第七話 大人

 夕方になる頃、店のドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


 入口に目を向けると、そこにいたのは一人の少女だった。


「お一人様ですか?」


「そうよ」


 小学校高学年くらいに見えるが、親はいないのだろうか。こんな子が一人で喫茶店に来るなんて、珍しい。


「お好きな席にどうぞ」


 そう言うと、少女はカウンター席に無理やり座った。足が届かないと思うんだけど、大丈夫かな。俺は少女にメニューを手渡した。


 少女は少し悩んでいたが、やがてはっきりとした口調で注文した。


「ホットコーヒーね」


「えーと、カフェオレなどもございますが」


「ホットコーヒーよ」


 小学生がブラックコーヒーなんて、苦いだろうに。背伸びをしたいお年頃ということかもしれない。


「かしこまりました。 ご一緒にケーキなどいかがですか?」


「えっ?」


「本日はチーズケーキをご用意しております。 コーヒーにぴったりですよ」


「……じゃあ、それもちょうだい」


「はい。 少々お待ちください」


 俺は微笑みながら、そう返した。少女は、少し照れていた。


 ケーキとコーヒーを準備して、カウンターに出す。


「お待たせしました。 ケーキとコーヒーです」


「……ありがとう」


 少女は、コーヒーをちびりと飲んだ。やはり苦かったのか、すぐにチーズケーキを口に含んでいた。


 俺は何も言わず、砂糖の瓶を差し出した。しかし意地があるのか、少女は受け取らなかった。


 しかしなあ、どうして一人でこんな喫茶店に来たんだろう。


「お客様、どこでこの店を知ったのですか?」


「先輩が言ってたの。 『有名人がよく行く店よ』って」


「ははあ、そうでしたか」


 なるほどねえ。今日はあいにく誰もいないし、残念だったなあ。それにしても、今どきの小学生って上級生のことを「先輩」なんて呼ぶんだな。


 少女はどうにかコーヒーを飲み終え、ケーキを完食した。今度は、壁に貼ってあるサイン色紙を見回し始めた。有名人目当てなら、気になるよなあ。


 後片付けをしようとすると、少女が意外な一言を発した。


「ねえ、私もサイン書いていいかしら」


「えっ?」


 サインの写真撮っていいですかってのはよくあるけど、サイン書いていいですかってのは珍しいな。けどまあ、断る理由も無いしな。


「いいですよ。 どうぞ」


 そう言って、常備してある色紙とペンを差し出した。すると、少女は慣れた手つきでスラスラとペンを走らせた。


「はい。 出来たわ」


「ありがとうございます」


「ふふふ。 じゃ、お会計ね」


 少女は得意げな表情のまま、財布を取り出した。子どもとは思えない、洒落た財布だな。


「またのお越しをお待ちしております。 サイン、飾らせていただきますね」


 会計を終え、挨拶をした。少女はにっこり笑って、こう答えた。


「大女優のサインとして、いつか値打ちが出るわ」

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