第八話 アウトドア

 ある日のおやつどき。客も来ずうとうとしかけていると、店のドアが開いた。そして、大きいリュックを背負った男性客が入ってきた。


「いらっしゃいませ。 お好きな席にどうぞ」


 そう言って案内すると、男はカウンター席に座った。


「ご注文はいかがなさいますか?」


「緑茶ってあるかい?」


 緑茶か、あるにはあるが頼む客は珍しいな。


「ご用意しております」


「じゃあ、それで」


 俺は緑茶の茶葉を出し、準備を始めた。しかし、わざわざ喫茶店に来て緑茶を頼むとは。何か理由でもあるのだろうか。


「お待たせしました。 緑茶と、お茶請けの煎餅でございます」


「いやあ、ありがとう。 どうしても飲みたかったんだ」


 そう言うと、男はずずずと茶を啜った。そして大きく息をつき、ゆっくりと茶碗を置いた。


「あの、どうして緑茶を?」


「いやなに、これからしばらく飲めないもんでね」


「そうでしたか」


 海外にでも行くのだろうか。大きいリュックだし、バックパッカーというやつかもな。


 しばらくすると、男はリュックの中身を調べ始めた。旅行前の最終チェックをしているみたいだな。


「ずいぶんと大きいリュックですね」


「ははは、まあね。 とんでもなく遠くに行くわけだから、ちゃんと確かめないといけないんだ」


 とんでもなく?大げさな言い方に聞こえるが、どこに行くのかな。


 そんなことを思っていると、男が話しかけてきた。


「君、アウトドアの趣味はある?」


「いえ、特にありませんが」


「そうなのかい? 天体観測なんかいいもんだよ」


「はあ、そういうものですか」


「ああ、輝く星の美しさは唯一無二だ」


 海外旅行に行くような人だし、もともと活発な人なんだろうな。


 間もなく、男は荷物のチェックを終えた。


「会計を頼む」


「かしこまりました。 少々お待ちください」


 俺はぱちぱちとレジを叩いた。その間、男は店の中を見回していた。


「いやあ、昔もこの店に来たんだ。 そのときも緑茶を飲んだんだけど、今もメニューに残っててよかったよ」


「へえ、そうだったんですね」


「あのときもここで緑茶を飲んで、それから出発したんだ。 ここでお茶を飲むのは、生きて日本に帰るためのおまじないなんだ」


 生きて日本に帰る? よっぽど治安の悪い国にでも行くのだろうか。


 会計を終え、男が店のドアを開けた。


「ありがとうございました。 どうぞお気をつけて」


「ありがとう。 そうだ、折角なら君も天体観測をしてはどうかな?」


「え? どうしてです?」


 俺がそう聞くと、男は笑みを浮かべた。


「そのうち、軌道上に僕の職場が見えるはずだからさ」

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