第4話 家出しよう!
樹理は瑠奈のオムツも少ししか持ってこなくて、あと一枚しか替えがない。それなのに、子供のことを少しも気にせずに出かけてしまった。母乳だけは絞ったらしく、哺乳瓶を渡しながら自慢気に言った。
「私って妊娠しやすいうえに、母乳もたくさん出るのよぉ。ママとしては完璧だと思わない? 後はよろしくーー」
姑と樹理が出かけたのは、まだ15時にもならない時間だった。パーティは18時からだと聞いていたのに、姑はその前にお買い物をするとか、お洒落なカフェに寄るとか言いながら、張り切っていた。だから、私は樹理の代わりにオムツを買い、美優の食べ物を買ってこなければならなかった。
「これから夕食のお買い物に行ってくるわね。瑠奈ちゃんのオムツもあと一枚しかないし。それに、美優ちゃんは唐揚げが食べたいって言うから鶏肉も買ってこないとね」
私はエコバックをふたつほど、いつも持ち歩いているバックに入れた。
「えぇーー。早く帰って来てくれよ。瑠奈はうるさく泣きぐずるし、美優はお転婆で言うことを聞かなさすぎる。もっと行儀の良い子だと思っていたのに、こんなんじゃぁ、僕ひとりでは面倒見切れないよ。あ、待てよ。僕が代わりに買い物に行こうか?」
さっきまで優雅に本を読んでいただけの陽斗が、短時間でもふたりの子供の面倒をみたくないと言い出した。
「子供は大好きじゃなかったの? この子たちの面倒をみると言い出したのは陽斗よね?」
「いや、だって、こんなに子供って手がかかるなんて思わなかったし。だいたいさ、子供の面倒なんて女がやるものだろう? 男は稼ぐのが仕事だし、家事や育児は女の仕事だよ」
「言わせてもらえばこの子たちは私の子供じゃないし、私だって太田宝石店で販売の仕事をしているわよ。とにかくお留守番をしていて。私がお買い物に行ってきます!」
「わかったよ。それにしてもお前って冷たい女だな。樹理さんは親友だろう? 親友の子供なら、自分の子供のように可愛いと思うのが当然だろう? それにお前の仕事なんて店に来る客の相手をして宝石を売るだけじゃないか? 僕や母さんたちのようにクリエイティブな仕事でもないくせに、偉そうに自分も働いているなんて言うなよ!」
出ていくのは子供たちに夕飯を食べさせてから、と思っていたけれど、陽斗の言葉に気が変わった。
もう、どうでも良いわ。今すぐ家出しよう!
すでに昨夜のうちに大事なものはボストンバックに詰めこんである。この家にも陽斗にもなんの未練もない。陽斗はふてくされており、私が出て行くところを見もしなかったから助かった。ボストンバックを抱えた私は、樹理の夫の勤め先である霞ヶ関に向かったのだった。
私は官庁に向かいながら昔のことを思い出していた。賢星さんと私は高校3年間のなかで、2年間も同じクラスだった。それは樹理も一緒だったけれど、一時期は私の方が賢星さんと仲が良かったこともある。
「私が賢星君を好きだってわかっているでしょう? 三人で遊びに行こうと誘われても、絶対に用事があるふりをして途中で先に帰ってね。本当は賢星君だって私だけを誘いたいのよ。でも、恥ずかしがり屋だからそれができないの。わかるでしょう?」
いつも樹理は私を牽制してきた。賢星さんは背が高く顔立ちが女性のように綺麗で、中性的な魅力に溢れていた。高校でもかなりモテたし、平凡な風貌の私からすれば恐れ多い存在だった。私は特に美人でも可愛いいわけでもなく、どこにでもいるようなタイプの女子高生だったから。
あの当時の賢星さんとは図書館でよく出くわすことがあって、あちらから挨拶をしてくれ、他愛のない話をほんの少しだけするのが日課だった。校内のカフェテリアでも、いつも近くの席に座っていたと思う。お互い本が好きだったり話しもあったから、一緒にいると楽しかったけれど必ず樹理が途中から現れて私を遠ざけた。
☆彡 ★彡
賢星さんの携帯番号は学生の頃から変わっていないはずだ。だから、思い切ってかけてみた。夕方の五時過ぎだから、そろそろ仕事も終わるはずだと推測した。もちろん、残業がなければだけど。
「はい。小笠原です」
久しぶりに聞く賢星さんの声に緊張してしまう。
「こんばんわ。太田あかねです。樹理のことでお話がありまして・・・・・・」
樹理のことで話がしたいと言えば、駅前のカフェで会うことがすぐに決まった。賢星さんはちょうど仕事が終わり帰宅するところだったらしい。
お洒落なカフェに入るのは久しぶりだ。結婚してからは忙しくて、カフェでコーヒーを楽しむこともなくなっていた。夫婦でお出かけすることも滅多になかったしね。
「やぁ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「はい、突然お電話をしてしまい、すみませんでした」
「いや、全然構わないよ。ところで、樹理のことで話があるってなにかな? 樹理があかねさんの旦那さんと浮気していたことについてかな? 俺も最近知ったことなのだけれどね」
「え?」
手の痣のことを聞こうとしたのに、全く予想外の問いを投げかけられて戸惑った私なのだった。
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