 樹生の顔から黒いヘドロみたいなものが溢れ出してくる。

 そのヘドロは徐々にザラキエルに腕に吸い込まれ、白い光に包まれて浄化された。

「エレボスの侵蝕がこんなに……天界からじゃ見られなかったけど、まさかこんなに進んでるなんて……」

 溢れ出してくるヘドロを次々と浄化していくザラキエル。溢れるヘドロにザラキエルの浄化の力は間に合わず、次々と樹生を包む。

「コレはもう、私の力じゃ無理かなー。その時が来るまで待つしかない……かもね」

 やがてザラキエルは浄化を止めた。それに呼応するようにヘドロはそれ以降出てこず、樹生の中へ戻っていく。

「……死の因果からは逃れられない——」

 まるで自分に言い戒めるよう呟く。

「——か。はぁーあ……今まで樹生様を死なせない干渉は一体何だったんだろう……」

 何か後悔するかのような感情のまま、ザラキエルは休息に入った。

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