4.

「私もあれから仕事の合間を縫っては彼を探しているんだけれどね。まったく足取りがつかめないんだ。君がそのときの記憶を失うほどショッキングな出来事だった、そのうえ現実的な――人間社会的な事件性が上がらなかったとなると、妖が絡んでいるんじゃないかと踏んでいる」

 例えば、と真司さんはわずかに瞳を細める。

「暴走した妖になんらかをしかけられた、とかね。ただ、彼ほど力を持つ祓い屋がそう簡単にやられるとも思えないんだ」

「……真司さんは」

 腹の前で組んだ手をきゅっと握った。

「父がいなくなっただけだと思いますか」

 父を知っている人間に出会えたら、聞きたいことがふたつあった。

 ひとつは、その人から見た父はどんな人だったのか。俺は少しでも父について知りたかった。

 そしてもうひとつは、父を知っている上にもし父がいなくなったことを知っている人がいたら。

 真司さんはわずかに首を傾げた。

「それは——満暈が命を落としている可能性の有無について問うている、ということでいいのかな」

 浅く頷けば、真司さんは瞳を伏せた。

「生きていると思うよ」

 それは先までの朗らかさを持ちながらも、静かで芯のある声だった。

「いや、生きていると信じたい、というのが一番正しい返答かな」

「信じたい」

「現場も見ていないし証拠もない。けれど、だからこそ、生きていることを信じたい。死体が出ない限り、私は信じたい。君は違うのかな」

「もちろん、生きていてほしいと思っています」

 俺も芯をもって答えると、真司さんは凛々しい眉を下げ、眦を緩める。

「そりゃあ、そうだよね。ごめんね、変なことを聞いてしまって」

「いえ、最初に質問したのは俺の方なので」

「椿さんもきっと同じ考えだから、世界中を探し回っているんだと思う。例え妖が視えずとも、この星のどこかにいるかもしれないと信じることをやめられないから。すごいね、愛というものは……なんて、ある意味ひとり取り残されている状態の君の前で言うのは酷な話かなもしれないけれど」

「いえ、俺も母のこと応援してる……といったら、なんだか変ですけど。決して、勝手とかそういうふうには思ってないですから。実際、母は俺がここできちんと生活できるように慮ってくれてますし、それに俺も……父が見つかったら、うれしいから」

 ふいに、大きな手のひら俺の頭に乗った。真司さんは眩しげ瞳を細めるとともに、俺の髪をそっと撫でた。

「本当に、立派に育ったものだね」

 知らない人に――真司さんとしては昔に会ったことがあるらしいが、俺は覚えていないから――成長を褒められるというのは、なんだか不思議な感じがする。

 ただでさえ、目の前に父を知っている人が二人もいるその片方は親しい間柄であったことが、もうすでに今までにない経験で、ずっと夢でも見ているような、内臓がわずかに浮いているような感覚がしていたというのに。

 なんというか、今日は一段と四月らしい一日だと思った。

 新たなことがはじまり、新たな出会いがある、浮き足立ちながらも不安定で落ち着かない四月らしい、と。

「ところで、話は戻るけれど。君たちは本当にただの先輩後輩なのかい?」

 俺と鷹楽くんがどういうことかという視線を向けると真司さんは、ぴんと人差し指を立てた。

「他に対するパーソナルスペースが極端に広い哉世が人を家に上げるなんて、そうでもないとあり得ないと思って。それに君も先輩でありながら哉世の不遜な態度を受け入れている。ああそれとも、叔父である私がいる手前かな? 大丈夫だよ、気に入らないなら存分に叱ってくれて。むしろそういう光景を見るのは好きな方だから」

 好きな方って。

「いや、別に、気に入らないとかないので……」

「じゃあ、友達なのかな?」

 そっぽを向いたまま口を噤む鷹楽くんにはなにも答えてくれないと早々に諦めたのか、真司さんの視線が俺だけに集中する。

 どう答えたらいいものか迷った。鷹楽くんには勢い余って友達になりたいと言ったけれど、俺が望んでいたのはあくまで、すこしでもかかわれたらいいなということで。

 俺には誰かと友達になれるような器量も資格もないのだ。

 けれど否定するのもどうかと思い、とりあえず、

「友達申請中……みたいな感じです」と答えたら「ほお!」と、真司さんは明らかに喜色を含んだ少し高い相槌をした。

「それに哉世はなんて?」

「俺はなる気はねぇ」

「なんでやねん」

 本当になんでやねんと思ったみたいな素っ頓狂な声だった。

 鷹楽くんは肩を使って深くため息を吐いた。

「……やり方が気に食わないから」

「やり方?」

 鷹楽くんがちらりと俺を見る。なにかを促すようなそれにしばし思考し、先のやり取りを思い出す。

「もしかして、あんたの目になるって言ったこと?」

「え、なんだい、その面白そうなワードは」

「叔父さんマジうざい黙れ」

「哉世の目にかかわることかな? 凛兎くん詳しく」

 うんざりした顔と好奇心満々の笑顔のふたりを交互に見てから、俺は口を開いた。

「えっと……哉世くんの役に立つ人間になれたら少しは興味持ってもらえるかと思って、そんな提案をしたてみたんです。まぁ、鷹楽くんに友達は利害の一致でなるもんじゃないってド正論で切られちゃいましたけど」

「なるほど、なるほど」と真司さんは悪戯っぽく瞳を細めて口端を持ち上げた。

「まぁ、それは哉世が初めての友達から教えてもらった大事なことだからね――痛っ!」

 突如上がった裏返った悲鳴は、忌まわしげな表情をした鷹楽くんが真司さんの手の甲を抓ったことによるものだった。

「余計なこと吹き込むな」

「お前にとっては大事な思い出だろう」

「この状況においては不要な情報だっつってんだ!」

「あーもう痛い痛い痛いってば! 昔はかわいかったのにいつの間にかこんなに暴力的になっちゃって」

 大袈裟に肩を縮めて怯えるふりをする真司さんに、鷹楽くんはふんと鼻を鳴らした。

「よく言う。俺が放浪野郎のあんたとまともに顔を合わせたのは二年前だってのに」

「お前が子供の頃に兄さんから頼まれて面倒見てあげてただろう」

「小一の夏の間だけだろうが」

「それに生まれた時には立ちあってるし」

「ただの猿の頃じゃねぇか」

「あ、哉世いま全国の赤ん坊を敵に回したよ?」

「その減らず口マジで嫌いだからな」

「口達者と言ってくれ」

 盛大に舌打ちする鷹楽くんに、しかし真司さんはちっとも臆することなくへらへらしていた。

 性質は見事なほどに相反しているし、言葉だけを取れば敵対しているようにも感じる。だが、そこに真の嫌悪感はなくテンポよくぽんぽんと会話が弾む様に、そうとう仲が良いのではないかと微笑ましさのような、羨ましさのようなものを覚えた。

「でも、凛兎くんが目になってくれるなんて、実際にいい話じゃないか。通常の視力と同じように見鬼にも度合いというものがあるが、視える人間が減っていっている現代ではここまでいい目を持っている人間はそういないよ。もしかしたら、私よりも彩り豊かな世界が見えているかもしれない」

 と、言われても。

 まったく視えない人間がほとんどだが、持つ霊力次第ではぼんやりと妖を捉えることができる人間がごく稀にいるというのは知っている。だから度合いがあるというのはなんとなく分かるが、しかし自分がどれほどなのかは分からない。

 先日の鷹楽くんのような強い感情と共に漲った霊力などは感じ取れるが、平時のものは捉えられないし見鬼の才も測れない――測れたら、彼の地雷を踏むこともなかっただろう――だから比較もできなければ、他人の見えている世界を覗く術は持たないから、俺にはちっともピンとこなかった。

 ただ少し、驚いたというか、腑に落ちたことはあった。父とこの人は、本当に親しい間柄だったのだろう――父もかつて、大抵の人間からしたら異質なこの世界を、彩り豊かと表現したことがあった。

「凛兎くんの目は、哉世が望みを叶えるためのいい助けになるんじゃないかい」

 鷹楽くんの望み。

 俺はまだまだ鷹楽くんについてよく知らない。それでも、これまでの言動から彼がどうにかしたいと望んでいそうなことはひとつ浮かぶ。

「呪い、ですか」

 先に踏み込めなかったことに今ならば、と少しの恐れを抱きながらも尋ねてみる。鷹楽くんと真司さんが二人揃って目を丸くした。

「哉世、話したのかい? 」

「話してねぇ……おい、なんで知ってやがる。やっぱりお前、本当は術を」

「使えない、使えないよ」

 厳しい雰囲気を放つ鷹楽くんに慌てて首を横に振って否定する。

「最初に会ったときに、あんたに膝カックンした妖いたろ」

 そのときのことを思い出したのか、鷹楽くんは忌々しげに眉を顰めた。

「お前が兒玉とか呼んでたやつか」

「うん。彼が、あんたの目からあんたのものとは違う力を感じたって。あんたが視えないのは呪われているせいで、その目の色が証印だって言ってた」

「……それを信じたのか」

「彼は悪戯好きではあるけれど、悪意のある嘘はつかないから」

 鷹楽くんが不快げにふんと鼻を鳴らし唇を尖らす。

「君も妖と親しむタイプの子か。本当に満暈の子だね」

 真司さんが愉快げに眦を緩める。

「そう、君の言う通り、それも彼の望みのひとつだ。そのためにこの街に来た」

 この街に呪いを解呪するなにかがあるというのか。そんなものがあるのなら、俺より俺の呪いを気に掛けてくれている親しい妖たちが話を持ってきそうなものだけれど。それとも、彼らすら知り得ない深淵にそれはあるのだろうか。

 思わず鷹楽くんの方を見てみるが、彼はむっすりと黙り込んでいる。真司さんは柔らかな微笑みを持ったまま明朗に続けた。

「たしかに友達というのは利害の一致にでなるものじゃない。しかし、助け合えるに越したことはないだろう。そこからはじまる友情も、芽生える信頼や絆もあるさ。それに叔父としてはかわいい甥に二次元のお友達にお熱でいられるよりは、よっぽど健全でいい」

「え」

「おいクソ叔父貴!」

 鷹楽くんがそばにあった座布団を投げるも、真司さんはひょいと交わした。

 二次元のお友達、というワードに俺の脳裏にふわりと浮かんだのは、文香さんのコレクションだった。文香さんはサブカルチャーを好み、あらゆる次元のあらゆるコンテンツが好きなのだ。

 彼女はよく「サブカルチャーなんていうけどね、今世界経済を回しているのはそのサブカルチャーを支持しているオタクと言っても過言じゃないのよ。まぁ、今更メインカルチャーって呼ばれるのもしっくりこないけれど」と語り、その言葉を裏付けるように、彼女の家の家はそれはもうすごいことになっている。あの光景は筆舌に尽くしがたいがしいて言うのならば……四方八方に目がある。どこを向いても〝誰かしら〟と目が合う。なんていうとホラーじみているが、しかし、あれはなかなかに奇妙な景色だった。母もその趣味を理解してか、ときどき俺に送ってくる世界各地のお土産に文香さんが喜びそうなものを入れては彼女を見事に彼女を楽しませている。相手の好きを理解している、いい友情関係なのだろうと思う。

 閑話休題。

 鷹楽くんも文香さんのような類の人なのだろうか。

 このさっぱりとした部屋にはオタクの気配はかけらも感じない。だが、思えば、隙があればスマホを熱心に操作している。もしかしてあれば、真司さんがいう二次元のお友達とやらと交流していたり、ソーシャルゲームの類をしていたのだろうか。

 こちらが勝手に抱いているイメージとは違うその人の新たな一面を知ると、少しだけ距離が縮んだような錯覚がするから不思議だ。

「哉世も凛兎くんのこと嫌いなわけじゃないんだろう。それとも、この健気を全否定するほどに、視界の端にも居れたくないほどに、微塵もかかわりたくないほどに、嫌いなのかい?」

 わざとらしくシナを作って攻め立てる声に、鷹楽くんは顔を顰めてぐっと言葉を詰まらせる。

「別に……嫌いではない」

 渋々に苦々しく吐き出す様に苦笑しながらも、その実その文言は俺の心にそっと染みた。

 まだ彼と接して長くはない。それでも彼が、常に怒っているような態度でありながらも、まっすぐでどんな状況でも嘘は吐かない人だと思っているから。

「ならいいじゃないか。なに、お前が目になってもらうばかりで申し訳ないというのなら、お前も凛兎くんのことを手伝ってあげたらいい」

「え、いや、俺は別に手伝ってほしいことなんてないですよ」

「本当かい? 満暈探しはさすがに託せないとしても、家で一人で寂しい~とか部員が一人足りなくて廃部間際困ってる~とかない? 哉世を派遣するよ」

「おい勝手に派遣を決めるな」

「家も寂しくないし、部活もろくな活動をしていないので。基本閑古鳥が鳴いてて暇なので手伝ってもらうことなんてなにも」

「閑古鳥って。まるで店でも開いているかのようなものいいだね」

「店に近いかもですね。対価はもらっていないけれど、来客ありきなので」

「どんな部活をしているんだい?」

「よろず倶楽部っていう部活です」

「よろず倶楽部」

「やることは、まぁ、その名の通りで。相談された困り事を解決する、みたいな感じです」

 ただ名前からしてもいかにも怪しく、部員も中学浪人の噂を持つ二年生ひとりきり。だから、来客なんてのはたまに奇特な生徒がくる程度だ。手伝いもなにもあったものじゃない。

「いいじゃないか、それ! 昔より大人しい子になったと思ったら、なんだ、ずいぶんと面白いことをやってるじゃないか」

 なぜか真司さんには刺さってしまったらしく、楽しげな声が響いた。

「哉世、部活動はまだ入ってないんだろ。せっかくだ、お前もその部に入りなさい。そしておもしろ体験談を私に報告するように」

「はぁ? なに勝手に決めて」

「叔父命令だ」

 真司さんがにっこりと微笑む。

 それにまた鷹楽くんは噛みつくかと思ったら、どうしてかぐっと言葉を飲み閉口した。

「さて、まだまだ君たちと話したいことは尽きないけれど。悲しいかな、大人には仕事というものがあってね。そろそろお暇しないといけない」

「ちゃんと働け。家から出てただでさえ風当たりが強いんだ。仕事しなけりゃ干されるぞ」

「そうだねぇ。お口はかわいくないけれどかわいい甥がお友達――いまはまだお友達候補、かな。と仲良くしているところも見れたし」

 真司さんは鷹楽くんの頬をうにっとつまむ。鷹楽くんはそれを容赦なく振り払う。飼い主とクールな猫の交流を見ているような気分になる。

 それから真司さんはすくっと立ち上がると紺の着物の襟を正し、羽織を整えた。その凛とした立ち姿を見ると、たしかに由緒正しい家の出なのだろうと感じる。

「また近いうちに様子を見にくるからね」

「だから、様子を見にくる暇があったら仕事しろ」

「君の様子を見ることも私の仕事のひとつだよ」

「……」

「君に会いたい気持ちは本物だけれどね」

 ぱちんとウィンクする真司さんに、鷹楽くんはそれはもう嫌そうに表情を歪めた。

「それまでに、私が笑いすぎて腹痛を起こし病院に運ばれるほどまさに抱腹絶倒になる体験談を用意しておかないと……まぁ、哉世なら分かるね」

 なんだか要求のハードルが先よりもずいぶんと上がっているような。しかし鷹楽くんはいつもの勢いのある反駁はせず、ただただ赤い瞳を悔しげに細めて真司さんを睨んだ。

「……せめて事前連絡ぐらいは寄越せ」

「気が向いたらね。それじゃあ凛兎くん、うちのかわいい甥をよろしく頼むよ」

 真司さんは出会ったばかりの時のような温和で人好きのする笑みを浮かべると、羽織を翻し、玄関に向かった。

 ドアを開けると、雨の音が大きく響く。まだしばらく止む気配はなさそうだ。真司さんは大きな体をわずかにかがめながらドアを潜ると、傘を広げ水を弾いた。「またね」と、歌うような声とともにドアがぱたんと閉まる。

 明朗で饒舌だった真司さんが去り鷹楽くんと二人きりになると、途端に静寂が落ちる。俺たちの間にはしばし、窓を打つ雨の音だけが横たわる。

「洗濯も終わってないし、どうせこの雨だ」

 その静寂を先に破ったのは、意外にも鷹楽くんだった。

「泊まってけ」

「え、いいの?」

「追い出して風邪ひかれても寝覚めが悪い……それに、一応、俺の先輩になっちまったし。先輩を放り出すわけにもいかねぇだろ」

 俺はぽかんと瞬く——先輩になっちまって。

「もしかして、部活、入るの」

「……」

「あの脅しってなんだったんだ」

「聞くな気にするな今すぐ忘れろ」

 そう言われると余計になるのが人間というものだ。しかし、妙に青ざめた顔に踏み込んではいけないことなのだろうと思い、好奇心に蓋をすることにした――が、ひとつだけ。

「うちの部活に入っても、面白いことはなにもないと思うよ。さっきも言った通り、閑古鳥。名前もあれだし、部員は学校で浮いてる俺一人のまさに辺境。依頼は滅多に来ないから、茶飲み部活みたいな感じで青春のせの字もない」

「それでも入らなきゃ話にならねぇから仕方ないだろ」

頬杖をついて鷹楽くんが苦々しげに言う。本当にあれは一体どう言う脅しだったのだろうか。

「まぁ、どちみち……」

 鷹楽くんがちらりと俺を見た。続きの言葉を待ったが鷹楽くんはなぜか眉間の皺をいっそう濃くしてから、ふいと顔を反らした。

「一応、俺の名誉のために言っておくが。俺はあいつを祓おうとしたわけじゃない」

「え?」

「……兒玉とかいう、お前と仲が良い妖。俺は祓い屋って言っても〝タダシ〟の術しか使えないから、暴走した妖を元の姿に正すことは出来ても、消すことは出来ない――まぁ、〝コワシ〟のやつらなら出来るだろうけど」

「あの……タダシとコワシって」

 鷹楽くんは面倒くさそうに赤い瞳を細めて溜息を吐くも、淡々と答えてくれた。

「流派みたいなもんだ。〝タダシ〟は妖との共存を望み、〝コワシ〟は人間世界の秩序を望む。そして、それぞれその望みに則った術を使う」

 父も暴走した妖に対峙したときは、鷹楽くんと同じように青い光を放ち、妖をあるべき姿に戻していた。それが普通だと、それしかないものだと思っていた。

「タダシは妖を本来の姿に戻す術を使い、コワシは妖を消滅させる術を使う」

 妖を壊す——想像ようとした。けれど、うまく、想像ができなかった。親しい妖たちが浮かんで、彼らが消滅してしまう様なんて、想像だとしても見たくなかった。ただただ、ぞっとした。できることなら、その流派の祓い屋には会いたくないなと思った。

「とはいえ、共存やら秩序やらはあくまで流派が起こったときの思想だ。現代のタダシも妖を正常な状態に戻すことが役割ではあるが、昔ほど妖に肩入れしているわけじゃない。俺は妖なんざちっとも好きじゃない」

 鷹楽くんがぶっきらぼうに言った。

 どうして妖が好きじゃないのだろう。生理的なものか、それとも——彼にかかかっている呪いに関わることだろうか。

 再び落ちた沈黙の中で、思う――鷹楽くんの呪いだけ暴いておいて、俺は何も言わないのはどうなのだろう。胸に靄が立つ。口を開きかけて、しかし空気を食む。雨も、沈黙も、止まない。

 だって——それを言ったところでどうなるというのか。

 彼が望んで生まれたものでないにしても、いつかは失うとしても、先輩後輩という名のあるかかわりが生まれたことが、俺は嬉しかった。

 はじめてできた後輩を、根は真面目そうな彼を、解決策がないこんな問題に触れさせて困らせたり気遣わせたりしたくなかった。

 どうせなら、いつか終わりを迎えるそのときまでは。

 口が悪くて、態度も悪くて、容赦がなくて、けれどとてもまっすぐな彼を見ていたい。ちょっぴりむかつくけど、いつの間にか俺は気に入っていた。

 だから俺はその憂いに、呪いに、そっと蓋をした。

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