探知人

北見崇史

探知人(たんちびと)

「なあ璃子(りこ)、父さんの腕時計がないんだ。どこかで見なかったか」

「知らない」

 居間の長椅子でマンガ見てるんだけど、お父さんがウロウロしていてウザい。ときどきオナラするからイラッとするんだよね。

「さっき物置でなんかやってた時に置き忘れたんじゃないの」

「ああ、そうかもな。璃子、ちょっと探してきてくれないか」

「なんで、あたしなのさ」

 マンガを今日中に読まないとダメなんだよ。明日、友だちに返すんだって。自分で探せよな。

「あんた、どうせ漫画見てるんだからヒマでしょ。お父さんとお母さん、これから星野のおじさんの家に行かないとならないから」

 お母さんにも言われた。もう、めんどうくさいな。物置は虫もいるし、すんごく臭いから、あんま行きたくない。

「桃子に言ってよ。あいつもヒマしてるんだから」

「高校受験の勉強してるって。あんたは勉強も部活もしてない女子高生なんだから、少しは動きなさい。デブになるよ」

 うるさいから自分の部屋にこもろうかと思った。

「小遣いやるからさ、とりあえずこれな」

 お父さんから二千円もらった。

「もし見つけたら、もう三千円」と言われて、がぜん、やる気が出てきた。

「じゃあ、探してくるわ」

 面倒くさいからジャージ姿のまま外に出ようとしたら、お父さんがよけいなことを言う。

「ひょっとして物置じゃなくて、外かもしれない」

 探す範囲が広くなった。物置にあればいいんだけど、うちは田舎で庭は畑みたいなものだから、そうなるとたいへんだ。どうか、すぐ見つかりますように。

「あ~あ、やっぱここにはないわ」

 一時間かけて探したけど物置にはなかった。外で地面を探すのは面倒だし、草の中に落ちてたら見つかりっこないからあきらめるわ。二千円だけでもラッキーと思えばいい。

「あれえ、なにこれ」

 ヘンな機械があった。どっかで見覚えがある。そうだ、動画サイトでやっていたんだ。

「金属探知機じゃん。こんなの、うちにあったんだ」

 金属探知機だ。スイッチを入れて先っぽの輪っかを地面に触れないように当てると、なんか金属とかあるとピーピーピーって鳴るんだ。動画でお宝を探して、指輪とかスマホとかを見つけてたっけ。

「これ使えばいいじゃん」

 お父さんの腕時計を見つければ三千円ゲットだし、ダメでもなんか面白そう。友だちも呼ぼうかな。いや、もしもお金を見つけたら、分け前をやらなくちゃいけないから一人でやったほうがいい。妹にもナイショだ。

「けっこう重い」

 金属探知機が重かった。汚いしサビサビだし、文字がススけてほとんど読めないし、これって古いヤツだな。スイッチを押したらランプが点いたから壊れてはいないと思うんだけど、ちゃんと探知するのかはアヤシイ。とりあえず地面に近づけて歩いてみる。

 ピーピーピーって鳴ってる。手で土をえぐってみたけど意外に固いよ。物置からちっちゃなシャベルを持ってきて掘った。

「うわ、五百円玉だよ。ラッキー」

 土だらけで汚かったけれども、五百円を拾った。これっていい調子じゃん。面白くなってきた。どんどん前に進むよ。

 ピーピーピーって鳴った。そんで掘ってみる。

「空き缶かよ」

 コーヒーの空き缶だった。お父さんがよく飲んでるやつ。ポイ捨てするなってさ。

 あ、また鳴った。今度はなにかなあ。金貨とか小判とか出てこないかなあ。そうしたら、金持ちじゃん。

「なんだろう、これ」

 鉄の塊っぽいんだけど、木の棒もついている。ああっと、カナヅチじゃんか。いらねえけど、お父さんがなくしたんじゃないのかな。

 うっわ、なんだ。すんごく毛がついているんだけど。鉄の叩く部分に毛がごっそりとついているんだわ。イノシシの頭でもぶん殴ったのかな。キモイわあ。

 気を取り直して次いってみよう。さっそくピーピー鳴ったので、掘ってみる。

 長い物だ。掘り出してみると包丁だった。おっきな魚の首を叩き切るあれだ。

「出刃包丁、てか、血ぃついてない、これ」

 出刃包丁の取っ手が赤いっていうか、茶色っていうか、これは血の色でしょう。魚って、そんなに血が出たかな。

「刃がボロボロじゃん。価値なしか」

 ちゃんとしていたら、洗って売れるかもしれなかったのに。いまさ、リサイクルショップってなんでも買ってくれるんだよ。古着だけじゃなくて、使用済みの釣り道具とかも売れるんだよな。

 でもいちおう、とっておく。お母さんが磨いて使うかもしれないし。この調子で、どんどん探してみよう。

 ピピピーって鳴ったよ。けっこう強い反応だ。いよいよ小判かな。スマホでもいいか。最新のやつ。

 深く掘ってんだけどなかなか出てこない。これはかなり昔のものとみた。冗談でさ、小判とか言ってたけどホントになるかもしれない。地面が締まってて掘りにくい。

「ふう」

 ようやく出てきたけど、なんか鎖っぽい。はしっこに鉄の輪っかがある。ああ。これはあれだ。

「たぶん、手錠」

 手錠をじっさいに見るのは初めてだ。サビていなくて、けっこう銀ピカなんだ。 

 輪っかの片方は出てきたけど、もう片方が見えない。土の中にあるんだけど、やっぱ固くてさあ、なかなか掘れないんだよね。砂利が多くてさ。

 もういいや。どうせオモチャだろうし、お金になりそうもない。次いこう、次。

 金属探知機を使いながら、ずいぶんと歩いた。家を離れて人通りのない草地を進んでいるけど、ここはどこだろう。ああ、肩が凝ってきた。

 空き缶とかハサミの壊れたやつとかゴミばかりで金になりそうなお宝がない。手に入れたのは五百円だけ。これだったら、お父さんの腕時計を探し出して三千円もらったほうが良かったよな。友だちと一緒なら楽しかったのに。

 そういえば、あたしに友だちっていたっけ。誰の顔も浮かばないし名前も知らない。どうしていないんだろう。だって、ふつうの高校生じゃんか。おかしいって。

 ピーピーって鳴った。また空き缶とかだったら止めて帰ろうかな。なんか、気分が悪くなってきた。寒気がするんだよね。

 今度はなんだろう、金属じゃないような気がする。ああ、財布だ。高校の生徒手帳があって、写真付きの身分証明書があるわ。佐々木璃子、けっこうかわいい子だなあ。真面目そうだし、こういうタイプが好みなんだ。イケイケな女は趣味じゃない。

 いま何時だろう。あれ、腕時計していた記憶ないんだけど腕に時計がある。しっかもこれってお父さんのじゃんか。いつの間にか探し当てていたのかな.。三千円ゲットは嬉しいけど、

 あたしは、どうして探し続けているんだろう。そろそろ家に帰りたい。お父さんとお母さんと妹の桃子と一緒に、晩ご飯を食べなきゃ。

 桃子って、あのポニーテールの中学生だったな。あの子も可愛かったなあ。目がパッチリしてちょいとタラコ唇で、なにより胸が大きかった。あの出刃でも一気に切り落とせないくらいデカかった。噴き出した血の量もハンパでなかったな。あばら骨も、なかなか割れなかったし。

 ピーピーって鳴った。腕時計を見ると、夜中の一時半だ。こんな夜遅くになにを掘っているんだ。さあ、出てきたぞ。だいぶ深く埋めたからな。もう三年も前のことで、だから探知しないと場所がわからなかったんだ。

 お父さんじゃんか。なんで、お父さんが土の中から出てくるの。しかも頭だけだ。顔の肉が腐っていて、虫が死ぬほどわいている。すっごい臭い。

 おかしいな。三年前に埋めたんだから、もう白骨になっているはずだけど、どうして肉がまだ残っているんだろう。

 ああ、そうだ。これ、お母さんじゃん。ほら、頭が割れているよ。だって、金づちでおもいっきりぶん殴ったんだから、こうなるよね。十回ぐらいやったっけ。そうしたら、髪の毛がへばり付いたんだ。めんどうだから、そのまま埋めたんだよね。証拠は隠滅しないとさ。

 いや、待てよ。

 あたしって、親がいたっけ。だって養護施設育ちだよ。クッソな寮長とかいたけどさ、両親はいねえよ。見たことない。存在しない。空き家の物置に捨てられたんだからな。

 だったら、なんで探してるんだよ。この金属探知機、クソ重いし、肩が凝って具合が悪い。お父さんに無理だったって言い訳しよう。あいつはどこにいるんだ。

 ピーピーうるせえよ。癪に障ったけど、とりあえず掘ってみたら大物が出てきたぞ。なんだこれは。

 あは、お父さんが使っていた釘打ちマシンじゃん。エアーで拳銃みたいに釘を撃ちだすんだ。硬い角材も平気で貫く威力があるんだよ。触るの怖かったんだけど、こいつで拷問してやったんだ。

 あれは面白かったなあ。膝やら顔やらに散々発射して、最後に脳天に打ち込んだ時の、あいつのマヌケ顔が笑えたよ。物置でやったんだ。そうっと背後から忍び寄って、首を絞めて気絶させてからグルグルに縛ってな。家族なんてもって、いい気になっていやがるから、そうなるんだ。ざまあみろってよ。ざまーっ。

 そしたらさあ、母さんがきたんだよ。お昼ご飯だよ~、ってのん気に入ってきやがったから、金づちで頭を叩き割ってやったんだ。何度も何度も打ち込んださ。だって母親ってのは、結局は子供を捨てる畜生だからな。赤ん坊を廃屋に投げ捨てて、ネズミのエサにしようとしたんだ。やられるのは当然さ。

 妹はね、犯してやったんだよ。ガキのくせしてさあ、あたしよりもおっきな胸して、腹立つじゃん。だから好き勝手に凌辱した後、出刃で切り取ってやったんだよ。殺してからやったんじゃあ、つまんねえから生きたままだ。あんなに血が出ると思わなかったから、びっくりしちゃった。友だち呼んで見せてやればよかったさ。いや、友だちなんていねえよ。親と同じで、いたためしがねえ。

 璃子、璃子って、お父さんがうるさくてウザい。璃子璃子って、なんでもあたしを使おうとする。だから璃子を喰ってやったんだ。ほら、年頃の女の子の心臓や脳ミソを喰うと、その子になれるっていうじゃんか。もちろん犯してからだけどさ。

 そうしたらホントになっちゃったよ、あの子に。そんな気持ちになったんだ。あたしや俺は、璃子なんだよ。

 ウソじゃないよ。ほら、手錠で繋がっているじゃん。もう一方のほうには俺が埋まってんだ。いいあんばいに腐ってるさ。

 ピーピーピーピーピーって、すっごい反応があるんだよね。なんだろう、今度こそ小判かな。とにかく掘って掘って掘りまくったら、まだまだ出てこないから、ずーっと掘ってるんだよね。

 何年たったかなあ、いや何十年、いやいや何百年か。

 もう疲れたからさあ、やめたいんだけど、ピーピーピーピーピーピーうるさいから、やめられないんだわ。死ぬほどダルいし、息も苦しくて目ん玉がとび出そうなんだけど、やめられねえ。ずっと食いしばっているから、歯がボロボロになって歯茎に刺さってるんだ。すげえ痛みで、気が狂いそうになる。肛門から腸もとび出しているしな。

 これ、たぶん、まだまだまだまだ続けるんじゃないか。だって、金属探知機にカウンターの表示があって、あと七十五兆年ってなってるから。

 飲まず食わず休みなしで掘り続けなければならないんだ。

 これってなんの罰ゲームなのよ、お父さん。





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探知人 北見崇史 @dvdloto

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