3.
「この子、すごい霊力を持っているのに僕のこと見えてないね。なんでだろ?」
好奇心満々に兒玉くんが鷹楽くんに手を伸ばす。白い指先が赤い眼に触れそうになったとき、
「なるほど」
と、兒玉くんは静かな声を零した。
そして、鷹楽くんはぱちんとその手を弾いた。そのまま懐から一筆箋のような札のようなもの取り出すと、そっと口を寄せて、息を吹きかけた。
「ちょっと待て!」
俺は慌てて兒玉くんの腕を掴み引き、背に隠した。
鷹楽くんの赤く冷ややかな目がこちらを向く。
「なにしてる」
「それはこっちの台詞だ。祓おうとしてたろ」
「……」
「こいつは暴走もしていないし、悪いことも企んでいない。普通の妖だ」
鷹楽くんがわずかに瞳を伏せる。長い睫毛が赤い瞳に細かな影を落とす。
「……お前は人間なのに、俺よりも
「人間だから善とは限らず妖だから悪とは限らない」
鷹楽くんはぱちりと瞬く。
「あ、いや、あんたのことを悪って言いたいわけじゃなくて、妖ってだけで悪って解釈して祓おうとするのはどうなんだって意味だからな」
慌ててフォローしたが、鷹楽くんは舌打ちとともにそっぽを向いてしまった。
「あんた、もしかして、視えないのか」
「だからなんだ。視えなくても近づけば気配は分かるし祓える。バカにされる筋合いはない」
「いや、別にバカになんてしてないけど」
「視えるくせに祓えないうえに妖に肩入れしているようなやつよりはよっぽど価値がある」
だからバカにしてないってのに。
重ねられた言葉とぶすくれた顔に、彼の矜持と性質がちらりと垣間見えたような気がした。
俺が祓い屋について知っているのはその名前とちょっとした仕事内容くらい。素性や規模は全く知らないが、それでも、ひとつの社会が構成される程度の人数はいるのだろう。なにせ父も自身のことを〝フリーの祓い屋〟と言っていた。つまり組織もあるということだ。もしかしたら鷹楽くんはそちらに属しているのかもしれない。そして、人間が複数いる組織なんてのは往々にして面倒な関係が生まれるものだ。もしかしたら、彼はそこで周囲にさんざんそうやって嫌な言葉を投げかけられてきたのかもしれない。それに、傷ついてきたのかもしれない。
「ねぇ、百々瀬くん。俺この人、イヤ」
なんて思ってすぐ、兒玉くんはまたととっと鷹楽くんの横に立ったかと思うと、軽やかに足を上げ、そして――鷹楽くんの膝の裏側をとんと蹴った。
膝カックンだ。見目通り中学生らしい……どころか小学生レベルのいたずらに、鷹楽くんが目を見開きぐらつく。
「いいね。これだけ霊力持ってたら、向こうが見れなくても僕らは干渉できるから。悪戯のしがいがある」
にししと兒玉くんは笑う。鷹楽くんは顔を歪めてまだ手に持っていた札を再び構えると、兒玉くんに向けた。
「だから祓うなって! たしかに今のは兒玉くんが悪かったけどさ!」
「僕は悪くないよ。私怨で関係ない百々瀬くんに当たったこいつが悪いよ」
「兒玉くんも余計なこと言うな!」
「余計じゃないし。聞こえてないし」
「そうだけどさ!」
「余計なこと……? そいつ、妖の分際で俺の悪口を言ってんのか」
「は? 妖の分際ってなに? ていうか、そっちが先に百瀬くんのことディスったんじゃん。それも俺はよくてお前は駄目的な感じなの? 何様?」
「ああもう二人ともおちつけ! 変に絡むな!」
「言われなくても絡まないよ、こんな人と」
「言われなくても絡まねぇよ、妖なんかと」
と、二人の声が重なった。
それから「まぁ、絡みたくても絡めないもんね。その目じゃ」と兒玉くんはまた余計な一言を添えて笑った。
俺の胃はきりりと痛むも幸か不幸かそれは鷹楽くんの耳に届かない。鷹楽くんは懐に札をしまうと俺を睨んだ。
「お前も金輪際俺に構うな」
「え」
「お前に妖が視えようがどうしようが俺には関係ないし、俺が祓い屋だろうがなんだろうがお前には関係ない。あと、どういうつもりか知らないが後をつけたりするのもやめろ。きもいしうざい」
もしかして、最初からばれていたのだろうか。
鷹楽くんは舌打ちすると、さっと踵を返し歩き出す。先よりも早い歩調で行くその背はすぐさま遠のいていく。夕暮れの木陰に、俺と兒玉くんだけが取り残される。
「嫌われちゃったかな」
「百々瀬くん、あいつと友達になりたかったの?」
ちょっぴり切なく軋む胸の底にはあらゆる感情や過去がぐちゃりと渦巻く。
いままで人間の友達ができてこなかったこと、いなくなってしまった父のこと、そして兒玉くんのことも。
友達になりたい、かと言われると、難しい。
第一印象は間違いなく悪くて、彼は俺のことをすでに嫌っているかもしれない。それに――それ以外にも、さまざまな懸念材料がある。
ただ、妖の話ができる人は貴重だ。同じものが視えはしなくても感じることはできる、なにより父以外で初めて出会った祓い屋と少しでも話して見たい、かかわってみたいという気持ちはある。
「人は選んだ方がいいと思うよ?」
「容赦ないな」
「まぁ、それでもなりたいっていうなら応援はするけどさ」
「あれだけさんざん言っておいて?」
「それは仕方ないよ。百々瀬くんは俺にとって二番目に大事な存在だからね。それを貶されたら怒りもするよ」
兒玉くんはなんてことないように言うけれど、俺はなぜ彼にそこまで思われているのか不思議になる。
彼と俺は友達だけれど、そこまで強く慕われるようになったきっかけを覚えていない。けれどそんな薄情な俺に、兒玉くんは柔らかく微笑んで言うのだ。「君は君のやさしさを忘れがちだからね。君が覚えてなくても、君が僕にしてくれたことは僕とってはとても特別で大切だったんだ」と。
そうして、俺よりも怒り、俺のことを慮ってくれる。とてもとてもやさしい妖だ。
「ありがとな」
兒玉くんはにっこりと笑った。それから「一緒に帰ろう」と駅の方へと先に歩き出す。
俺はその後に続き、一度だけ振り返って、百々瀬くんが去って行った方向を眺めた。
錦戸さんには話せないけれど、鷹楽哉世はたしかにただならぬ人だった。
ただならぬ鷹楽くんのことを、俺はきっと今、彼女よりも深く知りたいと願っていた。
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