大文字伝子の休日7改

クライングフリーマン

伝子の『えん罪』

 ======== この物語はあくまでもフィクションです =========

 ============== 主な登場人物 ================

 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。故人となった蘇我義経の親友。蘇我と結婚した逢坂栞も翻訳部同学年だった。

 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

 南原蘭・・・南原の妹。

 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

 愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。結婚後退職していたが、現役復帰して旧姓の白藤を名乗っている。

 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

 鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

 久保田誠警部補・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

 久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。警部から警視に昇格。久保田刑事(久保田警部補)と結婚。

 逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

 藤井康子・・・伝子のお隣さん。

 青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。愛宕の相棒。

 橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

 高峰圭二巡査部長・・・高峰くるみの別居中の夫。みちるの義兄。

 井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。久保田刑事の先輩。


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 午前9時。釣り堀。竿を垂らしていた男が、前のめりになり、釣り堀に落ちた。たまたま前を通りかかった伝子は、飛び込み、助け出した。

「誰か、救急車呼んでくれ。息が荒い。」と、伝子は叫んだ。

 男はすぐに救急車で運ばれ、本庄病院に到着した時には、既に息が絶えていた。

 本庄医師が診断した後、一人の刑事が寄って来た。「あんたか。」そう言って彼は伝子に手錠をかけた。「何の真似だ。」「ガイシャが釣り堀に落ちたと言ったそうだが、誰もその瞬間を見ていない。首に傷跡があるし、あんたがホシだな。」

 まるで、古い刑事ドラマを見ているようだ、と伝子は思ったが、「冤罪だ。夫に連絡する。」と言う伝子に「ダメだ。信用出来ん。」と男は拒否した。

「大文字君じゃないか。」と、井関が割り込んだ。「井関さん。」と伝子はほっとした。

「鑑識の知り合いか。」「何で手錠をかけている、高峰圭二刑事。」「第一発見者すなわちホシ。」

「相変わらずだな。」と井関は高峰に言い、伝子に耳打ちした。「久保田に知らせておく。黙秘権を使え。」

 伝子のマンション。

「ええええ?今、何ておっしゃったんですか?管理官。」「大文字君が逮捕された。殺人容疑で。逮捕したのは、高峰巡査部長。白藤の義兄だ。捜査一課の刑事だが、昔のドラマの厄介者刑事のパターンの刑事だ。」

 横にいた、久保田警部補が口を添えた。「まともに扱うと火傷するって言われている。たまたま通りかかった、鑑識の井関さんが、黙秘権で持ちこたえろ、と言ってくれたらしい。勿論、えん罪だ。いざとなれば、理事官に『強権』を使ってもらうさ。」

「まこっちゃん、私たちで犯人をあげれば、釈放出来るのよね。」「勿論だ。ここはワトソンにリーダーシップを発揮して貰う。」

「え?僕ですか?」と高遠は頓狂な声を上げた。「出来るよ、お前なら。」と、物部が言った。

「そもそも、先輩は一人で何しに行ったんだ?」と福本が言った。

「釣り堀は目的じゃないと思う。隣にバッティングセンターがあるだろ?昔、通ったことがある筈だ。」

「バッティングセンターに行く時に釣り堀の前を通るのか?」と依田が尋ねた。「通るな。」「じゃさ、高遠。釣り堀の客よりバッティングセンターの客の方が犯人らしき人物を目撃してないだろうか?」

「先輩が被害者助けた瞬間も、そっちの客が見ているかも。」と依田に続けて福本が続けた。

「近くの住宅で見てないかな?2階から物干ししてた奥さんとか。」と、山城が言った。

「よし。じゃ、取り敢えず、ヨーダと福本達はバッティングセンターの客を当たって。山城さんと服部さんは近くの住宅。死角になる家は取りあえずいいよ。副部長と逢坂先輩は、釣り堀の店主に常連さんの情報聞いて。一匹狼の釣り人もいるだろうけど、被害者が全くの一見さんでなければ、接触した人がいるかも知れない。」と高遠は言った。

「よし、釣り堀の親父は任せとけ。行ってくる。」と物部が出て行った。

「高遠。進展があったら、Linenで知らせるよ。」と、依田と慶子、福本夫妻は出て行った。

「じゃあ、僕らは住宅付近をあたります。案外双眼鏡ウォッチャーがいるかも。」と服部と山城が出て行った。

「久保田管理官。被害者は、どんな人物ですか?」「うむ。青島太郎。74歳。妻に去年先立たれている。子供はいない。一人暮らしだ。」「老人会とかは入っていないですかね、釣りだけが趣味だったのかな?」

「近所の情報なら、今、青山警部補と愛宕があたっている。実は、高齢者特殊詐欺教室の要請が来ている。老人会会長からの情報に期待している。」

「草薙さん、被害者の資産状況は?」「亡くなった奥さんの遺産は少なくないようですよ。」「じゃ、釣り堀の主人の資産状況は?」「え?まだ調べて無いけど、必要なら調べましょう。」と言った草薙は通信を切った。

「鋭いな。高遠さん、釣り堀の主人が怪しい、と。」「念のためです。被害者の首に刺した凶器は?」と、今度は久保田警部補に高遠は尋ねた。「井関さんの話によると、そんなに鋭利ではないが、アイスピックかも知れないと。で、高峰刑事はダイバーに探させている。」

「後、何で高峰刑事は伝子さんを疑ったんですかね?」と誰にとも無く高遠は言った。

「みちるからの情報と捜査一課からの情報を重ねると、どうも『思い込み』が激しい人物らしいわ。去年まで組んでいた『相棒』は今入院中よ。あ。池上病院よ。」とあつこが応えた。

「第一発見者を疑え、とは捜査の基本ではあるが、大文字君は通りがかって飛び込んで助けたのに、矛盾する。犯人なら、人目につかない内に逃げるだろうに。」久保田管理官、久保田夫妻は帰って行った。

 午後4時。原稿を書き終え、うつらうつらしていると、Linenから一報が入った。

「先輩をバッティングセンター側から見かけた人が出てきた。後は福本達に任せて、俺は仕事に戻る。」依田からだった。

「天体観測が趣味の大学生が、被害者が前のめりに落ちる瞬間を見ている。念のためとカメラをセットしたら、先輩の救出劇を見た。釣り堀の屋内側から主人が出てくるのは遅かったと言っている。動画の提出が可能かと聞いて、可能だと言うので、みちるさんに連絡して、コピーを取らせて貰うよう、みちるさんから依頼、承諾を得た。」服部からだった。

 高遠は、PC画面から、久保田管理官に現状報告をした。「これで、大文字君の釈放が可能になるな。本庄先生から連絡があってね、『姪に任せてくれ』と。本庄先生の姪は弁護士をしている。あちらからコンタクトするらしいから、打ち合わせをして、高遠君は身元引き受けに行ってくれたまえ。」

 EITO側のPCが起動し、草薙が顔を出した。

「釣り堀の店主田淵源三は、借金があります。隣のバッティングセンターも経営していて、バッティングセンターはコロニーの頃も『ソーシャルディスタンスが取れる』ということで、売り上げは悪くなかったようです。対して、釣り堀はさっぱり。平常時は健康的なレジャーですけどね。で、バッティングセンターが儲かっていることから、給付金はなかなか下りなかったらしい。それで、ネットカジノに入れ込んで、借金が出来た。数少ない常連の被害者今村信次に借金をした。まあ、二人とも誰にも言わなかったんでしょうね。でも二人の入金記録、出金記録を比べると、見事に符合する。そして、負い目が高じて殺害してしまった。私の立場から言うのも変ですが、高峰刑事は、こういうことも調べずに大文字さんを引っ張ったんですかね。あ、後ろ!」

「ふうん。」高遠が振り返ると、一人の女性が立っていた。「チャイム鳴らしたけど、応答無いから入って来ちゃいました。本庄尚子です。」と、彼女は名刺を出した。

「本庄先生。守秘義務は守ってくださいよ。」と、草薙の横から理事官が顔を出した。

「池上先生に、ある程度のことは話してある。大文字君がアンバサダーとしてEITOのVIPであることも。高遠君。奪還してきたまえ。」

 警視庁捜査一課取調室。高峰刑事が伝子を取り調べている。同僚の警察官が、高峰に耳打ちをした。そして、本庄尚子と高遠が入って来た。

「お待たせ、伝子さん。」「遅いぞ、学。」二人は抱き合った。高峰が動揺していると、捜査課長と、制服姿の渡辺あつこが入って来た。

 捜査課長は、「大文字伝子さんは誤認逮捕の為、釈放。大変失礼致しました。どうぞ、ご主人とお帰り下さい。高峰刑事。君はすぐ、こちらにおられる渡辺あつこ警視と審問会へ。」

 午後5時半。警察庁会議室の一つ。審問会が開かれていた。

 あつこは、高圧的に高峰に質問していた。「高峰巡査部長。君は奉職して今年で何年になる?」

「25年であります。」「君の相棒田端悦司は、現在入院治療中だ。彼は君の暴走癖を心配して、捜査の第一線から外すよう、上司に進言、実行中の筈では無かったのか?」

「その通りであります。」「今回の事件は明らかに誤認逮捕だ。何のウラも取らず、ひたすら警察庁特別捜査官である大文字伝子氏を尋問し自白を取ろうとしていたな。」

「特別捜査官である大文字伝子氏?知らなかった。」

「知らなかったことは問題ではない。先に事件の経緯を説明してやるから、よく聞け。釣り堀の店主田淵源三は、釣りを始めた午前8味半。被害者青島太郎を背後からアイスピックで突き、動かなくなった被害者を放置した。鑑識によると、心臓に持病がある青島氏は心停止状態だった。午前9時。釣り堀の中に、あたかも魚に引き込まれたかのように水の中に落ちた同氏を偶然見かけた大文字伝子氏が、救出するべく釣り堀に飛び込み、蘇生が困難と判断して、救急車を呼んだ。青島氏は持病が一気に悪化して死亡。君は大文字氏を殺害犯人として現行犯逮捕、拘留し、尋問を続けた。言語道断の所業である。よって、調査委員会は、君を懲戒解雇とする。弁護士本庄尚子氏は、大文字伝子氏の夫の承諾を取って、君を訴えたい、と言って来ている。反論は許さない。以上だ。」

 二人の警察官に運ばれて、高峰刑事は『ヴェニスの商人』のシャイロックのごとく、退場した。

 午後6時。ラーメン屋でラーメンを啜りながら、伝子と高遠は、審問会の中継を観ていた。

「何かドラマか映画みたいだね。あつこさん、格好いいな。」「だな。お前にも皆にも心配かけたな。一つ言えることは、みちるの姉は別居して正解だった。あの男は救いようがない。」

「ここのラーメン、おいしいね。」高遠は、近くにいた店員に声をかけた。「テイクアウト、ありましたっけ?」「お土産用の生麺ならレジに置いてございます。」

「じゃ、精算の時に買います。」

 伝子のマンション。久保田警部補から伝子のスマホに電話が入った。伝子はすぐに、スピーカーをオンにした。

「警部補。あつこさん、カッコ良かったです。」「あ、ども。高峰ですけどね、前から妻から預かっていた離婚届にサインして、本庄弁護士に渡したそうですよ。それと、高峰を訴えないんですか?」「意味ないから。」と伝子が言い、高遠も「意味ないから。」と続けた。

 Linenには、二人へのお祝いと励ましのメッセージが皆から入っていた。

「伝子さん、あのラーメン、夜食にしましょうか?」「ああ。その前に食前の運動をしよう。」

 返事をした伝子は全裸だった。

 ―完―



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