幼なじみは近くて遠い

モツゴロウ

幼なじみの瀬名 英里



 幼なじみ。

 俺には一人、幼なじみがいる。別に特別な理由もなく、いつも一緒にいるような幼なじみ。


 瀬名せな 英里えいり。それが俺の幼なじみの名前だ。物心ついた時から家族ぐるみの付き合いで、小学校の頃は一緒にいると「付き合ってるの?」とか周りからよくからかわれたっけ。


 それこそ小さい時は「結婚しようね!」なんてよくある約束をしたものだけど、あっちは多分もう忘れてるだろうな。


 昔はヤンチャで髪の毛も短かった。でも、いつからか髪を伸ばし始めた英里は、だれもが振り向くような美少女に成長した。


 中学でも可愛いと評判だったけど、俺がいつも隣にいたせいか、告白するヤツはほとんどいなかった。


「ねぇねぇ、今日はどうする? カラオケ? ゲーセン?」


 放課後になるといつものように遊びのお誘い。せっかく高校に入学したのにここ一週間、毎日こいつとしか遊んでない。


 中学校の頃からいっつもこんな感じで、俺の交友関係が広がることはなかった。それはそれで楽しいんだけど、たまには俺も男友達と遊びたい。


「ごめん、今日は用事があるから。先帰ってていいよ」


「えーっ! わたしも一緒にいく!」


「ダメだって。お前がいると周りが気を遣うだろ」


 今日はクラスの男子数人とゲーセンに行くと決めたんだ。いつもは流されてしまうけど、今日の俺の決意は固いぞ。


「いーもん。こっそりついていくから」


「……おい。絶対やめろよ?」


「しーらない」


 ……まぁこっそりついてくるくらいならいいか。ゲーセンなら気付かれることもないだろう。


 そう気楽に考えていたんだけど……。


「ほっ! はっ! とうっ!」


 そこにはよくあるダンスゲームでスーパープレイを繰り出す英里の姿があった。こっそりついてくるとかいってたよな? 目立ちまくってますけど?


「おい、あれお前の彼女じゃねーの?」


「……違うけど」


 案の定そう突っ込まれる。いや、彼女じゃないよ? 幼なじみだよ?


 そう、英里は昔からなんでもできるヤツだった。

 俺が先にハマったテニス、将棋、格闘ゲーム、ギター、などなど。


 そしてその全てで俺はすぐに英里に追い抜かされた。というか、基本的に勝負にすらならない。


 そんなことを繰り返しているうちに、俺はなにかに熱中することがなくなった。英里はそんな俺がつまんないのか、色々勧めてくるけど。


 別に劣等感があるわけじゃない。英里のことは好きだし、一緒にいて楽しい。


 だから俺は英里とだけ遊ぶ生活に満足している。ただ、たまには男友達とも遊びたいってだけ。


 俺はこの距離感に満足している。いや……。

 ――


 ◇◇◇


 ある日の朝。

 下駄箱を開けると、そこには見慣れない封筒が。


「それなに? ラブレター?」


 一緒に登校していた英里が俺の手元を覗き込む。

 可愛らしい封筒にハートのシール。今時なかなか見ないタイプのラブレターだ。


「なになに……? 今日の放課後――」


「おい。俺のラブレターだぞ? 勝手に読むなって」


「あーっ! わたしにも見せてよっ」


 勝手に封筒を開けて読む英里からラブレターを奪い返す。


 なになに。「今日の放課後、体育館裏で待ってます」……か。うん。紛れもないラブレターだ。


 英里が近くにいたせいか、単純にモテなかっただけかは分からないけど、今まで告白なんてされたことがなかったから正直どうすればいいか分からない。


「……いくの?」


「そりゃ、行かないとまずいだろ」


「……いかないでよ」


 英里は不満げな顔で俺を見つめている。さすがに行かないという選択肢はない。諦めてくれ。


 俺はラブレターをカバンにしまい、靴を履き替え教室へ向かう。その後をチョコチョコとついてくる英里。何かいいたげだけど、頬を膨らませるだけでなにも言わない。


 そんな英里を無視して、席へとつく。いつも遅刻ギリギリで登校しているから、英里もさっさと自分の席へといってしまった。


「おはよう、鳴海くん」


「おはよう、天野さん」


 隣の席の天野さんが挨拶をしてくれる。


 天野さんは誰とでもすぐに仲良くなって、いつもクラスの中心にいつもいるような明るい女の子だ。黒髪を編み込んだような珍しい髪型をしている。


「放課後、よろしくね?」


「……え? まさか、あのラブレター――」


「あ、先生きたよ」


 ちょうど担任が教室に入ってくるタイミングで、天野さんがめちゃくちゃ気になることを言う。


 いろいろ聞きたいことはあるけど、先生が朝礼を始めたので諦めるしかない。


 俺は放課後を心待ちにしながら、退屈な授業を受けるのだった。


 ――今思えば、この日が運命の分かれ道だったのかもしれない。


 ◇◇◇


 結局、告白は断った。

 天野さんのことは嫌いじゃない。でもあいさつをするくらいでほとんど話したこともなかったし、友達からという感じで落ち着いた。


 次の日から気まずくなるかなぁと思っていたけど、そんなことにはならなかった。相変わらず毎日あいさつをしてくれるし、授業の合間に話すことも多い。


 むしろ、前よりは距離が縮まったと思う。お互いの好きなものとか昨日あった嫌なこと。そんな個人的な話題も増えて、天野さんがどういう女の子なのかが少しずつ分かってきた。


 今では女の子の友達、みたいな感じで気楽に話すことができる。


 そんな俺たちを前の方の席からジッとなにか言いたげに見つめる英里。


 そんなに話したいならこっちにきて話せばいいのにと思わないでもないけど、わざわざこっちから声を掛けに行くのも違う気がして、なんともいえない距離感のまま。


「ねぇねぇ、今日一緒に帰らない? 家の方角同じだったよね」


「んー……。いいけど、英里も一緒にいい?」


「もちろん! 瀬名さんとも話してみたかったし!」


「おっけ。じゃ、英里にメッセ送っとく」


 告白から一週間ほど経った朝の教室。

 

 会話の流れでお互いの最寄駅を知っていた俺たちは、自然とそういう約束をするようになっていた。


 ここで英里をハブると後でうるさそうなので一応了解を得ておこう。スマホを取り出しメッセを送る。


 いつもならすぐに返信があるのに、今日は珍しく既読スルーだ。あまり気にせず天野さんと会話を続けていると、前から英里がズンズンとこちらにやってきた。


「ちょっと、なんで無視するの!」


「いや、無視してたのはそっちだろ」


「わたしが無視してるのを無視してるじゃんっ」


「なんだそれ」


 どうやら既読スルーしたのを無視したのが良くなかったらしい。ややこしいな。隣で天野さんがクスクスと上品に笑っている。


「わーらーうーなーっ!」


「だ、だって……。瀬名さん、面白いんだもん」


 意外とこの二人は相性が良いのかもしれない。

 英里は天野さんのことをどう思ってるか分からないけど、天野さんは仲良くなりたいと思ってるんじゃないかな。


「ちょっと、ユウ! なにニヤニヤしてるのよっ」


「ごめんごめん。なんか二人を見てると相性良さそうだなって」


「なんでそうなるのよっ! もう!」


 今更だけど、ユウというのは俺のあだ名だ。といっても英里と俺の母親くらいしか使ってないけれど。


 英里は口を尖らせながら天野さんを見ている。天野さんはそんな英里が面白いのか、口を押さえて笑いを我慢していた。


 結局、その日は英里と天野さんと三人で下校した。帰り道に買い食いなんかしたりして、いつのまにか二人は仲良くなっていたみたいだ。やっぱり女子は打ち解けるのが早いな、なんてその時の俺は気楽に考えていたっけ。


 ◇◇◇


「ユウー、今日ヒマ?」


 金曜日の朝。


 家に迎えに行ったら、出会いがしらにそう言われた。

 とりあえず予定はないからヒマではあるけど、急にどうしたんだろう。


「ちょっとやりたいことがあってさ。ついてきてよ」


 わざわざ英里がこんなことを言うなんて珍しいな。いつもは放課後適当に行き先とか遊ぶ場所を決めてたのに。


「べつにいいけど。急にどうしたんだ?」


「ひみつ! 放課後のお楽しみってことで」


 珍しくやけにもったいぶるな。いつもとどこか違う英里の様子に少しの違和感。ただ、この時の俺は「まぁそんなこともあるか」なんて気楽に考えていた。


 そのあとは普通に授業を受けて、そのまま放課後になった。体育でいつものように活躍している英里のことだけが記憶に残っているだけのいつもの日常。


 ――そんな日常は、この日終わりを告げた。



 ◇◇◇



 目を覚ますとそこは知らない場所だった。

 いや、知らないというよりはまるで夢の中のような現実感のない空間だった。


 身体を起こし周りを見渡す。教室くらいの広さの、丸い空間だった。ぼんやりと青く光る壁。無機質な幾何学模様がうっすらと浮かび上がり、この空間の異質さを際立たせている。


 俺はふんわりとしたベッドのようなものの上で眠っていたようだ。ただ、いつの間に眠ってしまったのかの記憶がない。


 最後の記憶は、英里と一緒に英里の家に行ったところまで。そこで出されたオレンジジュースを飲んだあたりで記憶が途絶えている。


「あ、起きた? ごめんね、驚いたよね」


「……英里?」


 扉のようなものは見当たらなかったけど、壁の一部分が開きの英里が現れた。


「英里……そうだね。ユウにとってわたしは英里だよね」


「……そりゃそうだろ。急にどうしたんだ?」


 こんな異常な状況だけど、英里の姿が見えたことで俺は冷静さを取り戻した。ただ、英里の様子が少しおかしいのが気になる。いつものような快活さがなく、大人っぽい仕草。


「エーリ・ファム・ミレストム」


「……え?」


「それがわたしの


「なにいって……」


 聞き慣れない響きの名前。俺の脳が理解を拒否する。


「わたし、なの」


 うちゅうじん。……宇宙人?


「宇宙人というよりは異星人の方が正しいんだけどね。宇宙に住んでるわけじゃないからさ。この星には両親の仕事でやってきただけなんだ。わたしの両親は外惑星監視官だから」


 聞き慣れない単語と、到底理解できないような英里の告白に俺の頭はフリーズする。


「ほんとうはこんなことしたらダメなんだけど……。ユウのことがどうしても諦められなかったから」


「なんで急にそんなこと……」


「だって、天野さんにユウが取られそうだったから。わたしと結婚するって約束したのに」


「いや、俺はちゃんと断ったぞ? それに俺が好きなのは――」


 緊張で喉がカラカラに乾いてうまく言葉がでない。俺は一度言葉を切り、唾を飲み込む。


「――英里。お前なんだから」


「……うそ……」


 信じられないといった顔の英里。そんなに驚かれるとは思ってなかった。てっきり英里にはもうバレてると思ってたけど。


「嘘じゃない。……で? この後俺をどうするつもりだったんだ? まさか他の星に連れて行こうなんて思ってないよな?」


「そんなことは思ってないけど……。どうにかしてわたしのことを好きになってもらおうかなって思ってたくらいだよ?」


 どうにかしててってなんだ。もしかして、キャトルなんとかってやつ?


「いやいや、そんなことしないよっ! ただ、二人でゆっくり宇宙船で過ごせば距離とか縮まるかなって」


 ……無理やり連れ去ったわりに、やたら乙女な考えだな。そんなこと、別に宇宙船じゃなくてもできる気がするけど。


「とにかく、俺はお前が好きだし、他の誰かと付き合ったりしない。早く家に戻ろう」


「う、うん。そうだね、はやく帰ろう」


 そう言ってよく分からない技術で空間上に浮かんだモニターを操作する英里。宇宙船ってすごいんだな。


「……これでよし。20時間くらいで帰れると思う」


 よかった。このままどこかの星に連れ去られたらどうしようかと思ってたぞ。


「ところで、お前の正体を知っちゃったわけだけど大丈夫なのか?」


「え、うーん……。大丈夫、じゃないかも……」


「やっぱり……」


 こんな衝撃的なこと忘れる方が無理だ。いまだに夢じゃないかと期待しているくらいだからな。


「まぁ、ユウが黙っててくれればたぶん大丈夫だと思う……」


「なんか無理やり記憶を消す機械とかないのか?」


「あるけど、わたしの権限じゃ使えないんだよね」


 あるのかよ……。まぁこんな宇宙船が作れるくらいだしそのくらいはできてもおかしくないけど。


「まぁ、誰にも言えないしな、こんなこと。信じてくれるわけもないし」


「ごめんね、ユウ……。帰ったらオムライス作ってあげるから許して?」


「別に怒ってないから。オムライスは食うけど」


 英里のオムライスは絶品だからな。世界で一番美味いまである。


 ――結局、そのまま地球にとんぼ返りして家に帰って普通に寝て、次の日にオムライスを食べた。宇宙船で二人きりという経験はできたけど、俺と英里の関係はそんなに変わることはなかった。


 付き合ったりするのが普通なんだろうけど、俺たちの距離感はこれでいい。


 ――異星人と地球人。遠く離れた星で生まれた二人は、遠くもなく近くもない距離で生きていく。

 

 

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