第五話 炎

 ある日の昼下がり。ランチタイムも終わってほっとしていると、三十代くらいの女性客が入ってきた。そしてカウンター席に座ると、メニューを隅々まで眺めていた。


「いらっしゃいませ。 ご注文はいかがなさいますか?」


「何か食べたいんだけど、おすすめはある?」


「サンドイッチやナポリタンなどをご用意しておりますが」


「じゃあ、ナポリタンで。 大盛りってできる?」


「可能でございます。 少々お待ちください」


 俺は材料を用意し、調理を始めた。女はカウンターの向こうから、俺が手を動かす様子を見つめていた。大抵の客は、携帯や本を見ているものだが。珍しいな。


 出来上がったナポリタンを皿によそい、カウンターに出した。


「お待たせしました。 ナポリタンの大盛りでございます」


「ありがとう」


 女はフォークを手に取ると、すぐに食べ始めた。最近は料理の写真を撮る人も多いのに、そういうことはしないんだな。


 コップの水が少しも減らないまま、女はあっという間にナポリタンを平らげてしまった。


「ふー、ごちそうさま。 やっぱりサンドイッチも頂こうかな」


「あ、はい。 少々お待ちください」


 すごいな、この人。どんだけ腹が減ってるんだろう。不思議に思いながら、サンドイッチの用意を始めた。ちらりと女の方を見ると、やっぱり俺の手つきを眺めている。そんなに気になるのかなあ。


「お待たせしました。 サンドイッチです」


「あら、ありがとう」


 と答えるや否や、女は口に押し込むようにしてサンドイッチを食べ始めた。その食べ方、健康に悪いんじゃないかなあ。


 空になったサンドイッチの皿を片付けていると、女が声を掛けてきた。


「この仕事を始めて何年なの?」


「まだ始めたばかりです。 叔父の店を任されてるだけですから」


「へえ、そうは見えないわね」


 そうは見えない、ねえ。俺ってそんなに老けて見えるのかなあ。


「やっぱり、料理は作るもんじゃなくて食べるもんよね」


 女はそう言うと席を立ち、財布を取り出した。


「会計ですね。 かしこまりました」


 レジを打っている間、女はショップカードを見ていた。すると、ポケットから小さな紙を取り出した。


「これ、うちの店のだから。 よかったら食べに来て」


「え? ありがとうございます」


 これ、駅前のフランス料理店じゃないか。結構な有名店で、雑誌にもよく載っている。


 会計を終え、女がドアを開けた。


「ありがとうございました。 今度、お店に伺いますね」


「ありがとう。 あなたも頑張ってね。 それと――」


「ナポリタンは、もう少し弱火で炒めた方が美味しいわ」

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