春霞

桐原まどか

春霞



はらはらと舞い落ちる、花びらが、春霞を作り出している。


これは夢?


いいえ、現実。


あなたは誰?


さぁ、誰かしら...


公園のブランコ、キィキィ軋む。

卒業式の帰り道。


凛は何故か一人で帰りたい気分で、てくてく歩いてきたのだ。

卒業式といっても形式的なもの。中高一貫校なので、持ち上がりなのだ。


中途半端な時間の公園には、しかし、先客がいた。


ここら辺では見ない制服だ。おそらく同い年だろう。

抜けるような白い肌に烏の濡れ羽色と言いたくなる美しい黒髪。

顔も鼻筋が通っていて、一重の目が涼し気にキリリとつり上がっている。

やや強気な印象だが、...美少女だ...。


凛が見とれていると、その視線に気付いた少女が、こちらを見た。

その瞬間、凛の口から零れ落ちていたのだ。

「これは夢?」と。

少女は至極冷静な声で答えた。次の質問にも。

凛は問うた。

「あなたの隣、いい?」


えぇ、どうぞ


許可を得て、隣のブランコに座る。何年ぶりだろうか...。

しばらく無言でいたが、ふいに少女が声をかけてきた。

凛、あなたに話がある。

―大丈夫よ。あなたの病気は治る。

えっ?凛は耳を疑った。


少女は真っ直ぐにこちらを見ていた。

―あなたの病気は治るわ。結婚して、子供も二人産むわ。その子供達が結婚して、それぞれの家庭を築いて、幸せにやってるわ。


凛は混乱した。どうして?

どうして知ってるの?


いつの間にか、言葉にしていた。

「どうして?」


「私は春音。おばあちゃんがつけてくれた名前だよ」少女は泣き出しそうな顔で、声で言った。

「信じられないかもしれないけど、信じて、私はあなたの孫にあたるの」

少女―春音の話はこうだった。

近未来では、時間旅行の技術が確立している。

本来ならば、過去干渉は重罪にあたる。だが...。

「死のう、と思ってる、凛を、おばあちゃんを放っとけない」

春音の話では、世界は並行していて分岐している。

春音が来たのは、凛が自殺を図り、成功してしまった...つまり、<未来>が存在しない世界なのだ。

春音はそれがどうしても嫌で。嫌で、咎めを受ける覚悟で来たのだ、という...。

「そんな事、...」絶句するしかなかった。

確かに凛は自殺するつもりだった。

踏切に飛び込もうと思っていた。

―だって、ドナーが現れなきゃ、私は助からない。

お金だって沢山かかる。なら、いっそ...。


目の前で声を殺して泣く少女、嘘や冗談に思えなかった。


わかったわ。


凛は言っていた。


死なないわ。約束する。


少女がこちらを見た、その瞳に凛の姿が映っている。


約束しましょ?

凛は右手の小指を差し出した。

指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!


場に似つかわしくない、誓いの文句だった。


もう時間だ。行かなくちゃ。

春音がブランコから立ち上がった。


さよなら、凛。未来で会いましょう?


さよなら、春音。えぇ、未来で。


瞬間、強い風が吹いた。

桜の花が一斉に舞う。

思わず、目を瞑った。

次の瞬間、春音の姿は無かった...。


凛のドナーが見つかった、と病院から電話が来たのは三日後の事だった。

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春霞 桐原まどか @madoka-k10

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