第5話 親友は敵だった
なにより、賢星さんの風貌が昔と違い過ぎた。私の結婚式に夫婦で来てくれたので、会うのは一年ぶりくらい。
「賢星さんは・・・・・・ずいぶんと・・・・・・そのぉ、逞しくなりましたね?」
「あぁ、うん。好きだった子に振られた原因が『男らしくないから好みじゃない』ってことだったから、今更なんだけれど鍛えてみることにしたんだよ」
(誰に振られたんだろう? 両想いの樹理と結婚できて子供が二人もいるのに? もしかして賢星さんも浮気をしていたの? ・・・・・・心が他の女性に移ってしまい、邪魔になった樹理に暴力を振るったのかしら?)
「賢星さん、樹理と結婚していながら他に好きな子を作るって感心しません」
私は思わず賢星さんを責めた。
「あれは大学を卒業する半年ほど前のことだったかな。あかねさんが樹理に言ったんだよね?『賢星君はなよっとしていて好みじゃないわ。私は格闘家のように鍛えた身体の人が好きだから、お付き合いなんて考えられない』って。『女っぽい顔もタイプじゃない』とまで言われたのは悲しかったけどね」
「はい? そんなこと樹理にはひと言も言っていませんよ。そもそも、賢星さんは樹理が好きでしたよね?」
初めて聞く話しで気が動転する。いったい、なにがどうなっているのだろう? 手首の痣も賢星さんは「知らないよ。俺がそんな乱暴なことをすると思う?」と憂色(ゆうしょく)を浮かべた。
賢星さんに因ればずっと私に好意を持っていたけれど、避けられていたから告白する勇気が出なかったらしい。こちらとしては、樹理に追い払われていただけで、避けていたわけではないのだけれど。
「高校時代から『うまく仲を取りもってあげるから任せて』と言われてね。直接告白しようとすると、『あかねは男性恐怖症だから告白しても怖がるだけよ』と言われたよ」
「男性恐怖症のわけないじゃないですか? 私は普通に賢星さんとお話をしていましたよね? 賢星さんこそ樹理に恋をしていたと思っていました。恥ずかしがり屋だから、私をついでに誘っていたのですよね? 樹理がそう言っていました」
「逆なのだが。ついでに誘っていたのは樹理の方だよ。君達はいつも一緒にいたし、樹理が付いて来たがったからね。でも、必ず本命のあかねさんが途中で帰ってしまうので、結局俺と樹理がいる時間が増えた」
過去の誤解が解けると樹理が大嘘つきだということがわかり、親友どころかただの友人でもないような気がしてきた。
「俺は今でもあかねさんが好きだよ」
いきなり言われて心臓が跳ね上がる。以前も素敵だったけれど、鍛えた身体の賢星さんは優しく綺麗な顔立ちのうえに精悍さも加わって、さらに魅力的な男性になっていた。
でも、二児の父親であることは変わらない。賢星さんには子供の父親としての責任があるはずよ。
「時間が巻き戻って高校時代に戻れたら良いですよね。今では時が経ちすぎてお互いの立場が違いすぎます」
「そうだね。高校時代に戻れたら一番に告白するよ。あかねさんと自分の子供に囲まれる生活はきっと幸せだろうね」
妙なことを言う、と思った。自分の子供なら美優と瑠奈がいるでしょうに。
「意味がわかりません。賢星さんには、もう二人も子供がいますよね?」
「実は、あの二人は俺の子じゃないんだよ。大学を卒業してすぐの頃、樹理が自分の妊娠に気づいて泣きついてきたんだ。既婚者の男性の子供を妊娠したけれど、それを知らせたらすぐに捨てられて死にたいと相談された。中絶できる時期は過ぎていた。俺は樹理の夫になれば、あかねさんと一生関わっていけると思ったんだ。君達は親友だったからね。俺は樹理を利用したんだよ」
私は賢星さんの話をそこまで聞いて、樹理の図々しさに呆れた。賢星さんも賢星さんだ。お人好しにもほどがある。
「賢星さんが樹理を利用したのではありませんよ。樹理が賢星さんを利用したんですよ」
樹理は賢星さんの人の良さにつけ込んで、他の男性の子供を身籠もっているのに、結婚してもらったのか・・・・・・呆れてしまう。
「10日程前の連休に部下の一人が、繁華街で樹理が男性と歩いているのを見かけたんだよ。部下たちはたまに俺の家に遊びに来るから、樹理の顔を知っていたんだ。手を繋いでベタベタしながら歩いていたので、さすがに不審に思って後をつけたら、ここに入った。これは部下が送ってくれた写真だよ」
賢星さんが携帯に保管していた写真を私に見せた。そこにはラブホテルに入っていく二人の姿がばっちり映っていた。手を繋いで歩いている横顔はどう見ても陽斗と樹理だった。
姑の言いなりで頼りない人だとは思っていたけれど、まさか浮気までしているなんて思いもしなかった。しかも、相手は私の親友の樹理。
「子供を連れていませんね。まさか賢星さんに子供を押しつけて、陽斗と会っていたのですか?」
「ベビーシッターを頻繁に雇っていたよ。この日もベビーシッターが家に来ていた。樹理は俺が子供の面倒をみようとすると嫌がるんだ。俺は子供たちが悪いことをしたらきっちり叱るからね。いったい、いつから陽斗さんと付き合っていたのだろうなぁ。瑠奈は陽斗さんの子供かもしれない。俺は樹理とはそういう行為を一度もしていないからね」
私も被害者だけれど、賢星さんのほうがよほど酷い仕打ちを受けていると思う。二人目まで他の男性の子供なの?
「賢星さん、すぐに樹理と離婚した方が良いです。もちろん、私も離婚します。あの二人は最低なところがお似合いですよ。それにしても自分の子供でもないのに、引き受けようとするなんて、お人好しが過ぎますよ」
「そうだね。しかし、樹理とあかねさんは親友だと思っていたし、当時は樹理を助けることは、あかねさんを助けることと同義な気もしていた。二人目の時は呆れたけれど、中絶させるのも子供が可哀想だしね。俺は子供二人ぐらいは余裕で養えるし」
優しすぎる。確かに、賢星さんは高給取りだろうし、賢星さんのお父様は大地主で、賢星さんがひとり息子だと聞いたこともあったから、お金に余裕があるのはわかる。でも、だからって・・・・・・
「賢星さんは、やはり優しすぎますよ。でも、そこが良いところでもありますけどね。ところでこの写真を私の携帯にも送っていただけませんか? これですんなり離婚できると思います。明日からはアパート探しもしないといけないし、働くところも見つけないといけません」
「アパート探しなら手伝うよ。知り合いの不動産屋もいるし、多分、働くところだって紹介できると思う。広告代理店にも知り合いが多くいるし・・・・・・」
「いいえ、働く場所は絶対に宝石を扱うお店にしたいです。アパート探しを手伝っていただけるのは嬉しいですけれど」
賢星さんと私はレストランに移動し、夕食も一緒に食べることになった。私たちにはすっかり裏切られた者同士という連帯感のようなものができていたのよ。
「久しぶりに美味しい食事の味がしたよ。このところ、あまり食欲もなかったからね」
にっこり微笑んだ賢星さんは、よく見れば目の下にクマができていた。
「今まで樹理に振り回されていたからじゃないですか? 賢星さんのような人がもったいないです。樹理は酷すぎますよ。賢星さんはこれから絶対幸せになるべきです。もう二度と樹理のような女性に優しくしたらダメですよ。また托卵なんてされたら目も当てられないわ」
「あかねさんこそ、幸せになってほしいな。俺たちは結婚する人を間違えてしまったと思う。これからも、たまにこうして食事ができたら嬉しいよ」
暖かい眼差しで見つめられて戸惑う。陽斗からはそんな視線を受けたことはなかったように思う。
なんで陽斗と結婚したのかしら?
知り合った当初はもっと優しかったし、マザコンだとも思わなかった。同僚の彼氏の友人として紹介されて、その同僚と彼氏は別れたのに、私と陽斗は結婚した。もし、あの頃に戻れるものなら、全力で陽斗とお付き合いする自分を諭してとめたい。
「ここのレストランは、どれも本当に美味しいですね。私も久しぶりにゆっくりと食事ができました。いつもはとても慌ただしいので、暖かい料理が美味しいうちに食べられるなんて嬉しい」
怪訝な顔をして賢星さんが私を見る。
「いったいどんな生活をしていたんだい? あかねさんは義両親と同居だったね。ずいぶん苦労してきたみたいだ。俺だったら、そんな苦労はさせなかったのに」
「苦労というほどでもないんです。陽斗も義両親もお酒が好きなので、用意したおかずだけでは満足できずに、簡単なつまみを何品か追加で作ることが多くて」
「つまみなら、食べたい人が作れば良い。まさか、ビールが足りないから買ってこいとか、そんなことまでは言われないよね。食事中に酒買ってこい、なんてこんな時代にないか」
「隣が酒屋なのでたまにはあります」
当然のように言うと、なぜかしんみりとした空気になった。私にとっては慣れっこになっていて、特に酷い話でもなかった。
「大学時代、いや、高校時代、もっと勇気を出してあかねさんに告白していれば良かったよ。あの時、告白していたら受け入れてくれたのかな?」
真剣な眼差しに、思わず素直に頷いた。
「はい。話もあうし優しいし、賢星さんのような素敵な男性なら、断る理由なんてありません」
言ってしまってから、恥ずかしくなって目を伏せた。これじゃぁ、愛の告白みたいよ。しかも、もう何年も昔の『もしもあの時~』などという仮定の話だ。
私たちはぎこちなく微笑みあう。賢星さんといると、まるで、高校生に戻った感覚になる。あの頃は、なんでもできるような気がして、夢や希望に溢れていたっけ。
賢星さんとはレストランで別れ、私はビジネスホテルに泊まった。翌日からアパート探しが始まった。ちょうど週末で仕事がお休みだったこともあって、賢星さんにも付き添ってもらい首尾良く手頃なアパートを見つけた。
すぐに入居できたので、私は早速復讐を始めることにした。
さて、どこの宝石店で働こうかしら?
私は太田宝石店で宝石を購入してくださっているお得意様の名簿を見ながら、にやりと笑ったのだった。
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