第四夜 226の映画二題
『悪徳の栄え』1988年/シネ・ロッポニカ(にっかつ)
監督:実相寺昭雄 脚本:岸田理生
『226』1989年/フィーチャーフィルムエンタープライズ
監督:五社英雄 脚本:笠原和夫
『226』では、決起将校六人の妻たちの姿が点描され、襲撃された元老重臣の家族の姿も描かれている。五社英雄監督+笠原和夫脚本のコンビならば、正面きってテロルを描くだろうと期待していた観客には、やや戸惑わざるをえない作りだったが、これにはやはり理由があった。
実は笠原は綿密な取材によって、二・二六事件のさらなる核心を把握していたという。
1)荒木、真崎両大将の決起将校側を支持する動きはあったが、それ以上に重要な役割を果たしていたのが侍従武官長の本庄繁大将であり、本庄は決起軍を宮城に引き入れて、昭和天皇を軟禁状態に置こうとしていた。決起軍の警視庁占拠部隊も宮城突入の構えであったが、幾つかの手違いからそれを果たせなかった。
2)昭和天皇の弟宮の秩父宮は、このころ現役の陸軍将校(弘前連隊の大隊長)であったが、安藤大尉や西田税とも親密で、彼らが説く国家改造論にも耳を傾けていた。いきおい昭和天皇と秩父宮は国策をめぐって対立することも多かった。秩父宮が決起に加担するのではないかと不安を抱いた天皇は、決起の鎮圧を急がせた。
この二つはかねてより「噂」として囁かれていたことではあったが、笠原は決起将校の生き残りから直に取材して「真実」と確信、そのうえで第一稿を脱稿した。
だが、この時期、昭和天皇はすでに病床にあり、二・二六事件を天皇をめぐる政治サスペンスとして描くことを懸念する声も聞かれた。
笠原は空気を察して全面改稿を行ない、決起将校を中心にした抒情劇に転換した。だが、それから十数年の間、笠原は『226』で初志を貫徹できなかったことを悔やみつづけたのである。
なお、『226』で栗原中尉を演じた佐野史郎は、その前年、実相寺昭雄がロッポニカで撮った『悪徳の栄え』にも出演している。
この中で、佐野扮する磯貝賢一(脚本では磯部浅一)は、「宮様」が自分たちの決起に賛同してくれたと不知火侯爵(演:清水紘治)に語り、ラストシーンにはその直宮も登場している。直宮に扮したのは原保美で、これが遺作となった。
『悪徳の栄え』の磯貝賢一と『226』の栗原中尉。どちらが撮影で先だったか分からないが、佐野史郎は二人の男を演じながら戸惑っていただろう。
そして、笠原和夫にはその内心の迷いが伝わらなかったのだ! もちろん、俳優は、脚本に従って演技をするしかないのだが……。
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《コラム》
実相寺昭雄は『ウルトラマンダイナ』(1997-1998年/円谷プロ)の監督陣にも加わっているが、38話「怪獣戯曲」の回では清水紘治をゲスト主役に迎えている。
清水の役は「失踪した天才劇作家・鳴海博也」で、「素人劇団を主宰していた不知火侯爵」とも一脈通じるものがある。
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